第20話 甘ったるぅい匂いで溢れてる



 二月十四日。日本中の男女が浮かれるバレンタインデー当日。

 今日は学校中に甘ったるぅい匂いが充満している。目眩がしそうな甘い空気に酔ってしまいそう。

 ずしりと重いカバンを肩に掛け直した。この中に忍ばせた小さいチョコレートケーキのことが気がかりで乱暴に扱えない。匂いで誰かにバレないだろうか、形が崩れたりしていないだろうか。

 誰かに手作りのチョコレートをあげるのは初めてで、つい張り切ってチョコレートケーキを作ってしまった。


 もっと簡単で持ち運びしやすいのにすればよかったかな。

 ツバサさん、喜んでくれるといいけど。

 今日は誰もが胸をときめかせ、期待の視線が飛び交う特別な日。直接気持ちを伝えようか、机の中にこっそり入れようか。義理と言いつつ期待してみたり。

 そんなバレンタイン一色の学校で奇妙な事件が起こった。




 教室でカバンからペンケースやノートを出すとき、一緒に甘ったるぅい匂いが出てこないかそわそわした。これは、いつも通り放課後に風紀室へ行ってツバサさんに渡そう。謝罪の意を込めて。……なんで謝るんだっけ。

 昼休みに渡してもいいかなと思ったけれど、他の人に見られるのが恥ずかしくて断念。今朝ツバサさんへメッセージを送ってから、既読の証はついいたものの返事がない。まだ拗ねているのか、思ったよりひどく傷ついているのか。学校には来てるのかな。

 休み時間、メッセージのアカウント名をしばらく眺めていたけれど返事はこなかった。


 初めて連絡先を交換したとき、アカウント名が『風紀委員』で不思議に思ったけれど、それはサブアカウントだった。教えられたのが(勝手に登録されていたのだけれど)サブアカウントだと知って少し落ち込んだ。まあいいや。今はちゃんと『蒼井ツバサ』と表示されているのだから。

 そういえばツバサさんは隣のクラスなのに、校内で見かけたことがない気がする。もしかしたら体調不良で休みなのかもしれない。そう思うと急に不安になってきた。

 ちょうどこれから体育の授業で移動するところ。気になったので、隣の教室の前を通るときに窓から中を覗いてみた。

 いない……。トイレかな?

 このときは特に気にすることもなく授業を受けるために校庭へ出た。




 体育の授業は二クラス合同で行われる。そして男女別。更に選択球技のため、少人数で授業を受けていた。私はテニス。ダブルスで。チームプレイは苦手なので、まだ個人でやるマラソンの方がマシ。運動自体が苦手なのでマラソンも好きではないのだけれど。合同クラスがツバサさんのいるクラスだったら少しは楽しかったのかも。

 今日はいつもより授業の進む時間が遅く感じる。放課後を待ち遠しく思っているからだろうか。今は三限目だから……、まだまだ先だ。

 一人で落胆していると短い悲鳴と鈍い音が聞こえた。一人の女子の頭にテニスボールが直撃したみたい。彼女は気分悪そうにふらつきながらコートを離れていった。保健室へ行くみたい。

 ボールに当たるなんて目立つこと、独りぼっちの私には心臓に悪いな。

 痛いのも嫌だし。


 注目を浴びるのは苦手。独りぼっちの学校生活を送ってきた私には、人の目に留まることは恥ずかしいこと。それなりにこなして目立たず大人しく過ごすのが必要不可欠だった。

 校舎にむかって歩いていく女子生徒の背中を見送り少しだけ心配しつつ、早く授業終わらないかなと願った。

 その後、体育の授業が終わって教室へ戻るときも隣のクラスを覗いてみたけれど、ツバサさんの姿は見当たらなかった。


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