第17話 一夜のヒーロー



 ツバサさんに夢中で気づかなかった。小野さんを吹き飛ばした人、一体誰だろう。通行人が助けてくれたの? それとも騒ぎを聞きつけた警察?

 ううん、この声は聞いたことがある。何度も私を優しく包んでくれた人。

 声の主を探すとすぐに見つかった。スーツを着た体の線が細いサラリーマン。


「高見さん?」

「うん、ミノリちゃん大丈夫?」

「ど、どうして」

「後で説明するね。それよりお友達のそばにいてあげて。私がこの人をなんとかするから」

「でも高見さん、その人強そうです。高見さんじゃどうにもできないですよ。一緒に逃げましょう?」

「大丈夫。私は格闘技をやっていたからね」


 やだ、これなんのフラグ?

 高見さんが小野さんを吹き飛ばしたのだろうけれど、二人はあまりにも体格差がありすぎる。高見さんなんて筋肉とかが男性の平均値にも達しないんじゃないかってくらい線が細い。裸を見たことあるから間違いない。


「くっそ、どいつもこいつも不意打ちばかり食らわせやがって。汚ぇなー」


 少し離れたところに転がっていた小野さんが、口角に滲んだ血を服の袖で拭い、衣服に着いた砂埃をパンパンと叩はたいて立ち上がった。そしてまた唾を路上に吐き捨てた。


「汚いのはそっちだ」

「無理やりホテルに連れ込もうなんて。しかも女の子に手を挙げるなんて極悪非道は許されないよ」


 男らしくカッコイイ台詞だけれど、ひょろひょろの高見さんじゃなあ。

 なんて助けられておいて失礼な言葉を並べながらも、高見さんにむける視線は期待に満ちていた。


「ミノリちゃん、友達のそばにいてあげてね。警察と救急車は近くにいた人が呼んでたからすぐ来ると思う」

「おいおい、無視してくれてんじゃねーよ」


 小野さんが地面を蹴って襲いかかってきた。

 高見さんも凄いけれど、小野さんはきっと喧嘩慣れしている。攻撃的なオーラを全面に出して、まるで本能で闘う獣みたい。豪快な動きだけれど無駄がなく、まともに当たったらきっと大変なことになる。

 高見さんなんて粉々になっちゃうんじゃないかな。

 けれどそれは杞憂だったようで、高見さんは体格差なんて感じさせないくらい強かった。格闘技、何をやってたんだろう。


「ミノリ、さん……」


 掠れた声に呼ばれてすぐツバサさんを見下ろした。


「ツバサさん! 大丈夫ですか?」


 腕の中でぐったりしているツバサさんは一方的に小野さんをこらしめる高見さんの姿を見て、再び瞼を閉じた。


「僕が来なくてもよかったね」

「そ、そんなことないです」

「僕がミノリさんの悩みの種にならなければ、こんなことにならなかったのに」

「そ、それは……」


 いつになく悲哀に満ちた表情を浮かべるツバサさん。いつも余裕のある大人のように振舞って、いたずらに悪魔的な笑みを浮かべて、感情なんてあまり表に出さないのに。こなに傷ついて弱りきったツバサさんを見るのは初めてだ。


「それは違いますよ。私がツバサさんのことを知りたいと思ったから。ずっと……毎日ずっと、どんなにツバサさんのことを考えてもわからなくて、でも相談できる人がいなくて、それで…………こんな軽率な行動をとった私のせいなんです。私のせいでツバサさんをこんなに傷つけてしまって」


 伝えたいことが多すぎて言葉がまとまらない。


「ツバサさんが来てくれたとき、とても安心しました。すごく嬉しかったです。ツバサさんは女の子ですし、男の人に敵わなくて当然です。それなのに私なんかのために、こんなに傷を作って……」


 ツバサさんの傷を少しでも癒したくて次の言葉を夢中で探した。今伝えられる精一杯の気持ちを口から溢れるがままに言葉にした。

 喋り続ける私に何を思ったのかツバサさんはふっと笑った。いつもの、あの悪魔的な笑顔だ。


「いつもよりお喋りだね」


「あっ」と息を呑んで赤面した。


「そんなに僕のこと考えてくれてたんだ」


 いつもみたいに笑うツバサさん。けれど今はどことなく嬉しそう。


「そ、そんなに……嬉しいんですか?」


 私がこんなことを言うとは思わなかったのだろう。ツバサさん、一瞬目を見開いた後に眉間にシワを寄せてむくれてしまった。


「ミノリさん、今日うるさいよ。罰としてもう少しこのままでいるからね」

「え、このままって……」


 私の両腕は相変わらずツバサさんの上体を支えたまま。あまり重たくないのだけれど、それでもずっと支えていると腕がぷるぷると震えてくる。


「ツ、ツバサさん……大丈夫なら起きてくださいよぉ」


 目を閉じたツバサさんの口角がすっと吊り上がった。起きてる。そして私の反応を見て楽しんでいる。いつものツバサさんだ。


「お友達、大丈夫?」

「うわっ」


 小野さんが来たのかと思ったけれど高見さんだった。小野さんはむこうで蟹みたいにぶくぶくと泡を吹いて気絶している。


「高見さん……」


 どうやってやっつけたんだろう。ツバサさんに夢中で気が付かなかったけれど、まさかひょろひょろの高見さんがこんなに強いなんて。


「ミノリちゃん怪我はない? お友達は?」

「あ、大丈夫です。ツバサさんも思ったより元気そう…………あの、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いや、いいんだよ。無事でよかった」

「高見さん、どうしてここに……?」

「ああ、えっと……ここに来たらミノリちゃんに会えるかなって。ごめんね、未練がましいこと言って」

「本当に。未練タラタラで女々しくて気持ち悪いよ。僕の大事なミノリさんに二度と近づかないで」


 私の腕からむくりと起き上がったツバサさんが、切れ長の目で高見さんを見据えた。まるで威嚇しているかのような高圧的な強い口調。ツバサさん、怒ってる?


「あの、ツバサさん?」

「そうだね、ごめん。もう会ったりしないよ。会うべきではないと思うし」

「ほら、ミノリさん行くよ」


 立ち上がったツバサさんはポンポンと砂埃を叩いて私の手をとった。そのままぐいぐいと引っ張ってこの場を離れようとするので慌てて引き止めた。


「ツバサさん、病院は? 救急車もうすぐ来ますよ?」

「いろいろ事情を聞かれたり家族呼ばれたりするのは面倒でしょ。そうなったら大変なのはミノリさんだからね」

「え、あ、でも…………高見さん」


 くるりと振り返り高見さんを見るも、困ったように笑うばかりで私たちを引き留めようとはしなかった。


「いいよ。これでお別れ。ミノリちゃんはもうここへは来ちゃダメだよ。お友達を大事にね」

「高見さんは?」

「私はあの男をなんとかするよ。彼が警察に捕まっても厄介だからね」


 なんとかするって……どうするんだろう。

 挙動不審で頼りない高見さんからは想像つかない恐ろしいことをするのだろうか。逆らえないくらい脅しちゃうとか。あの笑顔の裏にはどんな顔があるのだろう。


「本当、それくらいしてもらわないと困るよ。ほら、ミノリさん行くよ」


 キンッと凍てつくような冷たい手に引っ張られ、戸惑いつつもその場を離れる。名残惜しく背後に視線を戻すと高見さんが小さく手を振った。


「お友達、大事にね」

「は、はい……ありがとうございます」


 あれだけの騒ぎがあったのに誰も見向きもせず通り過ぎていく。私たちもその人たちに紛れて夜の街と同化する。怪しく煌めくネオン街の中、いつまでも見送る高見さんの姿が光の粒の中に消えていった。


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