第16話 救世主は絶体絶命のときに現れる



「えぇぇええ!?」

「ちょっとミノリさん、うるさい」


 格闘技ってどんな格闘技?

 ツバサさんの動きが見えなかった。それになんというか、似合わない!

 私より背は高いけれど華奢だし美人だし、体動かすことよりも文学! って感じの人なのに。

 意外な一面にただただ驚くばかりで立ち尽くした。というより足がすくんで動けない。

 私を庇うように男の前に立ちはだかるツバサさん。男が唾を吐き捨てて(ドラマの喧嘩のシーンとかでよく見るけど殴られた人ってなんで唾吐くの?)よろりと立ち上がった。男の表情は怒りに歪んでいるのかと思いきや、不気味な笑みを浮かべていた。


「女だからって油断しちゃいけねーな。今のは凄かったけど、そんな細い脚じゃ効かねーよ」


 男が地面を蹴ってむかってきた。ツバサさんのすぐ目の前まで近づいて拳を振り上げる。すんでのところで身を躱したツバサさんは華奢な体を利用して男の懐に入り込み、再び鈍い音を響かせた。けれど男の足はしっかりと地についたまま、ふらりともせずに立っている。

 それにしても女の子二人が大人の男に襲われているのに誰も助けにこないって、なんて薄情なの。


 そうだ、警察。警察を呼ばなきゃ。

 ポケットに入れていたスマホを手にふと思う。

 警察、呼んでいいの?

 ここは夜の街。今日は違うにしても私は過去にいかがわしいことをしてきた。私のその行為が脳裏を過ぎり、助けを呼ぶことに躊躇する。その一瞬の戸惑いが命取りになるなんて、自分はなんて愚かで甘い……救いようのない人間なのだろう。


「う゛っ」


 今の声、ツバサさん?


「あとで遊ぶのに体傷つけたくねーんだよな。大人しくしてくれよ」


 目を離した隙に優劣は逆転しツバサさんが蹲っている姿が目に入った。


「ツバサさん!」


 蹲るツバサさんに声をかけるも、足がすくんで動けない。


「来ちゃダメだよ、ミノリさん。危ないから」


 ごめんなさい、ツバサさん。私、足が竦んで動けない。


「ミノリちゃんは友達見捨てて逃げるなんてことしねーよな。君、ツバサちゃんも大人しくついてきなよ」


 小野さんが蹲るツバサさんの胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせ、脅すように鋭い眼光で睨みつける。


「抵抗されるとさ、殴らなきゃいけないんだわ。もう痛い目に遭いたくないだろ? 大人しくついてこいよ。ミノリちゃんと二人一緒に相手してあげるからさ」

「大人しくできるわけないじゃん。ミノリさんに手出しするなんて許さないよ」

「ん? ああ、もしかして君がミノリちゃんを困らせてた子?」

「……困らせてた?」


 あ、やめて……。


「そうそう。女の子から好きって言われてどうしたらいいかわかんないって相談受けてさ。俺ゲイだから気持ちわかるって言ったら簡単に釣れたぜ。ゲイなんて嘘なんだけどな」


 無言で胸ぐらを掴まれたまま動かないツバサさん。


「ツバサちゃんのおかげでミノリちゃんに会えたってわけだ。感謝しないとな」

「ち、違うんです、ツバサさん。ツバサさんは悪くなくて、私が勝手に……」


 相談できる友達がいないことを理由に、他人にデリケートなことを言いふらしてしまった。それがどんなにツバサさんを傷つけたか。


「ごめんなさい……ツバサさん、ごめんなさい」


 私の声が届かないのか、微動だにしないツバサさん。意気銷沈したかのように脱力した彼女の表情は窺えず、小野さんの口角が怪しげに吊り上がるのだけが見えた。


「ツバサちゃんにはお礼に一発で意識を飛ばしてあげるよ。気づいたらホテルの中だ」

「だ、だめ……」


 まだ動かない私の足。なんて役立たず。

 小野さんがツバサさんを立たせて手を離し、拳を握った。その拳を大きく引いて、殴る————恐怖から目を逸らした瞬間、聞こえてきた呻き声にはっとした。


「う゛ごっ」


 小野さんが吹き飛び、ツバサさんはその場に膝から崩れ落ちた。


「ツバサさん!」


 さっきまで竦んで動かなかったはずのビビりな足が駆け出した。ツバサさんの体を支え、上体を抱き起こす。長い髪を掻き分けてツバサさんの名前を何度も呼んだ。けれど頭を押さえて呻くばかりで、一向に目を開いてくれない。


「大丈夫かい?」

 この声は——



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