第11話 ロック解除のヒミツ



 駅でツバサさんと別れ、電車に乗ると再び独りぼっちになる。一人は嫌いではないけれど、独りぼっちは寂しい。孤独を感じるとスマホを開いてSNSを確認する。ここを覗くと、いつも知らない人がいる。知らない人なのに話ができる。不思議な世界。


 と、一件のメッセージが届いているのに気づいて中を見た。相手は高見さんでバイトのお誘いだった。彼はバイトで一番多く会った雇い主。二十代後半の普通のサラリーマン。大人の男の人なのに体は細くて挙動不審で頼りない。

 夜の彼は頼りになる男らしさが垣間見え、それに期待して何度か会っていたけれど、彼はもう私の欲しいものを与えることができない人なのだと見切りをつけてお別れした。

 一方的にゴメンナサイをしてから何通かメッセージが届いたけれど一度も返事をしていない。これじゃあ失礼かな、と思い返事を打った。『普通の女子高生になります。夜の街にはもう行きません、ごめんなさい』と。

 それからは高見さんからメッセージが飛んでくることはなくなった。


    * * *


 今日の放課後もまた風紀室にいる。

 最初は何を考えているのかわからず、悪魔的に笑ってからかうツバサさんに怯え、憤りさえも感じていたけれど、何日も放課後を一緒に過ごしていると少し心に余裕ができる。彼女に慣れたんだと思う。

 会話を投げられたら返すことはできたけれど、自分からは投げることができない。けれどそれは以前の私。ツバサさんになら声をかけることができそう。静かな風紀室でならどんなに小さな声も届く。息遣いだってほら、ツバサさんの呼吸が耳に届いている。


 いつもと同じ無機質な風紀室、いつもと同じ石油ストーブの上でカタカタと揺れるヤカン、いつもと同じ会話のない静謐な空間、いつもと同じ机の上に盛られたお菓子。このいつもと同じ時間の流れに乗って自然に声をかけるだけ。

 ずっと気になっていたこと、自分から訊かないと教えてくれなさそうなので訊いてみることにした。


「ツァっ、ツバサさんんっ!」


 緊張で声が裏返ってしまった。みるみる顔が赤くなるのを感じた。振り返ったツバサさんを見ることができず、視線はあちらこちらへと忙しなく動く。

 やだやだやだ! 声裏返っちゃった。恥ずかしい。これじゃあのときと同じ、お守り拾ったときみたい。変なこと言わないようにしなきゃ。今度は誤解されないようにちゃんと話したいことを話さなきゃ。


「ふふっ、どうしたの?」


 笑われた笑われた笑われた! あの悪魔的な笑顔、絶対面白がってる。これ以上からかわれないように、もう声が裏返らないように、落ち着いて落ち着いて。


「ツバサさん、ストーカーです、か?」

「え……」


 ツバサさんがピタリと静止した。

 違う違う違ーう! 言葉が足りないよ。ツバサさん引いちゃってるし。頭の中ではいっぱい言葉がでてくるのにどうしてなの。

 忙しなく回転する頭とは裏腹に、口は怠惰なのかまともに喋ってくれない。言い訳しようにも言葉が出ないので口が金魚みたいにパクパク開閉するだけ。

 ツバサさんは怒るでもなく、お腹を抱えて笑うでもなく、いつもの表情で小首を傾げて言った。


「ストーカーじゃないよ?」


 わかってます、わかってますとも。

 訊きたいことはそれじゃなくて、の意で首を激しく左右に振る。

 怒ったのか呆れたのか何も言わずに立ち上がって私の背後に回るツバサさん。後ろにある書棚の引き戸がすすす――っと開く音が聞こえる。その書棚からはいつも食べ物が出てくる。サンドイッチや色とりどりのお菓子。

 このタイミングでどんな食べ物を出してくるのだろうかと予想していると、出てきたのは驚くべきものだった。


「僕に話したいことがあるんだよね。とりあえずこれ飲んで落ち着いてよ」


 ホットコーヒーだ。

 ……ホットコーヒー? 

 あの棚から?

 いつお湯注いだの?

 ストーブの方行ってないよね……というかあの棚の中ってどうなってるの?


 相変わらずよく喋るのは脳みそで、口はぽかんと開いたままだんまりだった。

 そんな私を見て勘違いしたのか「ミルクと砂糖入れようか」と、また書棚の引き戸から出したらしいミルクと砂糖をコーヒーに入れた。そしてあの笑顔を浮かべるツバサさん。

 もうあの書棚を気にするのはやめよう。もし魔法が施されている不思議な書棚だったりなんかしたら、ツバサさんも魔女だったりするかもしれないし。やっぱり幽霊なのかな、いや悪魔かもしれないし。

 正体を知ったら何されるかわらないので謎のままがいい。自分の中で結論が出たので、湯気がゆらゆらと揺れるコーヒーをいただいた。

 ……甘い。


「ミルクと砂糖なしじゃ飲めないなんて、ミノリさんって子供だね。可愛い」


 最後の一言にトクンと胸を打たれツバサさんを見上げたけれど、彼女はあの表情を浮かべていたのでがっかりした。からかわれただけだったみたい。

 いやなんでガッカリしてるの?

 女の子から可愛いって言われてどうしてドキドキなんかしてるの?

 それもこれもツバサさんのせいだ。手を繋いで指を絡めってきたり、唇を重ねたりなんかするから。


「落ち着いたかな。さっきの訊きたいことって何だったの? もう言えるでしょう?」


 全く落ち着いてなんかいない。むしろ動揺していたのだけれど、訊きたいことを思い出して我に返った。


「あ、あの、スマホのパスワード。私のパスワードどうしてわかったんですか?」


 すんなり言えた。このコーヒー、落ち着く魔法でもかけられてるのかな。


「ああ、それで。ミノリさんにつきまとってスマホのパスワードを解除するところを盗み見たストーカーって思ったわけね」


 返事の代わりにこくこくと大きく頷いた。

 何を考えているのかわからないツバサさんだけれど、美人で大人の女性のような風紀委員の彼女。普通の人と違って感情をあまり表に出さず落ち着いているツバサさんが、そんなことするなんて想像がつかない。するわけがない。きっとビックリするような方法が——


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます