貧弱そうに見える生物ほど強い説

第10話 自業自得ぼっち



 私の送っている高校生活は木枯らしが吹くような寂しいものだった。

 冷たい風に煽られながらカーディガンの袖で指先まで隠し、身を縮こませてのそりのそりと歩く。話し相手はおらず、一人で寒さと闘いながら暖かい教室を目指して地面を見ながら登校した。

 教室に入っても「おはよう」なんて声をかけることはない。また、かけられることもない。このクラスでは影が薄い存在。いてもいなくても何の影響をもたらすことのない私。

 まっすぐ自分の席につく。物音は最小限に、すっと椅子を引いてスカートを整えながら着席する。自然と身についた動作。独りぼっちの私を見られないようにひっそりと過ごしている。

 ホームルームが始まるまでの時間、スマホを開いてチェックするのはSNS。相手は私の知らない人ばかりだけれど、本当の私を知らない人となら気兼ねなく話せる。普段は積極的に話なんてできないのに、不思議。




 いじめにあっているわけではない。ただ、入学式の日に友達を作り損ねて、進級した時も話しかけそびれて友達ができないまま今に至った。臆病で小心者の私には、自分から話しかけるなんていう高等なコミニュケーション能力はなかった。結果、クラスの人にとって私は一人で過ごすことが好きな人という認識で、話しかけてはいけない人ということになっている。

 望んでいない一匹狼というクールなイメージは私の枷となって足を引っ張った。けれど一度だけ、自分から声をかけたことがある。


 まだ高校に入学したばかりの頃、目の前を歩いていた男子が何かを落としたので咄嗟に拾ったとき。合格祈願のお守りだった。受験が終わってもまだ持ち歩いているなんて、お礼参りはまだ行ってないのかな。それとも行かないタイプの人? 持ち歩いているくらいだから特別なお守りとか。なんてあれやこれやと考えているうちに、どんどん離れていく彼の背中に慌てて声をかけた。

 緊張で声は裏返り、振り返った彼に見られて自分の顔がみるみる赤くなっていくのを感じた。頭の中は真っ白になり、視線は一点に定まることなく泳ぎ続け「これ!」と一言発するのがやっとのこと。私はお守りを押し付けて逃げ出した。

 落としましたよ、と言えなかったことを後悔した。誰だって話したこともない挙動不審な異性が自分の持ち物を持っていたら不気味がる。盗んだのかなとか疑われたらどうしよう。そうでなくても変な奴だと思われたに違いない。


 この記憶は後悔と羞恥で心に深く刻まれて残ったしまった嫌な思い出。これも枷の一つかな。誰かに話しかける勇気はもう微塵もなく、望まないお一人様生活が始まってしまった。そのまま何もキッカケがなければ、なんの思い出もなく華の高校生活に幕を閉じるところだった。




 独りぼっちの日常に終止符が打たれたのは最近、高校二年生の冬のこと。

 それはなんの前触れもなく、いつものようにバイトをして帰ろうとしていたときだった。

 バイトの雇い主は都度変わる。主がみつかった夜にはふらりふらりと街に出て、指定されたホテルに赴いた。

 お金と快楽が貰えるいかがわしいバイト。臆病で小心者の私にはできないけれど、夜の私は度胸がある。ホテルの入り口とカモフラージュの壁の間に立ち、本当の私と入れ替わった夜の私がバイトへむかう。


 本当はお金なんてどうでもよくて快楽を味わいたかっただけなんだけれど、十五歳の時に味わったような火照った身体と、ビリリと痺れた脊髄、その先にある絶頂は味わえなかった。

 もう一度、もう一度、と快楽を求めてバイトをするうちに彼女――蒼井ツバサさんに見つかった。これが出会い、最悪の初対面。

 弱みを握られた私はツバサさんに協力して、いかがわしいことをしている先生を一人こらしめた。

 事が解決するまでにいろんなころがあった。脅されたり、からかわれたり、唇が触れ合ったり……。何を考えているのかさっぱりわからないツバサさんだけれど、いかがわしいバイトをしていた私を学校に突き出すことはしなかった。


 その日から私は弱みを握られたままツバサさんのお手伝いを名目に風紀室へ通っている。名目と言ったのは、実際には何も手伝っていないから。

 今日もこうして風紀室に来ているのだけれど……。


「あの……ツバサさん……」

「なあに?」

「風紀委員の皆さんは?」

「来ないよ」

「風紀委員のお仕事は?」

「ないよ」


 ということで、会議用の長机にこんもりと盛られたお菓子の山を眺めながら暇を持て余している。これはいつものことだった。

 お互いに「ミノリさん」「ツバサさん」と下の名前で呼び合うまでに時間はかからなかった。さん付けで、私に至っては敬語が抜けないけれど、二人の関係は初めて会ったときより親しくなったことに間違いはない。


 あれから毎日『今日も放課後風紀室に来て』と連絡がくるので足を運ぶのだけれど、何もすることがないのでお菓子を食べるか、お喋りをするか、読書をするかの三択しかない。私もツバサさんも口数が少ないので基本静かに各々のしたいように過ごしている。ツバサさんは事務机に座って、私は長机に。同じ空間にただいるだけ。何も喋らないと木枯らしが窓を叩く音、古臭い石油ストーブの上に置いたヤカンの蓋がカタカタと揺れる音、時計の秒針が時を刻む音、お菓子の包みを開ける音、本のページを捲る音が心地よいBGMとして耳に届く。

 初めの頃は、幽霊の噂がある無機質な風紀室に居心地の悪さを感じていたのだけれど、今はツバサさんと一緒に過ごしているこの空間が心地いい。なんなら噂の幽霊とも仲良くできそうなくらい。

 こうして木枯らしが吹き抜けるような高校生活は、放課後だけ春が訪れたようにぽかぽかしていた。


「そろそろ帰ろっか」


 部活動を行なっている生徒たちが帰り始める頃になると、ツバサさんから声がかかる。それからは素早くお菓子を巨大な書棚の引き戸に隠して風紀室の戸締りをし、一緒に駅まで歩く。これが最近の日課。

 放課後の限られた時間だけではあるけれど、独りぼっちだった私には嬉しい時間だった。


「今日も寒いねー」

「そうですね」

「ねえ、手貸して」

「……なんでですか」

「いいからいいから」


 隙あらば触れてくるツバサさん。風紀室でも読書の合間に近づいてきては手を伸ばしてきたり、口元に視線を感じたり。


「わっ、冷たい! やめてくださいよ」

「いいじゃない」

「よ、よくないです」


 見たことのあるシチュエーションを体現する日がくるとは。

 私より背の高いツバサさんは伏し目がちな切れ長の目でこちらを見下ろし、いつもの悪魔的な笑みを浮かべる。大人の余裕みたいな落ち着きと、本心を出さないポーカーフェイスがむかつく。

 いまだに何を考えているかわからないけれど、一緒にいるのはそんなに嫌じゃない。


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