第7話 甘ったるぅいパーティー



「大変。授業始まっちゃうから続きは放課後にね」

「……はい」


 彼女の手にはあの写真があった。そういえばスマホもとられたまま。

 今は素直に従っておこう。彼女が言う話が全て本当なら、証人としての仕事を終えれば私の役目は終わり。写真もスマホも返してもらえるはず。

 先に風紀室を出て冷たい廊下を歩いていると、追いかけてきた彼女に肩を掴まれた。反射的にその手を振り払うように体を捻ると、彼女と対面する形になった。


「な、なんですか?」


 彼女は強引に私の手を取った。何事かと腕を引こうとしたが、彼女の力は意外にも強い。手首を掴まれたまま、手に無機質な物を持たされた。私のスマホだ。


「連絡先交換しておいたから、また連絡するね」

「あ、はい…………え?」


 あっさり返ってきたスマホに呆気にとられ、彼女の発言に耳を疑った。

 どうして私なんかと連絡先を……それよりスマホにはパスワードがかかっているのに、どうやって解除したの。あ、待って待って。メッセージのやり取りとかネットの閲覧履歴とかは見られてないよね。ネットでいかがわしいもの見ていなかったっけ。いかがわしいものってなんだ。いや自分が悪いんだけど……これ以上弱みを握られたら……というか恥ずかしくて生きていけない!

 頭の中が真っ白になり、過去の記憶が出てこない。動揺していると、心中を悟ったように彼女が「他は見てないから安心してね」と言った。

 心を読まれた。


「じゃあね」


 彼女は昨夜と同じく蝶のようにひらりひらりと跳んでいった。私は呆然と彼女の背中を見送った。




 五限目にはなんとか間に合った。自分の席についてスマホを確認すると、知人以外から『放課後また風紀室に来てね』とメッセージが入っていた。送信者の名前は『風紀委員』と記されている。彼女は自分の名前をアカウント名に使わないのかな、そう思った途端に思い出した。彼女の名前をまだ知らないことに。

 名乗らないしアカウント名は風紀委員だし、わざと名前を隠しているような気がしてまた腹立たしく思った。

 私に名乗る必要はないってこと? なんて捻くれ者なの。


 メッセージには特に返事を打つことなく既読の証だけ残して、スマホを制服のポケットにしまった。

 授業が始まり先生が黒板を忙しなく叩くけれど、内容は全く頭に入ってこない。ぼんやりと黒板の一点を眺めながら、ずーっとスマホのパスワードをどうやって解除したのかを考えていた。何通りもある数字の組み合わせを当てるのに、どれだけの時間を要するのか。


 しばらく考えていたら、どうしても捨てきれない妄想が蘇ってきた。彼女が風紀室に出るという噂の幽霊だということ。噂の幽霊は髪が長いっていうし、風紀委員の彼女も髪が長いし。もしそうなら辻褄が合うかも。

 幽霊ならパスワードくらい解除できそうだし(根拠はないけど)、自分の居場所である風紀室がなくなったら困るから風紀委員を守ろうとしてるとか(幽霊にとって風紀室が価値あるものなのかわからないけど)、アカウント名が風紀委員なのはこの学校に実在しないから名前が使えないとか(サブアカウントなのかもしれないけど)。

 ……なんて非現実的か。

 彼女にはちゃんと足があった。幽霊の定義なんてわからないけれど、彼女はきっと人間。どうやってパスワードを解除したのか、どうして私なんかと連絡先を交換したのか、彼女が何を考えているか……わからないことだらけで苛々する。一番わからなくて腹立たしいのは、新たな連絡先が増えて嬉しいと思っている自分。これには戸惑うばかりだった。


    * * *


 放課後になるとすぐに教室を出た。いつも静かにのんびりと帰り支度をしている私の影は薄いと自負している。誇ることではないけれど、目立たず迷惑をかけないことは独りで生きることに欠かせない。

 そんな私が真っ先に教室のドアを開けたので、クラスメイトが私を送り出す視線は疑問だらけだった。予定があるんだもん、急ぐのは仕方ないでしょう。

 相変わらず第三校舎は静かで寒い。窓から外を見ると、校庭にジャージ姿の生徒がわらわらと集まっていた。これから部活動かな。協調性のない帰宅部の私には関係の無いことだけれど。

 賑やかな校庭を横目に風紀室のドアをノックすると、すぐに返事が返ってきた。終業のチャイムが鳴ってすぐに来たのだけれど、彼女もずいぶんと早い到着のよう。やっぱり風紀室に棲みついてる幽霊なんじゃない?


「どうぞ、中入って」


 中に通され、昼休みに来たときと同じようにパイプ椅子に座った。二度目になると、人が亡くなったこの場所に対する恐怖は薄れていた。人が亡くなった場所というだけで勝手に不気味がったり怖がったりするのも失礼な話だ。

 彼女もまだ来たばかりのようで風紀室の中は廊下と然程変わらない寒さ。古臭い石油ストーブがしゅうしゅうと息を切らして震え、上に乗ったヤカンも一緒にカタカタと音を立てている。


「まだ少し時間があるからここで待っていよう? はい、これどうぞ」


 彼女は例によってあの巨大な書棚からお菓子を出してきた。もう何も疑問に思わない。あれは書棚じゃなくて食料庫だ。会議用の長机には次々とお菓子が並べられ、軽くパーティが開けそうなくらいになった。二人しかいないのに。

 彼女が隣のパイプ椅子を引いてストンと腰を下ろした。隣といっても一席分くらい間が空いている。彼女に対する憤りはまだ静まっていない。けれど、あの写真が彼女の手にあるうちは何もできない。

 彼女曰く、今日の放課後は部活動の顧問と部長が集まって会議を開くらしい。化学の先生は部活持ち。この隙に校長先生へ密告しようとのこと。


「会議が始まる頃を見計らって行こう」

「はい」



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