第5話 悪趣味な宝探し




 机の中を覗くと、意外にも折りたたまれた一枚のメモ用紙が入っていた。取り出して開くと『職員室前の掲示板にある風紀委員の掲示物の裏を見て』と書かれていた。

 …………宝探しなのかな。

 なんだか拍子抜け。彼女にからかわれているような気がしてきた。弱みを握って振り回して困り果てた私の姿を見て悪魔的に笑う。これが意地悪な彼女の嗜好なのかも——と、考えを巡らせているうちに、ふと気がづいた。彼女の名前を知らないことに。

 名乗りもしなければ、こちらから訊くこともしなかった。どんな罰を受けるのかという恐怖でそれどころではなかった。今は少し心に余裕がでてきたようで、彼女の名前が気になってきた。

 でも今は気にしたってどうしようもない。どのみち宝探しの結果報告に風紀室へ戻るのだから、そのときに名前を聞けばいい。だったらさっさと宝探しを終わらせよう、と職員室へむかった。




 職員室は第一校舎、クラスの教室があるところだ。校庭を横切ってきたので少し時間を取られてしまった。

 職員室前の掲示板にあった風紀委員の掲示物。上部二点を画鋲で留めてあるだけなので、下をぺらりと捲ってみた。案の定そこには一枚のメモ用紙。

 開くと今度は『化学準備室の地窓から中を見て』と書かれていた。地窓? 下の方にある小窓のことだろうか。

 あと何回続くのだろう。メモ用紙が何枚存在するかわからないので、昼休み中に終わらせられるか不安になってきた。

 急ごう。化学準備室もまた少し離れた場所にある。




 化学準備室へ移動中。このとき私の罪の意識はずいぶんと薄くなっていた。彼女の意図は全く読めないけれど、ひどい罰を与える気はないみたい。今は恐怖よりも、早く風紀室へ戻って彼女に名前を訊きたい気持ちが強かった。宝探しをさせる変わった人——彼女がどんな人なのか気になって仕方ない。

 あんなに綺麗な人だもん。きっと名前の一文字一文字にも気品があって、美しさが溢れ出ているんだろうなぁ。

 夢を見るかのようにふわりふわりと漂っていると、化学室の前まで来ていた。化学準備室はこの隣。


『先生……あの、やっぱり、私っ……』

『ちょっと、声大きいよ』


 隠匿したげな会話が聞こえたので反射的に忍び足になった。聞こえてくる声からすると女子生徒と男の先生が一人ずつ。

 化学準備室の地窓から…………まさかこの二人のやりとりを覗けということなのだろうか。

 足元にある地窓は視界に入りにくいかもしれないけれど、中にいる二人の立ち位置によってはすぐ見つかってしまう。

 少し考えたが意を決して中を覗くことにした。背徳感と好奇心で手に汗が滲む。


 用意されていたシチュエーションなのだと確信したのは、地窓に鍵がかかていなかったから。慎重に開けてほんの僅かな隙間を作り、廊下に腹這いになって中を覗く。この状況を誰にも見られないことを祈りながら。

 中には案の定、女子生徒一人と男の先生一人。生徒は見たことない顔だけれど今覚えた。見るからに気弱そうで、右口角にあるホクロが特徴的。先生は、ああ……化学の先生。いつも高圧的な授業をする、私が苦手な教師。

 こちらの存在には気づかれていないみたい。と、女子生徒の手元に目を奪われた。二枚の一万円札が握られていたからだ。


「こんなの貰えませんし、もう私……こういうこと、やめたいです」

「もう何度か受け取ってるんだから君も共犯。恥ずかしいことバラされたくなかったら私の言う通りにしなさい」

「今までのお金全部返しますっ、使ってないですから……!」

「声が大きいって。みつかっちゃうよ?」


 この状況と会話の内容でなんとなく察しがついた。昨夜の私がしたことと同じようなことが起こっているのだろう。そこにいる彼女は半ば強引に押し切られたようだけれど。

 私は一緒にいてくれたからということでお礼を受け取っていた。でもこうして強引な現場を見ると、まるであの子は商品だ。お金で買われて好き勝手されている、人としてじゃなく物として、欲望の捌け口として。

 私も今まで商品として買われていただけなのだろうか。優しい人ばかりだと思っていたけれど、実は——


「先生……やめてくださっ……」

「声出しちゃダメだって」


 真っ昼間から男女の生々しくイヤラシイ事が始まってしまった。他人のそれを見るのは初めてで、アダルトビデオなんかにも手を出したことがないからか、とても恥ずかしい。見て興奮するなんてとんでもない。

 風紀委員の彼女が言っていた「見てきて」とはおそらくこの状況のこと。なぜこんなところを私に見せたのだろう。あなたがやっていたことはこういうことだよ、と客観的に見せつけて自覚させたかったとか? そして惨めに腐っっている様を観察したかったとか?

 そんな仮説を立てた途端、昨夜の自分と重なってしまって吐き気を催した。

 恥ずかしい、気持ち悪い、なんて穢いんだろう——!


 どうにも吐き気は治りそうにない。とてもじゃないけれど最後までなんて見ていられない。昼休みも終わってしまう。

 時間制限は昼休みまでだから戻ってもいいはず、と自己解釈してその場を後にした。

 忍び足で、少し離れてから一目散に駆け出した。一刻も早くその場から離れたかった。生臭いにおいがまとわりつきそうで虫酸が走った。



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