第209話、夜間奇襲
「仮に、セラが命を落とすなり、旅が続行不可能な傷を負った場合――」
平原を駆けながら、サターナは言った。
「ワタシやあなたが、彼女の代わりを務めればいい。ワタシたちはシェイプシフター。彼女に成り代わり、彼女の願い、目的を果たせばいい」
「……本気で言っているのか?」
慧太は内心、憤りをおぼえる。セラなどいなくてもいいと言うのか。出会ってそう長い付き合いのある関係とはいえないが、苦楽を共にしてきた仲だ。
セラが自らに課せられた使命を果たすべく、必死に頑張っている姿を目の当たりにしている。辛くても前を向き、時に泣くことはあっても、旅から逃げようとしたことは一度だってなかった。国を想い、民を思う、素敵なお姫様だ。
サターナの言葉は、そんな彼女の努力と苦労を無意味なものと言っているに等しいと慧太は感じた。
そのサターナは、逆に咎めるような顔になる。
「もちろん、彼女は生きてライガネンまで送り届ける。それが一番いいのはわかっているわ。ワタシが言っているのは、あくまで万が一に、彼女の身に何かあった時の話」
「……あまり愉快な想像じゃないな」
「そうでしょうとも。けれど、万が一の事態を考えるなら、そのことも頭に入れておくべきだわ」
サターナは続けた。
「それが嫌なら、彼女を戦場に立たせないようにしなさい。その考えも覚悟もなくて、軽々しく『任せる』なんて言葉は使わないほうがいいわ」
「……おかしいな、オレが責められているぞ」
慧太は苦笑した。
「お前、元魔人だろ? アルゲナムの白銀の勇者は嫌いじゃないのか?」
だからセラがいなくても、なんて発言したのかと思った。そのサターナは慧太の声からトゲが消えたのを察し、笑みを浮かべる。
「嫌いね。ええ、伝説のアルゲナムの勇者は、子供の頃から倒すべき敵だと思っていたわ」
でもね――
「個人的にはセラのことは好きよ。優秀だし、可愛いからね」
嘘は言っていない――慧太には、それがわかった。シェイプシフターとして取り込み、その意識を飲み込んだ経験がそれをわからせているのか。
たぶん、そうなのだ。人間と魔人、本来敵同士だったものが、こうも互いの心情を察し、まるで古くからの友人ように振る舞えるのも、シェイプシフターとして意識を共有したからだと思う。……そう考えるなら、サターナのいう『親子』というのもまんざら間違っていないとすら感じる。
とはいえ、セラが命を落としたら――そんな最悪な想像はしたくないと慧太は思う。サターナはセラに成り代わり、などと言ったが彼女の使命を引き継ぐというのは、自らの人生を捨てることも意味するのではないのか。……ほんと、考えたくない話だ。
日が沈み、あたりは急速に闇が訪れる。平原から
「すっげぇ、いまさら何だけどさ――」
慧太は言った。
「アルフォンソのやつ、姿を見てないんだが……?」
「ああ、それなら」
サターナは悪戯っ子のように笑った。
「いまごろ、盗賊連中のお傍にいる頃でしょうよ」
・ ・ ・
盗賊団シャンピエンは、昼間に受けた損害から部隊を再編し、街道沿いの森に潜んでいた。
人間というのは面白いもので、騎馬を使う盗賊に対し、その馬が使えない――侵入できない森の近くにいれば、襲われた時に森に逃げ込めると考える。
あれだけの襲撃があった後、再度襲われたら大変だと思う者は、少しでも早くその場所から離れたいという心理が働く。一番早い街道を進むが、夜がくれば無理な移動はできない。暗き道を馬車で進むのは事故の危険性を高める。
騎馬に対して、平原にいるのが一番危ない。であるなら、万が一に備えて森の近くで……。騎馬に気をとられ、本来、賊が潜んでいる可能性の高い森に対する危険意識が薄れてしまうのだ。
――もっとも、獲物には傭兵たちがついている。奴らなら、こちらの行動も読んでいる可能性はある。
盗賊団団長ダシューと、その部隊は獲物が来るのを森に伏せて待っていた。すっかり夜の帳に包まれている状態。本当なら、連中の馬車が近くにいてもいいはずなのだが、その姿は影も形もない。
――まさか、移動していない?
あるいは、街道を引き返したか。こちらの出方を予想し、こちらの待ち伏せを回避しようという魂胆か。
何も起きないまま、待機するのは待つ側にとっては、胃にくるような苦味をもたらすものである。
「……うわぁ――」
森の中から、悲鳴じみた声が一瞬上がった。ダシューや、彼のそばにいる部下数名が声のほうに顔を向けた。……どこの馬鹿だ。声を上げたのは!
まるで、蛇やトカゲが服に入り込んだような悲鳴だった。傍らにいた狐人の部下が小声で言った。
「騒がしくやってます。何か出たんでしょうか」
「ふむ。……様子を見に行ったほうがいいか?」
「……静かになりました」
狐人は言った。音に敏感な彼は、この闇の中、人間には聞こえない囁き声すら拾う。
「黙り込んでいるのか、喋り声もありません」
獣人の彼が何も言わないのだ。特に問題はないだろう。ダシューは視線を街道へと戻した。
どれくらいそうしていたのか。反応が何もないと時間の流れすらわからない。頭上に出ている月を眺めていると――
「団長」
狐人の部下が、視線を森の中へ向けていた。
「妙です。静か過ぎます」
「……」
とっさに腰の剣に手が伸びる。……そういえば、敵には狐人の女戦士がいたような。まさか、先行して森の中に潜伏しているこちらを襲撃しているとか――
その可能性が脳裏をよぎった瞬間だった。
近くの茂みの向こうから何かが飛び出した。
それは、本当に『何か』としか形容しようがないものだった。
暗闇の中、真っ黒な壁のようなものが飛び出してきたかと思うと、次の瞬間ダシューや部下たちの上に圧し掛かり、覆いかぶさり、飲み込んだ。
黒い壁のようなものを下から押し上げるような突起がいくつか蠢いたが、数秒と立たず、それらは黒い物体の中に沈み、やがてなくなった。
傍から見れば、それは巨大な黒いぶよぶよした塊、黒い布団状に広がった巨大なスライムのようにも見えた。
だが、それはやがて人の形をとる。短い黒髪の、東洋人の顔立ちの少年戦士に。
「あと、どれくらいいるんだ……?」
慧太(けいた)が呟けば、すっと茂みの向こうからサターナが、反対側から、仮面をつけたのっそり大男風のアルフォンソが姿を現した。
「いまので最後みたいよ、お父様」
「……昔を思い出すな」
慧太は自らの影に余剰分の身体に同化させながら立ち上がった。
「魔人を夜襲して取り込んだのを」
「……それって、ワタシと戦う直前の話よね?」
慧太の記憶をある程度有するサターナは不満げな顔になった。
一年前、慧太がシェイプシフターとなり、復讐のためにサターナに戦いを挑む前の話だ。
「言っておくけど、その時あなたが取り込んでくれちゃったのは、ワタシの可愛い部下たちなのだから」
「オレは謝らないぞ」
慧太は鼻を鳴らした。
「お前の部下たちは、オレやオレのクラスメイト全員を殺してくれちゃったんだからな」
お互い様である。サターナは嘆息した。
慧太は自身が取り込んだ盗賊たちの思考……一度に複数人喰らったので、ごちゃごちゃしているそれを、ざっくりカットしながら、必要な情報を探りだしていく。
ちなみにこの作業中が、一番頭の中がごちゃごちゃして気持ち悪くなる。死に面した恐怖の『感情』が最期の時にその思考を占めているからである。さらにいえば、最初期に喰らった時は慧太自身、半分発狂に近い精神状態だったりする。いまでは随分と慣れてしまったが。
「シャンピエンの団長を喰った」
「ダシュー団長?」
同じく盗賊を喰らっているサターナが、取り込んだ記憶からその名を呟いた。
「どうする? アジトと残っている連中のこともわかっているけど……狩りに行く?」
「その必要はないだろう」
慧太は小さく頭を振った。
「主な戦闘部隊は残っていないからな。盗賊団として能力は大きく削がれたし、残っているのは戦闘員じゃない」
今はライガネンを目指す旅の途中だ。盗賊退治は、あくまで邪魔を排除するついでであり、掃討までは慧太たちの仕事ではない。
「帰るか」
慧太が言えば、サターナもアルフォンソも頷いた。
どれくらい喰ったか、それぞれに確認すれば、サターナはたっぷり、と答え、アルフォンソは全員を乗せられる馬車を展開できるほどの余剰分を確保していた。
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