第177話、神出鬼没のK


 それで――と、アルフォンソが牽く馬車の荷台の上でキアハが問うた。


「『K』ってどんな奴だったんですか?」

「……」

「見たんですよね?」


 興味津々といった様子の面々を見回し、リアナは少し首を傾げながら、ぴくりとその狐耳を動かした。


「その日は、わたしはKと会うことができなかった」


 駆けつけた時、外の戦闘は終わっていた。

 犯罪組織の幹部らが連れてきた護衛や傭兵らは、大半がやられた。

 生き残った者は、いずれもKと遭遇できなかった者ばかり。つまり、Kを目撃し戦った連中は全滅したのだ。……結局、誰一人、Kの姿を確認できた者はいなかった。


 拍子抜けした、という顔をするアスモディア。キアハもどこか落胆したようだった。正体不明の暗殺者とどう対決したのか期待を抱いていたのだろう。

 だが、がっかりしたのは、その時にKと遭遇できなかったリアナもまた同じだった。心の隙間を埋めてくれるかもしれない強敵との戦い。それに期待していたのに、肩透かしを食らったのだから。


「結局、Kは逃げたわけですか」

「誰が逃げたと言った?」


 リアナは、キアハをまじまじと見つめた。


「違うんですか?」


 前髪の間から覗く右目に、驚きの色が浮かぶ。


「警備が大勢いたので引いたのでは……? リアナさんはKと遭えなかった」

「ええ、その日は遭えなかった」


 リアナは淡々と告げた。『その日は』と繰り返したが、その意味に慧太以外は気づかなかったようで、誰も突っ込まなかった。


「だけど、Kは目的を果たした。屋敷に入り込み、警備が外に引き付けられている間に、集まった幹部連中を皆殺しにした」

「!?」


 え――キアハが絶句した。しかし一番驚いたのはセラだった。


「そんな……リアナがいて、まったくKの侵入に気づかなかったのですか!?」


 これまでの旅でリアナの――狐人の聴覚、嗅覚、そして気配探知能力の高さを目の当たりにしているセラである。リアナは敵の待ち伏せや襲撃をことごとく五感をもって看破し、不意打ちを防いできた。

 そのリアナを持ってしても、気づけない能力を持つKに、畏怖の感情を抱いたのだ。


「ええ。まったく、気づけなかった」


 淡々と、リアナは告げた。


「タオザも、他のギャングや奴隷商人……あの場に集まった悪党どもの代表者は、物言わぬ屍と化していた」

「K……」


 セラは視線を下げた。


「神出鬼没の殺し屋……まさか、本当にそんな人が……」


 ちら、とアスモディアが慧太を見た。何となく、彼女はKの正体を悟ったようだった。慧太は視線を逸らし続けている。

 キアハは顎に手を当て、考え込む。


「Kはどうやって、屋敷に侵入したんでしょう? 誰にも見咎められずに」

「そりゃあ、正面突破でしょ?」


 アスモディアが自信たっぷりに言った。


「外で陽動しているうちに入って、少なくなった警備なんて遭遇する片っ端から殺して進んだのよ。そのまま幹部たちのいる部屋に到達したに違いないわ」

「いや、それはない」


 リアナが即答した。


「屋敷内での戦闘は、代表者らが集まった部屋でのみ行われた。それ以外の場所では誰もKらしき人物と遭遇していないし、死体もなかった」


 セラとキアハが冷たい視線を、アスモディアに向ける。断言するように言った手前、赤毛の女魔人は恥ずかしげに顔をそらす。


「種明かしをすると」


 金髪碧眼の狐娘は目だけを動かして、女たちを見た。


「Kは変装して屋敷の中を堂々と進んだの。誰も、その人をKと思わず、皆見ていたにも関わらず、彼を会合の場まで通してしまったの」

「変装!」


 キアハは感心を露にした。


「なるほど、それなら納得です。すると、Kという人物は変装も上手なのですね」


 何とも気楽ないいようである。そんなキアハに対し、セラは要領を得ない顔になる。


「『彼』と言ったわね、リアナ?」

「ええ、彼と言った」


 リアナは、じっとセラを見つめ返した。


「彼は会合に集まった代表者たちを殺害すると、忽然と姿を消した。またも誰にも見咎められずに」

「……ちなみに」


 セラが問うた。


「Kは誰に変装していたかわかったのですか?」

「……会合の場にいて、一人だけ死体が見つからなかった者がいた」

「それは……」

「ブラド。密輸業者の」


 リアナは視線を慧太へと向けた。


「会合に至る前、ブラドはKの襲撃を受けて、部下が全滅した。……でも本当は部下だけではなかったの。ブラドもまた、すでに殺されていた」

「!」


 キアハの表情が凍りついた。先ほどまで気楽さが嘘のように消える。

 リアナの話で、タオザと何気ない会話を交わしていたブラド――その当人はすでに死んでおり、彼に成りすましたKが、平然と顔なじみのタオザと話をしていたという事実に。


「結局、自分たちの組織の代表を失い、残った部下たちは早々に拠点に引き返したり、あるいはKを探して報復しようと屋敷内を探し回ったりと、それぞれが勝手な行動をとった」

「そしてKは見つからなかった――そうでしょ?」


 アスモディアが言った。リアナが首を縦に振れば、女魔人は笑みを浮かべた。


「まあ、だいたいわかったわ。Kがどうやって脱出したか、見当もついたし」

「どういうことです?」


 キアハが素直な口調で問うた。アスモディアの視線が、一瞬慧太のそれと合う。だがすぐにアスモディアは天を仰いだ。


「さあね」


 すっ呆けた。キアハは、手を床についてアスモディアに近づく。


「教えてくださいよ」

「えー、自分で考えなさいよ」


 にやにや、としているアスモディア。セラは冷めた目になった。


「キアハ、その人のいうことを真に受けないで。どうせ適当なこと言ってるだけで、本当はわかっていないんだから」

「失礼ね、本当にわかってるんだから!」

「どうかしらね。……答えないところが怪しいわ」

「いや、本当にわかってるんだってば、セラ姫!」


 アスモディアが真剣に抗議するが、セラは信じていないようだった。

 見守る慧太は、アスモディアが、おおよそ正解に近い考えを思いついただろうことは理解した。ただ実際に口に出していないので、正解とは違う答えかもしれない。が、当時のKがそれをしなかっただけで、脱出プランとして間違っていないものだろうとは思う。


「ねえ、ケイタ!」


 とうとうアスモディアは、こっちに話を振ってきた。彼女はKを慧太であると思っているから、本当のところが、彼女の想像どおりと後押しして欲しいのだろう。

 が、慧太は言葉を濁した。


「どうだかな」


 オレは知らない、という態度をとった。むぅ、と唇を尖らすアスモディア。キアハはリアナに向き直った。


「それで、その後はどうなったんですか?」

「会合どころではないから、生き残りはそれぞれのアジトへ帰って行ったわ。赤い天秤のようにトップを失ったことで内部崩壊を起こして分裂、弱体化した組織も出たけど……それは別の話ね」


 それが、わたしとKの最初の接触――

 さらりと言ったリアナに、キアハは「最初の?」と反応した。だがリアナは、慧太に手を出した。


「サイコロ」


 どうやら彼女はここで自分の話を打ち切るらしい。もともと、お喋りではない彼女にしては、よく頑張ったとほうだと慧太は思った。

 だが、他の面々は消化不良だったようで。


「え、ちょっと気になります! 続き! 続きあるんでしょう?」

「……またサイコロの出目が悪かったらね」


 狐娘は、しれっと言うのである。その碧眼は、慧太に無言のプレッシャーをかけていた。


 もしイカサマやってわたしに話しをさせるなら、お前の秘密を暴露してやる――口には出さないが、慧太には彼女がそう言っているように感じた。


 ――そんなに話をするのが嫌なのか……!


 ならば初めから参加しなければいいのに、とも思うのだが。それでも参加したのは、この仲間たちを極力しらけさせないようにしようと考える程度には、戦友意識を持っているからだろう。


 それは評価するべきなのかもしれない。……本来の彼女は、協調性などという言葉とは無縁な性格なのだから。


 とはいえ。

 別にイカサマはしていないが――慧太はサイコロをリアナに差し出した。続きに関心があるセラやキアハには悪いが、これ以上の過去話――とくにK絡みの話は自らの首を絞めるようなものなので、全力回避すると決めた。


 かくて、慧太は『イカサマ』をした。リアナ『が』負けないように。

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