第134話、黒き騎兵隊

 溢れるばかりの光だった。そのたった一撃で隊の半数を失った。

 あれが、白銀の勇者の光の技か――ガルス・ガーは噂に違わぬその威力を目の当たりにしたが、戦意は衰えていない。

 恐れを感じるより、沸き立つものを感じている。少なくとも、光に消えたゴーグランの戦士たちは、戦いの中で倒れたのだ。彼らは敢然と敵に立ち向かった勇者たちだ。いったい何を恐れるというのか。彼らの後に続け。ゴーグランの戦士ならば!


 生き残った魔騎兵らが戻ってくる。ガルス・ガーは、アルゲナムの姫騎士の退路を断った格好である。

 護衛とおぼしき男が彼女の背後を守るが、たかだか一人――アルゲナムの姫騎士と合わせて二人で、魔騎兵三〇騎を相手にできるはずがない。

 リッケンシルトの兵は逃亡した。兵らを逃がすために戦場に踏みとどまった覚悟や見事、とゴーグランの戦士は思う。……伝説の勇者の末裔たる姫騎士、敵ながら天晴れ。


 しかし、それもこれまでだ。

 あの光の技は、威力と引き換えに隙のある技と看破した。兵らは逃げ、姫騎士は孤立。砦のなかで起きたあの大魔法の使い手も、彼女がいる中では使えない。


 勝てる。


 勝った、ではない。白銀の勇者の末裔のこと、おそらくあの光の技だけではあるまい。いかに魔騎兵といえど、容易く討ち取れはしないだろう。

だが、ここで彼女を討てれば、この戦いに敗戦以外の意味が見出せる。連隊壊滅を帳消しにする戦果を、我らが指揮官に――


 ガルス・ガーのゴルドルが吠えた。他の獣さえ怯えさせる魔獣の咆哮は、銀髪の戦姫を威嚇する。しかし彼女は唇を引き締め、強い敵意の視線で跳ね返す。……小娘ながら、見事な度胸。

 反転してきた魔騎兵らが駆ける。アルゲナムの姫騎士を押し潰すべく。


 だが――


 それとは別の、地面を激しく蹴る足音が聞こえてきた。

 比較的軽い足音であるゴルドルとは異なる、地鳴りのような強い無数の足音。

 ガルス・ガーは目を凝らす。

 闇に溶け込むように、黒い何か――いや馬に跨った騎兵の部隊が、魔騎兵たちの後方から突撃を敢行していたのだ。


 ――なぁにぃ……ッ!?


 現れるはずのない人間の騎兵部隊。リッケンシルトの騎兵ではない。


 全身漆黒の甲冑をまとい、さらに黒い馬で統一されたそれは、さながら闇をいく亡霊騎士の群れのようだった。彼らの馬が立てる轟々たる足音がなければ、幻と疑ったかもしれない。


 少なくとも、友軍ではない。

 そうとなれば『敵』しかありえない。


 しかし、この闇の中で、人間が堂々たる隊形を組んで騎兵突撃をかけるなど信じられなかった。


 その数、三〇、いや四〇騎ほどか。横列を組んで突撃する漆黒の騎兵隊に、ガルス・ガーは素早く戦況を理解した。

 目の前の出来事は、どんなに信じられないことであっても現実だ。そして敵に背中を向けている魔騎兵らにできることは、もはや『逃げる』ことしかない。

 反転して反撃など企んだら、旋回直後に突進してきた騎兵の突撃で粉砕されてしまう。

 せっかくほぼ姫騎士のみの状態に追い込んだと思ったら、この伏兵の登場。……これでは無為に戦力を消耗させただけではないか!


 ゴーグラン指揮官の赤顔がさらに朱が増した。憤りに全身の血液が沸き立ったか、彼は歴戦の戦士だった。


『全騎、退却っ! 退却だッ!』


 ガルス・ガーの判断は早かった。正面からの傷ならともかく、側面や背後からの傷では自慢にもならない。白銀の姫騎士に迫っていた魔騎兵隊に、自らの騎兵槍で脱出方向を指し示しながら、彼は身を翻した。


 

 ・ ・ ・



 魔騎兵の将校が退却を叫んだのがわかった。セラは魔人の言葉はわからないが、その仕草や態度で、彼らが引き上げを選んだのは理解した。


 一方で慧太は、駆け抜けていく魔騎兵の残党を尻目に、一息ついた。

 騎兵には騎兵を――そう思っていたら、連中も同じ判断を下したらしい。

 駆けつける漆黒の騎兵隊――彼らは、シェイプシフターの分身体だ。魔人歩兵らに同士討ちを展開させた約八〇の分身体の部隊。セラの危機に可能な限りの速度で駆けつけられる姿に化けたのだ。


「ケイタ」


 セラが隣に立った。


「怪我はありませんか?」

「もちろん。君は?」

「私も大丈夫です」


 銀髪の戦乙女は、銀魔剣を手にしたまま、視線は近づいてくる漆黒の騎兵たちに向く。


「あの人たちは、味方なのでしょうか?」

「……敵ではないな」


 正体を知っているとはいえ、慧太はもちろん本当のことは言わない。頭の中は、すでに上手い言い訳を搾り出すほうにリソースを割いている。


「噂には聞いたことがある。全身、黒ずくめの騎兵集団の話を」


 名前は、と考えかけ、やめた。こちらを見ている黒騎兵の一人に小さく頷いて見せれば、その騎兵は馬――もちろん分身体である――の手綱を引き、こちらへとゆっくり歩んできた。

 兜は可動式のバイザーと面頬に覆われているため、その素顔はわからない。中を開けたら慧太の顔なのか、あるいは別の顔なのかは、慧太自身わからなかった。


「よう、助かったよ、傭兵さん」


 慧太が先手を打って声をかければ、黒騎兵は馬上から、くぐもった声を返した。


『我らは黒の騎兵隊だ』


 見た目からしてそのままのネーミング――慧太は思わず唇の端を引きつらせた。……もっとも瞬時に浮かんだ名前は、分身体のそれと同じだったから笑うに笑えなかったが。


『我らは我らの仕事を果たしただけのこと。礼には及ばん』


 そっけない言い回しだった。傭兵らしく、いかにも依頼を果たしただけという風を装っているが、分身体の役割は魔人軍と戦い、セラを守ること。そう間違ったことは言っていなかった。


「それでも」


 セラは銀魔剣を鞘に戻しながら言った。


「助けられたことは事実です。ありがとう」

『……』


 騎士は返事しなかった。慧太は、彼の思考が何となく理解できて複雑な表情になる。

 あの兜の中は、おそらく照れているのだろう。なにせ、慧太の分身体なのだから。本能的に察してしまうこっちが恥ずかしい。


「慧太くん! セラさん!」


 ユウラの声。見れば彼とアスモディアが駆けてくるところだった。ユウラの顔を見た途端、慧太は少し気持ちがささくれた。……魔騎兵が突っ込んできた時、助けてくれてもよかったんじゃないか?


「無事切り抜けましたね、と労いたいところですが、それどころではありません!」


 切羽詰まった調子に、慧太は口に仕掛けた文句を飲み込んだ。セラは小首を傾げた。


「何か、あったのですか?」

「別働隊です!」


 は? ――慧太は目を丸くした。別働隊って何の?


「レリエンディール軍です! ベルゼの軍以外に、別の部隊がいたようです!」

「別の――」


 慧太は絶句した。――おいおい、苦労して敵の連隊を壊滅させたばかりだぞ? 他にも敵部隊がいたとは……!


「敵の規模は?」

「こちらの使い魔では正確な数はわかりませんが、大隊以上。早くここを離れたほうがいいでしょう」

「退避……」


 セラはその言葉を口にしながら考える。


「しかしどこへ?」

「南側は押さえられていますから、街道へは戻れません」


 ユウラは即答した。


「北か、あるいは北東方向へ」

「マスター!」


 アスモディアが砦の南側の森を見やる。


「魔人軍の先鋒が――」

「もう、ここまで」


 ユウラは振り返った。


「とにかくこちらは策を練る時間もありません。まず退避を。殿軍しんがりは――」

『我らが引き受けよう』


 黒騎兵――分身体が言った。


『といっても、こちらも突撃一回で退避する故、あまり時間は稼げんだろう。貴殿らは早々に行くがよい』


 そういい残し、黒騎兵は部隊に合流を果たすべくその場を離れた。セラが何かを言いかけたが、それを予想したかのように立ち去った。……さすがは慧太の分身体、話が早い。


「では、こちらも急ぎましょう!」


 ユウラが走り出し、後ろ髪を引かれる思いだろうセラの肩を慧太も叩いた。


「行くぞ。彼らの好意を無駄にするな」

「……はい」


 セラも駆け出した。森の砦に背を向けて。

 黒騎兵と、現れた魔人軍増援の戦い――その結末について知ることはなく。

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