第133話、主のために
現れたのは魔騎兵第二大隊に属する第三中隊だった。
ベルゼが砦の中へ進んだ際に同行した第一大隊、その救援に向かった第二大隊の第一、第二中隊は、ユウラの爆砕魔法によってほぼ壊滅したが、予備として残っていた第三中隊は、ガルス・ガー副将の指揮で戦場へと舞い戻った。
そう、ガルス・ガーだ。
魔騎兵連隊におけるベルゼの次席指揮官を務め、同隊のゴーグラン魔人兵を統率する男だ。
彼は九死に一生を得た。ベルゼが砦に踏み込み、炎に飲み込まれた際、ガルス・ガーは救援に向かった。そこで彼は、大火傷を追い、死の淵にあったベルゼを救助した。それは奇跡だったのかもしれない。
だが同時に、彼は魔法使いの罠に気づいた。慌ててベルゼの身体を抱え、皆に退避を促しつつ、自身は主を死なせないために砦から脱出を図り――かろうじて生還した。ユウラが二回目の魔法を行使する寸前に門へ走ったのが、ガルス・ガーだったのだ。
ゴーグランの副将は、連隊本部中隊と魔騎兵小隊に、ベルゼの後方への搬送と退避を命じた。
正直に言えば、ベルゼが助かる可能性はそれほど高くない。今にも消えそうな命――助かっただけでも奇跡かもしれないが、いまはまだ奇跡を信じ、やれることをするしかなかった。
上官を見送りながら、ガルス・ガーは戦場を把握する。
指揮官が不在の間、連隊に属する三つの歩兵大隊は壊滅していた。最後の部隊はアルゲナムの姫騎士率いる小隊によって蹴散らされた。
血の気の多いゴーグラン人である副将は、このまま一方的にやられたまま引き返すという選択肢を選ばなかった。
逆襲する。
幸い、敵戦力は小隊規模。残った魔騎兵中隊の半分にも満たなのだ。
ガルス・ガーは突撃を敢行した。戦いが終わったと気を抜いている隙を突くように。
『ヤァトル、ガァザァァーン!!』
古代ゴーグラン騎兵の『突撃』を意味する言葉を叫ぶガルス・ガー。その伝統を受け継ぐゴーグラン騎兵たちは、それに倣い『突撃』を力の限り叫んだ。
ゴルドルが咆哮し、魔騎兵は『ゴーグランの槍』と他種族から呼ばれる騎兵槍、ヴォルグラースを構えた。
・ ・ ・
すでに突撃にかかった騎兵を迎え撃つのは困難だった。
リッケンシルトの親衛隊兵らは、戦い終わって完全に気が抜けていたし、隊列も組んでいなかった。
リンゲ隊長は、とっさに声を張り上げた。
「集結だ! 防御態勢を――」
突撃する騎兵に対抗するために小隊を立て直そうとする。だが、慧太は叫んだ。
「間に合わない! 逃げろっ!」
隊列組む前に敵が突っ込んでくる。すでに敵は一直線に駆けているのだ。今さら隊列組んだところで、小隊程度では魔騎兵の突進を防げない。
「総員、退避! 退避してくださいっ!」
セラが声をふり絞り、兵たちを下がらせる。
指揮官の声と、津波の如く押し寄せる魔騎兵の迫力を前にした兵たちは、一目散に森へと駆け出した。
少なくとも森へ入れば、騎兵の突撃は回避できる。無数の木々が障害物となるのだ。兵たちはそう思い、背を向けて逃げ出したのはある意味正しい。
しかし、彼らは、魔騎兵の操るゴルドルが馬とは違うことを真に理解していなかった。ゴルドルは森の中での移動も長けており、少し森に入った程度では殺戮から逃れたことにはならない。
慧太は逃げる兵らの背中を追いながら思う。そもそも、森に入るまでに追いつかれないという保証もない。追いつかれたら――何人が、魔騎兵の餌食になるだろう?
ちら、と追撃してくる敵との距離を測ろうと振り返る慧太。だがそこで、目を見開く。
セラが、こちらに背を向けていた。
彼女は、逃げなかった。
ひとり、押し寄せる魔騎兵に立ち向かう格好だ。銀魔剣を構え、精神を集中している――聖天だ。セラは聖天で押し寄せる敵を一掃するつもりなのだ。
味方の兵が追いつかれ、殴殺されるのを防ぐために。
指揮官として、勇者の末裔として、ひとり敵の注意を引き、兵を守るために。
責任。
兵士達を戦場に付き合わせた責任を取ろうとでも言うのか――畜生め。
慧太は素早く反転した。セラのもとへ。彼女を守ると約束した。必ずライガネンまで連れて行くと約束したのだ。
だから。
――ここで死なせるわけにはいかねえんだよ!
魔騎兵の集団が迫る。
セラの聖天、その力の発動までには時間が掛かる。その分、威力が増すが、魔騎兵の突撃とどちらが早いか微妙なところだ。
威力に妥協すれば、魔騎兵の牙に掛かる前に聖天を撃てる。だがそれで十分な数の敵を吹き飛ばせないと、セラは残る敵に囲まれ、悪くすれば逃がすつもりの兵たちまで危険にさらされる。
しかし十分な威力まで力を高めると――発動前に魔騎兵がセラに襲い掛かる。彼女が倒れれば、魔騎兵の部隊はその攻撃力を維持したまま、こちらを皆殺しにするだろう。……何というチキンレース。
セラに一番近いのは慧太だ。こちらの手勢は――リッケンシルト兵らは退却中で使えない。
敵歩兵大隊の同士討ちを誘った分身体が約八〇ほどが残っている。それらを例えば、騎兵の姿に変えて突撃させれば、戦力として使えるかもしれない。
だが、それはセラが魔騎兵にぶつかる前には間に合わない。その後でなら分身体は魔騎兵にも負けない力を発揮するだろう。だがそれでは遅いのだ。
――くそっ!
兵たちと下がったがために、慧太の足をもってしても、魔騎兵の突撃の前にセラのもとへたどり着けない。
先頭を行く魔騎兵――ガルス・ガーはヴォルグラースを構え、真っ先にセラへと突進する。
『覚悟しろ、白銀の勇者!』
ガルス・ガーの咆哮。
銀魔剣を構えつつ、しかし聖天を放たないセラ。ギリギリまで溜めて、敵を限界まで巻き込むつもりだ。……たとえ自分が致命的な一撃を喰らっても。
――そうは、いくかよ……っ!
慧太の右手に黒球。捕手が
黒球はゴルドルに吸い込まれ、顔面に衝突するかに見えた。だが鋭敏な魔獣は、迫る危険を察し、回避機動をとった。
避けられた。
だがそれで歯噛みしたのは魔騎兵――ガルス・ガーのほうだった。
もう数歩のところでセラを槍で貫けたところを、急激な転換によって攻撃位置をはずしてしまったのだ。結果、攻撃目標であるセラを正面から逃してしまい――直後、眩い閃光が走った。
「聖天一閃っ!」
銀魔剣アルガ・ソラスが蓄えた光を開放した。夜の闇を真昼の如く一変させるような閃光が、後続の魔騎兵を飲み込む。半月状に放射された光の幕は半数以上の魔騎兵を吹き飛ばした。
難を逃れたのは隊列両側に位置していた十数騎程度。合わせて三〇から四〇の間だろう。この数だけでも、リッケンシルト兵たちにとっては十分脅威だ。
だが魔騎兵の生き残りは、森へ逃げる兵らを追わなかった。中央を吹き飛ばしたセラを追い抜いた形の魔騎兵らは、それぞれ急激なカーブを描きながら旋回。狙いはあくまでアルゲナムの姫騎士であるかのように機動した。
『お前は逃さんぞ、白銀の勇者!』
ガルス・ガーとゴルドルは、セラから数
セラもまた、赤顔の魔人騎兵を睨む。
そこへ慧太が駆けつけた。ガルス・ガーと対峙するセラ、その背中を守るように。
「ケイタ……!」
「相変わらず、無茶しやがるなぁ」
慧太は武器を長物であり
セラに指揮官を任せ、背中合わせの慧太は、方向転換した魔騎兵らに備えた。こちらへ向かってくる構えを見せる魔騎兵……およそ三〇騎!
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