第119話、戦闘斥候
街道脇をリッケンシルト国の騎兵が走る。騎乗する騎士が声を張り上げ『敵襲』と叫び続ける。
まわりで避難民たちがざわめき、逃げようと慌てだす。恐慌状態に陥った難民たちの流れが早くなり、同時に悲鳴や子供の泣き声が聞こえ始めた。
――魔人だと……!?
慧太は歯噛みする。王都を離れた避難民を狙ってきたのか。
以前、アスモディアが、攻城戦嫌いのベルゼは、野戦が仕掛けられる相手に喰らいつく傾向にあることを言っていた。
――こういう時……。
慧太は視線を転じた。
銀髪のお姫様の顔は焦燥に駆られていた。そして責任感というか義務感が強い彼女は――
次の瞬間、避難民とは逆方向へセラは駆け出した。
「……だろうと思った」
セラの後を慧太は追った。リアナ、ユウラ、アスモディアも続き、さらにリンゲ隊長と親衛隊兵四名も追ってきた。
難民の流れとは正反対の方向へ、街道と森の間を逆走する。
やがて、難民の列の最後尾に到達した。
同時に、魔人騎兵とおぼしき姿も。
――騎兵、なのか……?
獅子とトカゲを合わせた様な大型の魔獣と、それに騎乗する魔人兵。その数、十……いや十五騎ほど。……おそらく斥候か。
セラの身体が光に包まれた。その輝きが消えると共に、彼女の身体は白銀の鎧甲冑姿になる。天使の羽根を模した兜飾り、手に銀魔剣アルガ・ソラスを構える姿は、白銀のヴァルキリーだ。
「貫け、閃光の槍!」
掲げた左手の先から、光る槍が五本。左腕をセラが振り下ろせば、光の槍は閃光となって街道上を追い上げる魔人騎兵に殺到した。
魔獣の一頭が頭から槍に貫かれ、その場に崩れる。
その隣では魔人騎兵が胴を打ち抜かれ、転倒。
さらにもう一頭の魔獣は騎兵もろとも光の槍の餌食となった。
三騎脱落。
魔人騎兵は街道を突き進む。開いていた距離がみるみる縮まっていく。
リアナが弓を番えた。接近する敵騎兵に狙いを定めるや否や矢が飛翔し、的確にその首を打ち抜いた。
慧太がセラに追いつき、追い越したとき、背後からアスモディアの声が響く。
「気をつけて! 騎兵を倒してもゴルドルは向かってくるわよ!」
ゴルドル――魔人騎兵が乗っている魔獣が、主を失ってもなお突進してきた。……普通馬なら騎兵がやられたら脱落するものなのに、厄介だ。
虎のバケモノみたいな魔獣が全速力で突進してくる様は、突進する騎兵並みかそれ以上に恐ろしく見える。
――徒歩で騎兵に挑むなんて、正気じゃないな……!
慧太は引きつった笑みを浮かべる。正面から突っ込んでくる乗用車と対峙するようなものだ。跳ね飛ばされるのはこっちである。
一頭が慧太に飛び込んでくる。……速い!
「ほいっ……と!」
跳び箱よろしく、突っ込んできた魔獣を跳んでかわす。重い騎士甲冑をまとった者にはできない回避だ。だがこちらも攻撃を打ち込めなかった。
慧太に突進をかわされたゴルドルだが、振り返らなかった。視界の先には、ユウラやアスモディアらがいたからだ。
「電撃!」
青髪の魔術師の右手から青光りする電撃弾が放たれた。それは魔獣の顔面を焼き貫き、その身体を電撃で貫き、煙を上げる死骸へと変える。
「灼炎の輪、我が手を離れ……焼き尽くせっ!」
アスモディアが得意の炎の魔法を行使する。赤髪の巨乳シスターの腕から、炎の柱が
残りは、およそ半分。
「セラフィナ殿下をお守りしろ!」
リンゲ隊長と親衛隊兵が前へ出るべく駆ける。
一方、そのセラに迫る魔騎兵が二騎。リアナが矢を放つ。一射目、ゴルドルの頭部に矢が刺さる。魔獣は怯んだが、倒すまでには至らない。
「堅い……!」
馬以上にタフな獣のようだ。リアナにとってはやや組し難いタイプである。
「光の槍!」
セラが、光る魔法槍を左手で生成。突進してくる魔騎兵に投射した。魔法槍の威力はすさまじく、ユウラの電撃弾並みに、魔獣の身体を一撃で撃ち貫いた。
だが、騎乗していた魔獣を失った魔人騎兵が槍を捨て、飛び上がった。腰のショートソードを抜き、セラへと切りかかる。
「セラ!」
慧太の声はしかし、剣戟に掻き消える。セラは銀魔剣で魔人の剣を防いだのだ。
『グルル、ガァァァッ!!』
赤肌の魔人騎兵は唸り声を上げ、剣を振るう。魔人は胸甲に兜を装備しているが、体格はセラと同等。特にセラが力で押し負けている印象はない。そして――
鮮血。
セラの銀魔剣、アルガ・ソラスの一太刀が魔人兵の首を切りつけた。
『グァァァ……ッ!』
傷口を押さえた魔人兵だが、すぐに意識を失い倒れた。駆けつけた親衛隊兵は、その光景に声もなかった。リンゲ隊長は目を見開き、呟いた。
「銀髪の、戦乙女……」
魔獣が吠える。それを合図にしたように、生き残りの魔人騎兵が一斉に反転、もと来た道を引き返した。
魔人を追い払ったのだ。
だが――
「これで終わったわけではないですよね!」
ユウラが強い口調で言った。
「今のがただの通りすがりの襲撃ではないはず!」
その通りだ――慧太はユウラの言わんとしている意味を理解した。
自らの腕の一部から、漆黒の鷹を作り出し――ふと周囲の気配を感じたので、残る片方の手で、いかにも呪文を唱えている風を装う――それを放った。
漆黒の鷹はたちまち晴れた空へと舞い上がる。魔人騎兵らが去っていた後を追って。
ユウラはセラのもとへと歩く。
「おそらく後続がいるはずです。……急いでここを離れるべきかと」
「彼に賛成ですな」
親衛隊のリンゲ隊長もやってくると頷いた。
「姫殿下、急いでこの場をお離れください」
「いえ、隊長」
セラは硬い表情で首を横に振った。
「敵に後続があるなら……なおのこと、ここに留まります」
「姫殿下!?」
「セラさん?」
リンゲ隊長もユウラも驚いた。
慧太はセラを一瞥するも、表情は変わらなかった。……何となく、セラならそう言うのではないかと思ったのだ。
「この街道を王都から避難する民が移動しています。今から離れたとしても、ほぼ間違いなく追いつかれるでしょう。……そうなれば、力のない彼らは魔人たちによって
「……」
「誰かが、敵を足止めしないと」
リンゲ隊長も、親衛隊兵も表情を固くした。誰かが足止め、だが誰が残るというのか……いや、目の前のアルゲナムの姫――白銀の戦乙女は自身が残ると宣言したのだ。
「それには及びませんぞ、姫殿下」
リンゲ隊長は口を開いた。
「避難している民の中には、アーミラ姫殿下もいらっしゃいます。それに民はリッケンシルトの民。我ら親衛隊が守らずして何とするか」
「リンゲ隊長……」
「
それがこの件に巻き込んでしまったせめてもの償い――彼の言にはそれを感じさせた。
「問題は――」
ユウラが顎に手を当てて、思案顔になる。
「敵がどれほどいるか、ですね」
ちらと視線を慧太に向ければ、その慧太の腕に鷹が戻ってきた。……分身体の見てきたものを読み取り、慧太は顔をしかめた。
「逃げた斥候どもが後続と合流するみたいだ。……数はおよそ四百ちょいってところか。あと――」
一瞬言葉を切った慧太だが、黙っているわけにもいかず、溜息交じりに告げた。
「その後ろに、数倍もの規模の敵がいる。たぶん、軽く千は越えてる」
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