第118話、王都からの難民
よく晴れた朝だった。
清々しい森の空気を吸い込みながら、リアナを先導に慧太(けいた)、セラは森を抜け、ゲドゥート街道に戻った。
だが街道は、大勢の人間と荷馬車が西から東へと移動していた。
長い長い行列。生気のない人々の顔。老人に女性、子供が多く、男性の姿は少なかった。
セラは口を開いた。
「この人たちって……」
「ああ。王都からの避難民だろう」
慧太は溜息をついた。
サターナという黒髪美女に化けて王都にいた慧太である。脱出間際、リッケンシルトの幼い姫アーミラが、女子供を王都から避難させるという話をしていた。
セラもそれを思い出したのか、慧太を見た。
「アーミラもこの列の中に?」
「彼女はお姫様だ。たぶん優先されて前のほうじゃないか――」
「ケイタ」とリアナが視線を転じた。見やれば、青髪の魔術師と、赤髪の巨乳シスターがやってくるのが見えた。
「やあ、慧太くん」
「ユウラ!」
青髪の魔術師は、朗らかな笑みを共に軽く手をあげる。
「無事で何よりです。セラさん、もちろんリアナも」
「ご心配をおかけしました」
セラがペコリと頭を下げた。リアナは頷きだけ返す。アスモディアが肩に下げていた、弓と矢筒をリアナに手渡した。……わざわざ持ってきたのか?
慧太は違和感を覚える。ユウラ、そしてシスター服のアスモディアを見ながら、小首をかしげ、その後ろへ目を向けた。
「アルフォンソはどうした?」
慧太のシェイプシフター分身体の最古参であり、普段は黒馬、現在馬車であるアルフォンソの姿が見えない。
「それなんですが……」
言いづらそうな顔になるユウラ。
「実は、徴用されてしまいまして」
「徴用?」
嫌な響きだ。いったい誰が傭兵の乗る馬車を徴用などできるのか――そう考えれば、やはり悪い想像しかできない。
「リッケンシルトの親衛隊に」
「親衛隊……」
ハイムヴァー宮殿での親衛隊のリンゲ隊長が脳裏をよぎった。
「より正確に言えば、お姫様の足として」
「……ひょっとして」
セラが驚く。
「アーミラがいるのですか?」
「ええ、そう、確かそんな名前の幼い姫君でした。彼女と侍女らの乗る馬車の車軸が折れてしまい、たまたま近くにいて停車していた我々の馬車が目を付けられてしまった次第で」
「間の悪い」
馬車といっても、シェイプシフターだぞ――慧太は目を回して見せた。
「それで、お姫様の避難のために走り去ったと」
「僕らが離れた頃には止まってましたが、時間的にみて、おそらく――」
ユウラが話している最中、リアナが慧太の服の袖を引っ張った。
何事かと見れば、彼女は顎で指し示す。
親衛隊の甲冑をまとった騎士と兵士が数名、こちらへとやってくる。しかも先頭は――厳しい顔つきの親衛隊長リンゲだった。
「……うわ」
いい予感は全然しなかった。
報酬と偽りリッケンシルト王家から金銭を受け取った。
さらにセラを宮殿から連れ出された後で、そのセラがこうしてここにいるとなると、面倒なことになる可能性大だった。
「久しいな、傭兵たち」
「どうも親衛隊長」
慧太は淡々と返事した。リンゲ隊長は表情を崩さなかった。
「そこの魔法使いとシスターに見覚えがあったからな。貴殿もいると思った。……それで説明願えるとありがたいのだが」
親衛隊長の視線は、銀髪のお姫様に向く。
「宮殿から賊に誘拐されたセラフィナ殿下が何故ここにおられるのか?」
――やっぱり。
あの時、慧太はサターナに化けていた。ユウラもアスモディアも黒装束――いや、女魔人はビキニアーマーもどきだったな――で顔を隠していたが。
「彼らはさらわれた私を助けてくれたのです、リンゲ隊長」
セラが進み出た。
「王都の外に連れ出された私を、あの賊から救い出してくれたのです。ね、ケイタ?」
「あ……ああ、そうだ」
慧太は視線をそらす。
「何か凄い勢いで馬車がカッ飛んで行くのが見えたら、セラが黒髪の美女に捕まってたじゃん? それを見たら、つい追いかけちまってな……」
「……そうか」
リンゲ隊長は神妙な面持ちのまま、すっと頭を下げた。
「我ら親衛隊がふがいないばかりに余計な手間をとらせた。すまない。……そして姫君、お守りできず、誠に申し訳ありませんでした」
親衛隊隊長が謝罪をした。慧太は戸惑い、セラを見やる。銀髪のお姫様は首を横に振った。
「私はこうして無事です。お顔をお上げなさい」
「はっ」
リンゲ隊長は背筋を伸ばした。セラは問う。
「王都から避難しているようですが、宛てはあるのですか?」
「アーミラ姫殿下は、メルベンへと向かわれます。バルデュー伯爵のもとにしばし身を寄せられる予定です」
メルベン? ――地理に疎い慧太がこそっとユウラを見やれば。
「この街道をしばらく進んだところにある城塞都市です」
青髪の魔術師は小声で答えた。
「それで、セラフィナ殿下」
リンゲ隊長は切り出した。
「お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
セラが頷けば、おずおずと年配の親衛隊長は言った。
「あなた様はこの後どうなされるおつもりでしょうか?」
この後、というのは今後の予定か。慧太はセラに注目する。
リーベル王子との婚約は、セラの同意を得ていない勝手な発表。その後の宮殿内での軟禁処置も含め、セラがよい感情を抱いていないと、リンゲ隊長は悟っているようだった。
それを承知の上で、セラがリッケンシルト王族に義理を立てて王都へ戻るのか、あるいは難民達と共にメルベンへ同行するのか、あるいは他の考えがあるのか。
「私は、ライガネンへ赴きます」
セラは真っ直ぐ、澱みなく言い放った。
「私の故郷アルゲナム、そして今の脅威にさらされるリッケンシルト国のことも含め、魔人による攻撃を伝えねばなりません」
「……承知しました」
リンゲ隊長は、静かに頷いた。咎めたり、意見を出したりすることも、王子の名前を出すこともしなかった。
「リンゲ隊長、私からも一つよろしいでしょうか?」
「何なりと」
「彼らの馬車を徴用したようですが」
徴用された馬車――アルフォンソのことだ。
「アーミラ姫の足が必要なのは重々承知ですが、それは私にも同じこと。返却いただきたい。聖アルゲナム国の姫、セラフィナ・アルゲナムの名を持って要請します」
ひゅう、と思わず慧太は口笛を吹きかけ、やめた。
リンゲ隊長は、わずかの間目を見開いたが、すぐにいつもの厳しい表情に戻った。
「聖アルゲナム国からの要請でありますか」
魔人によって滅んだ国――それに対してどこまで権力として効力があるかについて、受け手によって解釈は大いに異なる。完全に無視することもできるし、滅んでいてもアルゲナムの名や姫の血に価値を見出すなら、ある程度効力が生じる。
――さあ、どうする親衛隊長。
あくまで自国の姫の意向を重視するか? それもまた親衛隊長としては間違ってはいない。それともセラの要求を聞き入れるか?
慧太は、じっとリッケンシルト国の親衛隊長の回答を待った。
リンゲ隊長はセラを見つめ、やがて口を開きかけ――
「敵襲! 魔人の騎兵っ!」
急報が、森の中を走る街道に響き渡った。
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