第114話、救出


 狼人傭兵団『ヴォラール』のアジトである森の砦、その中。

 セラを助け出した慧太は、その胸で泣きじゃくる彼女をなだめる。


「もう、大丈夫だからな」

「魔法が……」


 泣き声でセラはぽつりと言った。


「使えなくって……」

「……うん」


 何故、とは聞かない。今はそれよりもセラが落ち着くのを待つのが先だ。


「ごめん、なさい……迷惑かけて、ばっかり、で……」

「セラのせいじゃねえよ」


 慧太はぽんぽんとその背中を叩いてやる。


「あいつらはセラ・・だけを狙ってやがったんだ。あそこまで対策されたら、誰だって捕まっちまうって」


 ユウラやリアナだって……一瞬リアナなら拘束されても何とかしそうな気がしたが、セラに対して入念に準備してきた敵だ。きっとリアナでも対策して封じるだろう。だから今回のことで、セラに落ち度があったとは思えない。

 本当、嫌になるな――慧太は、セラの誘拐を企んだ狼人傭兵団の連中と、それを依頼した謎の人物に悪態をつきたくなる。


「ダメかと……思った」


 セラのか細い声。


「廃村で、ケイタたちが通り過ぎた時……何とか、場所を知らせようとしたけど……止められて」


 収まりかけた涙が、またこぼれた。

 それは――慧太は、震える彼女をぎゅっと抱きしめた。


「よく頑張ったな。それと、心細い思いをさせてごめん」

「ううん……ダメかと、思ったけど」


 ひっく、と肩を震わせながら、セラは顔を上げた。


「でも、ケイタは来てくれた……」

「ああ、さすがにオレも肝を冷やしたけどな」


 慧太は、朗らかな表情を浮かべる。安心させるように。セラが沈まないように。


 狼人傭兵団の経験豊富な手口と入念な準備。大雨が降るという追跡側にとってアンラッキーなハプニングが重なった時は、さすがに慧太も焦り、ふだんは無表情に役目をこなすリアナでさえ、顔を青くした。

 だが、狼人らのアジトの場所を察知し先回りできたのは、慧太が特殊なシェイプシフターだったからだ。

 一度は途絶えた足取り。だが手がかりはあった。囮役として逃げていた狼人戦士の死体――慧太はシェイプシフターの能力でそれを捕食した。


 相手の身体特徴をコピーして変身する、シェイプシフター体の容量を増やすというほかに、とり込んだ相手の知識を自らのものにするという能力。

 捕食した狼人の記憶から、連中の主要メンバーや編成、そしてアジトの場所を把握した慧太は、もはや逃走経路を辿る必要がなかった。必ず戻るだろう森の砦に向かえば、自然とセラを連れた狼人らがやってくるのだから。


 砦にいる傭兵団の残りを一掃した後、慧太とリアナは待ち伏せをした。……そこで思わぬ出来事と遭遇することになったが、それは後でもいいだろう。

 慧太はセラが少し落ち着いてきたのを見計らい、身体を離した。


「それより、手枷、はずそうか」

「うん……」


 セラは俯く。手枷のかけられた両手を前に――自然と慧太の視線から彼女の胸が隠れる格好となった。少し気まずかったが、慧太の視線は、自然と不思議な光沢のある手枷に吸い寄せられた。


「……妙な枷だな」


 金属のようだが、何でできているのかよくわからない。

 金属板に、手首をいれて拘束する穴が二つ。片側に固定具があり、そこの鍵穴でロックする仕組みのようだ。

 セラは小さな声で言った。


「たぶん、魔法が使えないのは、これのせいだと思う」

「なるほど」


 慧太は手枷に触れてみる。ちょっとやそっとの打撃や刃物では壊れそうにない強度。……そうなると、鍵を使ってはずすのが早そうだ。


「ちょっと待ってろ」


 倒れている狼人のリーダー、ラドローの遺体を探る。ズボンのポケット、腰のベルト――くそっ。

 思わず首を横に振った。鍵を持っていない。何かあった時にはずせなくなるだろうに……。

 あるいは部下に持たせていたとか? そう考えると、ラドローと一緒にいた奴が持っていそうだが――


「はずせ、ない……?」


 セラが不安そうな声を出した。慧太はこみ上げてきた苛立ちを溜息を共に吐き出した。――なに、手はあるさ。

 慧太は、座り込んでいるセラのすぐ前であぐらをかくと、彼女の手枷を手に取った。


「任せろ。すぐはずしてやるから、そのまま動くな」


 腰のポーチから取り出すフリをしながら、黒く細い針を作る。


「それは……?」

「鍵を開ける道具」


 慧太は針を、手枷の固定具にある鍵穴に差し込んだ。

 映画やアニメでよくあるようにカチャカチャと弄るが、生憎と慧太にはその手の鍵開けのスキルはない。

 では何をしているかといえば、そもそも針はシェイプシフターの分身体。鍵穴に突っ込んだ針を、鍵の形に変形させて、即席の鍵をこしらえたのだ。


「……鍵穴があるなら――」


 慧太は淡々と呟く。


「はずせないものは、ない」


 カチャリ、と固定具がはずれた。そのまま枷を上下に開けば、両手を拘束していた枷がはずれ、セラは自由の身となる。同時に、慧太から見て彼女の胸のふくらみも露に――

 セラは手枷のせいで赤くなった手首をさすりつつ、しかし自分が全裸であることに改めて気づき、慧太から身体をそらした。慧太は服を拾い、セラを見ないようにしながら突き出した。


「向こう見てるから、とりあえず着てくれ」

「……うん」


 慧太は見ていなかったが、銀髪のお姫様はコクリと頷いた。

 立ち上がり、いつもの服に身を通す。その布のこすれる音を聞きながら、慧太は座り込んだまま、黙って待っていた。


「靴は……ないよね?」

「あ? ……ああ」


 そういえば、彼女の履いていた革靴はなかった。かと言って、このまま裸足というのもまずい。

 慧太はポーチに手を突っ込み、セラの靴ってどんなだったか、と思い出しながら、自らの身体を切り取り、靴を創造する。


「サイズは合うと思う。旅の途中、靴が壊れた時のために予備を用意しておいた」


 サイズについては、初めて会った時に彼女の化けたので、だいたいわかっていたりする。

 当然ながらセラは驚いて、慧太から差し出された靴を受け取った。


「わざわざ、靴の予備を用意してくれていたなんて……」

「……」 


 慧太は顔をあわせられず、顔をそらした。……自分でも苦しい言い訳だと思った。


「ありがとう」


 セラの声。


「いつも助けてくれて――」


 背中を向けている慧太に、背後から軽い衝撃。セラが身を寄せてきたのだ。その思いがけない行為に、慧太は目を見開き、しかしその回された彼女の両手をぽんぽんと叩く。


「どうしたんだよ?」

「……」


 セラは何も言わなかった。ただ身を寄せる彼女に、慧太は黙って小さく頷いた。

 どれくらいそうしていたか、セラは口を開いた。


「そういえば、狼人のリーダーを倒した時……後ろに誰か立っていたみたいだったけれど」


 分身体のことか。

 人質をとられた時のために、傭兵団に居た頃から研究していた分身体の活用法だ。それは予め分身をばら撒き奇襲する技や、かつて敵だったアスモディアとの戦いでも応用されている。

 もちろん、それを馬鹿正直に言うつもりはない。シェイプシフターであると彼女にバラす気はないのだ。ただ、うってつけの言い訳は考えてある。

 慧太はセラに横顔を向ける。


「影分身の術だな。ほら、オレ、忍者だからな!」


 ニッコリと笑って見せたが、少し大げさだっただろうか。とりあえず忍者とか魔法とか言っておけば、ある程度誤魔化せる――はずだ。

 セラは、ふっと穏やかな笑みを浮かべる。


「そんな術が……。以前、墓モグラの時もそうだけど、ニンジャって影を操る魔法を使うのね」

「まあ、そんなもんだな。何せ闇に生き、影として活動するのが忍者だからな」


 適当なことを言っている気がしないでもないが、まんざら間違ってはいないだろう。

 

 その時だった。

 慧太が配置した分身体のひとつが、砦に侵入してきた者の存在を知らせてきたのは。


「ケイタ?」


 急に真面目な顔つきになったことに気づいたセラが聞いてくる。慧太は耳をすます仕草をしながら入り口へと視線を滑らせる。


「何者かが来る……複数」

「敵?」


 セラは立ち上がった。周囲を見渡し、絶命している狼人の一人がセラの銀魔剣を下げているのを見つけ、素早く拾いに向かう。

 慧太も手にダガーを持つ。

 そしてそれは室内に入ってきた。


 白と緑のフード付き外套をまとった者たち――音もなく滑るように左右に広がりながら、慧太とセラに弓を向けた。

 ……一難去って、また一難、か?


 慧太は、唇の端を吊り上げるのだった。

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