第72話、力の反動

「セラ!」


 慧太は宿へと歩くセラに追いつく。心持ち早歩きの彼女。

 振り返ったセラは、さぞ機嫌が悪いだろうと思いきや、小さく微笑みをくれた。ただ、心なしか疲労感がにじみ出ていた。

「ケイタ」と小さく頷くと、セラは再び歩き出した。

 その隣につきながら、慧太はどう声をかけたものかと思案する。……いや、聞きたいことならあるぞ。


「その……凄かったな」


 ちら、とセラがその青い瞳を向けてくる。だが無言。


 ――言葉のキャッチボール。キャッチボール……!


「まるで、天使みたいだった。……綺麗だった」

「そう、ですか」


 セラは、はにかむ。何となく和んだと思い、慧太は切り出した。


「いったい何があったんだ? いきなりパワーアップしていうか、覚醒したっぽかったけど」

「覚醒……? そうかもしれませんね」


 ふらっと、セラの身体が傾く。慧太が眉をひそめるのを他所に、彼女は通りを離れ、民家の間の細い路地へと入っていく。


「お、おい……」

「力が欲しいと思いました。魔人に負けない強さを……」

「セラ?」

「ちょっと……疲れちゃって」


 銀髪のお姫様は民家の壁にもたれた。……ひょっとして歩くのもしんどいほど消耗していなのか。


 初めて出会った日のことが、慧太の脳裏に甦る。

 魔法少女じみた変身で白銀の鎧を出現させて魔人を返り討ちにしたセラ。消耗しつくし倒れそうになった彼女を支えたことを。


「ちょっとどころじゃないみたいだな! 大丈夫か?」


 慧太はセラの隣に立ち、じっと様子を見やる。

 セラは薄く笑みを浮かべた。


「あのフォームは、思ったより消耗が激しいですね」


 すっと服の中に隠れているペンダントを取り出す。お守りかな、と慧太は思った。


「かつて白銀の勇者が身に付けていたとされるものです。正確には、白銀の鎧を具現化させる鍵みたいなもの。……これが、私の願いに応えてくれた。……空を飛ぶ翼、新しい力、すべてはこれのおかげです」


 でも――セラは自嘲する。


「……次はもっと上手くやらないと。……もっと、頑張らないと」

「無理は駄目だ」


 慧太は首を横に振った。


「もっと自分を大切にしないと。セラは、お姫様って言われるの嫌だって言ったけど、ライガネンに行くって使命っていうか目的があるだろ?」

「無理でも何でも……もっと頑張らないといけません」


 だって私は――


「白銀の勇者の血を引いているんです。魔人との戦いとあれば、先頭に立って皆を導く――弱いままじゃ駄目なんです!」


 セラの瞳に強い光が込められる。


「私はケイタや、皆に助けられてばかり……こんなんじゃ駄目なんだ……」

 

 どうしてこの子は自分を追い込むようなことを言うのだろう。

 生真面目というか、頑張り屋。だが正直、痛ましくて見ているのが辛くなる。

 もっと強くありたい。それは裏を返せば、自分が弱い、強くないと思っているということだ。……助けられてばかり――もしかして。


「なあ、セラ」


 慧太は、彼女の横で同じように壁にもたれる。


「ひょっとして、自分が足手まといとか、迷惑かけてるとか思ってる?」

「……」


 すっと返事が出なかったのは、図星か。そう感じているなら、答えにくい問いではあった。


「オレは、セラがいてくれて、凄く頼りにしてるんだけどな」

「え?」

「白銀の鎧とかアルガ・ソラスとか、光の魔法と合わされば、大抵の魔人なんてメじゃないだろう?」

「アスモディアには苦戦しましたけど」

「あれは誰がやっても苦戦するだろ」


 果たして自分が持てる能力をフルに活かせればどうだっただろう――とは思う。


「でもケイタ」


 セラは唇を尖らせる。


「あなたは、私をいつも後ろに置こうとするじゃないですか。私は前衛だっていけるのに……それって私じゃ役不足だって思ってるってことですよね?」

「そう取られちゃうか……うーん」

「違うんですか?」

「バランスの問題だよ」


 慧太は天を仰いだ。


「オレは遠近どっちかって言われたら近距離型。リアナは弓を使うが、本来は超近接型の二刀流使い。ユウラは後方攻撃型の魔法使い。……そして」


 視線を、銀髪の戦乙女である姫に向ける。


「君は汎用型だ。近接戦も距離をとった戦いも、どちらでも対応できる。近距離ではアルガ・ソラス。距離をとれば聖天って必殺技があるし、光の投射魔法がある。それに治癒魔法も使える。これはオレを含めて他の面子にもない君の特徴だ。……ああそうそう、今度は空まで飛べるようになったよなぁ」


 ふふ、と慧太は笑った。何だかんだ言って、銀髪のお姫様はハイスペックだ。


「オレが君を後方に置くのは、前衛は手が足りてるけど、距離をとった戦いに関しては若干弱いと感じているからなんだ。リアナの弓は確かに強力だけど、矢には限りがあるし継戦能力で見れば、セラのほうが圧倒的に上だ」


 本音を言えば、護衛対象を前に出したくない。一緒に前に出ると慧太がシェイプシフターであることが露見する危険性が増す、など、セラには言えないことが幾つもあるが。


「聖天の一発は凄いし切り札だけど、放つまでに時間がかかる。前衛だといざって時には使い難い」


 はー、とセラが感嘆したような息をついた。その頬が赤く染まっている。


「ケ、ケイタって、そこまで考えて戦っていたんですか?」

「大事だろ? 仲間の能力を把握して、持ち味を最大限に引き出すって……自然なことだと思うけど」


 もっともこういう思考は、日本にいた頃に嗜んだゲームや、野球スポーツの影響があるのは否定しない。


「そうですね。あなたは百戦錬磨の傭兵……私などより、遥かに実戦経験がある。あなたの助言はいつも的確で、行動力もある」

「百戦錬磨って、恥かしいな」


 慧太はこそばゆく感じて頬をかく。その仕草にセラも笑った。


「アスモディアとの戦いでもそう。私に聖天を撃たせようとした時だって……町中じゃ使えないって言ったのに、あなたは何と言いました?」

「あー、『あいつは飛び上がる』って言った」

「『オレを信じろ。必ずあいつは飛び上がる!』って。……あそこまではっきり断言されたら、そうせざるをえないじゃないですか」


 セラは覗き込むような目になる。


「どうしてあの時アスモディアが飛び上がるってわかったんです?」

「マクバフルドを覚えているか? 『影喰い』を食らわせたのを」


 グルント台地地下、墓場モグラを戦ったあの時。


「アスモディアにもあの技をな。……ただ、あいつは敏いから、逃げられると思ってさ。逃げるなら上しかない」

「あぁ……敵わないなぁ、あなたには」


 見習わないと、とセラは目を細める。ありがとう――


「ん、何だって?」


 慧太が聞けば、セラは首を振った。


「何でもありません」


 すっと壁から離れるセラは、耳にかかる銀髪を払う。


「ところで、少し言葉使い変わりました? 『君』だなんて。以前はあんたとかお前だったのに」

「まあ、多少はね」


 慧太は苦笑い。分身体が喰ったギャングの影響だろうか、などと考える。


「あ、でも『お前』なんて言ったっけ?」

「さあ、どうでしたかね」


 セラは歩き出そうとして、またもふらつく。とっさに慧太は手を出しかけたが、セラは持ち直すと、何故か両手で自らを抱きしめるように守った。


「えっと、大丈夫ですから! 一人で歩けます」

「そうは見えないけど。……無理すんな」

「! だ、抱っこもおんぶも結構ですから!」


 ええぇ――慧太は自身の黒髪をかいた。

 そういえば、初めてあった日に疲労困憊の彼女を背負い、またその日の夜にはお姫様抱っこしたっけ。


 ――まあ、こんな町中じゃ、恥かしいんだろうけどな……。


 心持ちセラの顔が赤い気がしたが、そこは敢えて見なかったことにしよう。アスモディアとの激闘のあとだ。早く休ませてやりたい。


「……つーわけだから、リアナ! アルフォンソ呼んできてもらえるか?」


 慧太が声を張り上げる。

 え、とセラが困惑する中、路地の入り口に、すっと金髪碧眼の狐娘が姿を現した。


「わかった」


 リアナは短く答えると、その場を後にする。セラは目をぱちくりとさせていた。


「あの、ずっとリアナは私たちの会話、聞いていたのですか?」

「あ? 多分な。狐人は人とは比べられないほど耳がいいからな……おい、どうしたセラ? 顔が真っ赤だぞ」 


 さすがに傍目でもわかるくらい赤面しているセラには、突っ込みを入れないわけにもいかない。彼女はぶんぶんと首を横に振った。


「な、何でもありません!」

 本当に、何でもありませんからっ! ――彼女は強く否定するのだった。

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