第62話、誤解とすれ違い

 翌朝。かすかに眠いというか疲労感があるのは、シェイプシフターの身体とて完全無欠ではないことを思い出させた。

 人よりも遥かに疲れにくいとはいえ、限度があるのだ。


 徹夜となった慧太は、ユウラと宿のバーにいた。

 窓近くの席から、日が昇って空が明るくなっていく様を見るのは、何とも新鮮な空気を感じて気持ちが穏やかになる。


「今日は夜から活動しようと思います」


 ユウラが、モーニングメニューである豆スープを取りながら言った。


「昨夜は襲撃がありましたからね。こちらは出発の出鼻を挫かれた」

「そうは言ってもなユウラ。川を渡る手段は――」

「え? あなたかアルフォンソの変身で橋をかけて、夜陰に乗じて渡るのでは?」

「あれ、もう決まってたの?」

「他に名案がありますか?」


 そう言われると、特に案があるわけではない。

 慧太が机に肘をついて考えているとセラが現れた。

 一瞬、慧太はセラと視線が合ったが、何故か彼女は目を逸らした。……何とも感じが悪い反応に、慧太はポカンとしてしまう。


「おはようございます、ユウラさん」

「おはようございます」


 青髪の魔術師が返せば、セラは慧太を見なかった。


「それで、向こう岸に渡る手段についてですが、何かよい知恵は思いつかれましたか?」

「あー……えぇ、まだです。検討の段階です」


 ユウラは木製の机を軽く指先で叩きながら言った。案はあるが誤魔化しにかかっている。慧太がシェイプシフターであることは、お姫様には秘密なのだ。


「そうですか」


 セラは微かに俯き、すっと顔を上げた。


「リアナが昨晩、部屋を出ていたみたいなのですが」

「ええ、それも可能性の検討で、ちょっと外に出していたのです」


 ユウラは、またもウソをついた。

 何故言わないのか――慧太は首を捻る。魔人が襲ってきたと。


「……」


 セラはじっとユウラを見つめる。どこかよそよそしい、と魔術師の態度を疑っているような目だった。

 じろ、とセラは今度は慧太を見た。あからさまに不審の目だ。

 慧太は戸惑ってしまう。


 ――どうしてそんな目でオレを見る? オレが何かしたか?


「それでは、今日もここで足止めですか?」


 セラは、ユウラに聞いた。スルーされた気分だ。


「……そうなりますね」


 どこかユウラも戸惑っているようだった。

 セラは「わかりました」と頷くと、カウンターに行き豆スープを受け取り、慧太らの席とは別のテーブルで食事を始めた。


 おかしい。慧太とユウラは顔を見合わせた。


「ねえ、慧太くん。本当に彼女に何をしたか覚えていないのですか?」

「いや、マジで覚えがないんだが……オレはセラを怒らせるようなことはしていない、はず……だ」


 出かける前、部屋を訪ねたがその時セラは寝ていた。

 リアナ曰く、全裸で寝ている――寝間着を持ってきてないから脱いで寝てもおかしくはない――と聞いたが、別にセラの裸を見たわけでもない。

 本当に、わからない。

 うーん、と頭を抱えていると、食事を終えたセラが慧太らの机に来た。


「しばらく足止めですよね?」

「ええ」とユウラが答えれば、セラは事務的に告げた。


「橋の様子を見てきます」


一礼すると、セラは出て行った。ユウラは顎で指し示した。


「慧太くん、彼女についてあげてください」

「あ? でもオレ、セラに嫌われてるっぽいんだが」

「魔人が彼女の命を狙っているんですよ? 一人にはしておけないでしょう」


 ごもっともだ。

 それに――とユウラは続けた。


「昨夜、魔人を喰らって敵の出方を推測したでしょう」


 昨日の襲撃で慧太が取り込んだブオルンの戦士の思考から、最新の魔人軍――その指揮官が例の肌露出強めの美女魔人アスモディアであることを知った。

 そして、その美女魔人がこの町に潜伏しているということも。


「アスモディアが採りうる案は二つ。魔人兵を集めての都市攻撃か、住民に紛れてのお姫様を暗殺」

「……セラについてる」


 慧太は席を立った。

 シファードの町の朝。じきに朝の市が初まり、表通りは人でごった返す。

 アスモディアやその配下がどこに潜んでいるかわからない。セラを一人にするのは確かに危険なのだ。



 ・ ・ ・



 セラはどこまでも刺々しかった。

 別についてこなくても結構です――と怒り気味で言われると、護衛対象でなければ好きにすればいいと放り出しているところだ。

 ゴルド橋のほうへと足を向けるセラから、数歩後ろを歩きながら、慧太は問うた。


「なあ、何で怒っているの?」

「怒ってません」

「……怒ってるだろ?」

「怒ってませんっ!」


 セラは肩を風を切りながら歩調を速めた。慧太はつかず離れずの位置をキープする。


「怒ってるだろ……オレが何かしたか?」

「ご自分の胸に聞いたらどうですか?」


 あ、やっぱりオレが原因で怒ってる――慧太は頭の後ろで手を組みつつ考える。……本当に心当たりがなかった。


「なあ、セラ。オレが悪いなら謝るけどさ。何で怒ってるかわからないと、謝れないんだけど」

「別に謝らなくてもいいです」

「そういうわけにもいかねーだろ。それに、そう思うなら、そういう態度よくないんじゃね?」


 セラは立ち止まると、振り返る。唇を引き結び、圧倒的な目力で睨みつけてくる。


 ――うわー、これ相当お怒りだ……絶対謝らないとマズイくらいのお怒りだ……。


「本当に、心当たりがないんですか?」


 銀髪のお姫様の視線は険しい。

 慧太が答えられずにいると、彼女はつかつかと歩き、真正面に立った。


「あなたはとても頼りになる殿方です。あなたがいなければ私はここにたどり着けたかわかりません。今こうしているのはあなたやリアナ、ユウラさんのおかげです」

「お、おう……」

「でも、だからと言って、町に留まることになった途端、あなたはどこへ行きましたか?」

「どこへって……」


 慧太は首を捻る。

 ユウラから町の散策を勧められ、雨があがったので適当にぶらついた。船着場を眺め、町の景観を高いところから見ようと路地に入った。

 そこでギャングに追われるリュヌという娼婦に会い、その後、娼館に――


「あ――」


 ひょっとして、見てた? ――慧太が娼館に入るところを。

 昨日、ユウラは何と言っていたか。


『帰ってきたセラ姫はとても不機嫌そうでしたよ』


 そういうことか。慧太は思い当たった。だがそれは誤解だ。当然ながら、首を横に振る。


「言っておくけど、娼婦とは何もなかったからな」

「そういうお店に入っておきながら、そんなウソが通用すると?」


 セラは眉をひそめる。


 ――だよなー。


 慧太も言い訳にしては説得力がなさ過ぎると自分でも思った。


「見損ないました」


 セラの心から軽蔑されたような一言に、慧太は鳩尾みぞおちをぶん殴られるようなショックを受けるのだった。

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