第61話、夜襲

 慧太が宿に戻った時、ユウラとリアナが待っていた。

 青髪の魔術師は複雑な表情で言った。


「慧太くん、あなたセラ姫に何かしましたか?」

「何かって……なに?」


 話が見えなかった。ユウラとリアナは顔を見合わせる。……いったい何だ?


「僕らにもわからないので聞いたんです。ただ、帰ってきたセラ姫はとても不機嫌そうでしたよ」


 帰ってきた? どこかに出かけていたのか――慧太は眉をひそめる。ひょっとして慧太が町に出ていると聞き、探しに出たが見つからなかったとかそういうのだろうか?


「まあ、その話は後にしましょう。今はもっと重要な案件があります」

「なんだ、橋が直ったのか?」

「だったらよかったのですが――悪い話です」


 ユウラは声を潜めた。


「魔人に嗅ぎつけられました」



 ・ ・ ・


 

 その夜は薄く雲が出ていた。

 時々のぞく月明かりを除けば、シファードの町の明かりしかない。

 交通の要衝でもあるシファードは、夜でも表通りは明るい。旅人や商人らが往来する町ならではの商売、接客業が盛んなのだ。

 もっとも、ひとたび奥に入れば、民家が多くその明かりも寂しいくらいまばらになる。


 風を切り、空を飛翔する者たち――もちろん、人間ではない。

 ブオルンと呼ばれる魔人種族だ。

 短く尖ったくちばし状の口。暗闇でも見通す黄色い目を持ち、角のように尖った耳とうろこ状に見える羽毛を全身に生やしている。

 手であり、翼でもあるそれを動かし、闇夜を滑空する。軽量の短剣、小斧などを携帯して。

 甲冑防具なども革製と軽さを徹底している。


 夜間の隠密行動と奇襲を得意とするブオルン人の飛行隊は、音もなく目標の宿を目指す。アスモディア配下の彼らは飛行距離自体は短いが、夜間での戦闘行動を得意とする。


 ヒュンと風を切る音がした。

 とっさに飛来したそれを察知したブオルンの戦士だが、かわしきれず右手を貫かれ、墜落する。


 接近していた他のブオルンの戦士らは、各々が耳を澄ましつつ、やや高度を上げた。

 民家の屋根をかすめるような低高度を飛んでいたが、この闇の中を的確に攻撃してきた者がいるのだ。本当なら姿を隠すところだが、相手に見えて、こちらが見えていないというのは著しく不利。


 飛翔物――それが矢であることは、ブオルンの戦士たちは判別した。

 それが一本。おそらくターゲットの護衛についている者だろう。

 敵は少数。仮に仲間の誰かが撃たれても、残りの者で敵の所在を掴もうという考えだ。

 合図はいらないし、指示も飛ばない。それでもブオルンの戦士たちは皆が次の行動を理解し実行した。


 ――……! 


 かすかに弓を絞る音。それに気づいたブオルン人が目を向けた時、矢が放たれた。

 わかっていたのに反応できなかった。

 翼を羽ばたかせようとした手の動きを読んで、わずかに反応が遅れるタイミングで矢が放たれたのだ。

 狙われたブオルン戦士は脳天打ち抜かれ、屋根に墜落した。


 ――なんという腕前……!


 戦士らは驚愕したが、同時に皆がその敵の位置を把握した。

 目標の宿から隣に二軒分離れた屋根の上だ。

 ある者は死角をつくべく高度を下げ、またある者は飛行コースを変え迂回、またある者は建物の屋根に降り隠れた。


「ぐぎゃあああぁっ!」


 一人のブオルン戦士が大きな悲鳴を上げた。

 隠密にとってあるまじき失態――彼らはたとえ傷を負っても大きな声を上げないよう訓練を重ねてきた。

 にも関わらず悲鳴を上げてしまった理由――予想外の攻撃を受けたからだ。

 屋根の上に降りたブオルン戦士は、音もなく背中を触られ、驚いたところを斬られた。


 聴覚に優れたブオルンすら気づかないというのは、彼らの自尊心を大いに動揺された。

 それ故に、本来上げてはならない悲鳴となったのだ。

 ブオルンたちはその在り得ない事態を引き起こしたものへ注意がそれた。

 それがいけなかった。またも飛来した矢が、一人を射殺した。


「くそっ!」


 事ここにいたっては、もはや奇襲など望めない。

 そもそも待ち伏せを食らったのだ。何故バレた? ――いや、今はそれを考えている暇はない。


 そこへ突然、風が吹いた。

 突風――それらは空中のブオルンらの機動を妨げた。

 態勢を整えている間に、さらに矢によって急所を貫かれた犠牲者が増える。

 また屋根を蹴って飛び掛るそれへの対処を遅らせた。


「人間!?」


 信じられない跳躍力だ。黒髪の傭兵風のガキ――こいつがアスモディア様の言っていたシェイプシフター!


 すれ違いざまの一閃で喉元を掻っ切られた。

 風のように通過したそれは、民家の屋根、その煙突に接着すると、次の標的を見定め跳躍した。


「……畜生」


 次々とやられている仲間を見やり、大きく迂回したブオルンの戦士のペア二組が、宿の裏側へと忍び寄る。

 くしくも正面連中が囮になる格好だ。だが逆奇襲を受けた場合の対応として、仲間が敵の注意を引き付けている間に別働隊――その場での臨時編成――で標的を殺害するように機動することもあった。


 ――狙うはアルゲナムの姫!


 先頭の者が宿の窓を突き破り、続く者が部屋に突入する。事前にアルゲナムの姫がどこの部屋に泊まっているかは把握済みだ。


 ――行くぞ……!


 四人のブオルンは一本棒のように飛ぶ。先頭の戦士が明かりの漏れる窓に突入――


 すさまじい衝撃がきた。窓を突き破――ることなく、先頭の戦士は激突死した。

 続く者たちも玉突き衝突よろしく激突、前の戦士を押し潰し血を撒き散らしながら、地面へと落下した。


「……な、何故ェ……?」


 最後尾の戦士はかろうじて息があった。何が起きたか分からず窓を見つめ――驚愕した。


 窓だと思っていた物が落ちてきた。それは戦士の前にドンと落下すると、見る見る形を変えた。


「はい、ご苦労さん」


 窓ではなかった。黒い短髪の戦士――シェイプシフター!


「ば、馬鹿な! お前は向こうに――」

「ああ? あー、そうか、おめえら知らなかったんだな」


 それは手斧を振りかぶった。


「オレはあいつの分身体だよ。オレはあいつ、あいつはオレって奴さ。ちょっくら野暮用を終えて、ただいまご帰還、ってな!」


 月が雲に隠れる。ブオルン人の鮮血が散った。



 ・ ・ ・



 飛行型魔人の姿はなかった。

 宿の屋根の上でリアナは矢の残数を数え、慧太は殺害したブオルン戦士の一体を捕食――その身体に取り込んでいた。

 フクロウもどき――この魔人種がブオルン人と言うこと、その思考や目的、言語などが慧太の中に入っていく。


「相変わらず、えげつない」


 リアナが言えば、慧太は苦笑いを浮かべる。


「酷い悪食だってのは認める」


 だがこれで種族言語を習得できるのは大きい。

 慧太がこの世界の人間の言語を使えるのは、同じようにシェイプシフター体に取り込んだからだ。……まあ、そいつは彷徨うオレを殺そうとした盗賊野郎だったから同情はしないが。


 そこへ気配がする。すっと人影が屋根へと上がってきたのだ。その顔は慧太と瓜二つだ。


「よう、お帰り」


 慧太が右手を上げれば、屋根の上を歩きながら、分身体の慧太が同じく手を上げた。


「こっちは終わったぜ。ついでに窓から入ろうとした鳥魔人を始末しておいた」

「ああ、知ってる」


 見ずとも、自らが生み出して半日も立たない分身体の位置や思考は感知できる。――グロルハントというギャングのアジトに乗り込み、一方的に制圧したのも彼を直視することで理解した。リュヌたちの依頼も解決だ。


「オレが二人いるって便利だよな」

「まあな」と分身体は慧太の影へと触れ、その身体を沈ませていく。


「あ、ついでにギャングで頭のよさそうな奴を一人喰った」

「言葉遣いの綺麗なやつか?」


 一応、ユウラたちと接して多少バリエーションを掴んだとはいえ、慧太の言語ベースは悪党で教育のない奴ばかりである。それ故、セラに対しても無礼な言い回しをしていたことを正直恥かしく思っているのだ。 


「ギャングだぞ? あまり期待するなよ」


 分身体は頭まで影に入り込み、完全に慧太と同化するのだった。

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