第34話、落下

 その森には、高い樹が乱立し、昼間にも関わらず薄暗かった。

 森に入る寸前、慧太たちの姿は敵の視界に入ってしまった。先遣隊と思しき狼型魔獣が、その足で追いすがってくる。


 魔獣は全長二ミータメートルほど。狼の頭をもった獅子のような身体つきであり、ひとたびその体当たりでも食らえば骨の二、三本は折れ、内臓損傷のダメージを受けそうな迫力と勢いがあった。

 邪魔な草を踏み、あるいは飛び越え、木々を交わしながら森の奥へ。


「リアナ」


 慧太が最後尾を行く狐人の少女に、上を指差すジェスチャーを送る。それを確認したリアナは身も軽く斜めに倒れた大木の上に飛び乗り、素早く木を駆け登っていく。

 

 走る慧太は、セラフィナのすぐ斜め後ろを行く。ユウラは黒馬アルと共に左を進んでいる。

 後方からは唸り声。狼頭の魔獣――狼型魔人であるスキロデ人の獣化形態――がその距離を詰めてくる。さすがに速い。先頭を行く獣が、慧太らの姿を目視で捉え――


 ズドン、とその眉間を矢で打ち抜かれた。


 太いヴァラの木、その枝の上でリアナは弓に矢を番え、次の標的を射た。

 二頭目。耳から頭蓋を貫かれ、魔獣は態勢を崩して転倒。地面の突起に引っかかり、派手にスピンして果てた。

 金髪の狐人フェネックは枝を蹴って木から降りると、駆けながら次の射撃ポイントへと身体を向ける。左翼側に三頭が見えた。


 ――まず、こいつらから仕留める……。


 リアナの碧眼は深い森の中を併走しつつある魔獣を捉える。草を掻き分け、地を踏みしめる足音と相まって、ともすれば影に隠れがちな敵の位置を正確に掴む。

 射撃位置に着地。その時には矢を弓へと番え終え、ふっと息が止まる。

 先頭の一頭が前足を打ち抜かれ、傾いた身体がヴァラの木に正面から激突する羽目になった。加速していた分、その衝突はハンマーにも勝る一撃を顔面にぶつけることになり、その魔獣は衝突死する。


 近い位置にいた一頭がリアナへと針路を変える。邪魔者を排除しようと言うのだろう。馬鹿なやつ――淡々と次の矢を引き、魔獣の脳天を射抜く。


 ――四頭目……。


 慧太らにあまり離されないように移動。前傾を深めて走る、狐人独特の加速走法。が、その背後に魔獣が迫り飛び掛る。

 奇襲のつもりだったのだろうが、リアナは微塵も驚かなかった。フェネックの聴覚は、十数ミータ離れたところに落ちた落ち葉の音さえ拾う。


 右手で腰の短刀『光牙(こうが)』を抜く。飛び掛る魔獣の下を抜けるように避け、すれ違いざまにその喉を刀で、すっと切り裂いた。


「……次」


 魔獣形態から狼人形態になったそのスキロデ人は喉を押さえてその場で悶える。リアナはそれをすでに見ていない。どうせ、数秒で息絶えることがわかっているからだ。


 だが直後、リアナは背筋が凍るような『それ』を感じ取った。それは震え。しかしリアナが震えているわけではない。この圧し掛かるような重圧、地面そのものが軋るような、絶対的な不快感、不安!


 ――地面が……揺れる!


 ・ ・ ・


「いやはや、まったく……」


 ユウラは後方を視認する。狐人フェネックの少女は後方の敵を仕留めた。位置的にユウラと黒馬のアルフォンソが敵から最も遠い位置にいる。


「こうも草木が生い茂っていると……僕のような魔術師にはやり難いですね」


 火系の魔法は森火事を起こす可能性大なので問題外。雷も草への引火を考えると好ましくない。風は草木に阻まれ半減――範囲を衝撃波クラスに下げることで威力は増すが、今度は命中精度に難がある。

 走り続けて、息が上がりつつある。並みの魔術師より鍛えているから多少走るくらいは平気だ。だがもっと過酷な訓練を積んだ狐人の殺し屋や、無尽蔵な体力を誇るシェイプシフターに比べれば『か弱い』とさえ言えるレベルである。


 ちら、とアルフォンソに視線を向ける。するとこの黒馬もどきも、同じようにユウラを見ていた。歩調をあわせて隣を進みながら、まるで『乗るか?』と言わんばかりに首を捻る。


「ほんと、人が悪いですね、慧太・・

 ユウラは意を決して近づけば、アルフォンソの背中に『鞍』と『鐙(あぶみ)』が出現した。心なしか、黒馬の体型がほっそりとなった。相変わらず荷物を背負っているのだが、鐙を踏み、ユウラはアルフォンソへと騎乗する。


 ――さすが慧太の分身体!


 アルフォンソ――シェイプシフターの分身体。慧太の身体から分離したそれは、青髪の魔術師の足となり、術行使を助ける。

 ユウラはアルフォンソに針路を任せ、自身は後方を注視しつつ、追っ手めがけてその右手を向ける。


「疾風!」


 右手から風の塊が放たれる。範囲を狭め威力を増したそれは、真っ直ぐと飛び、魔獣を見えない壁にぶち当てたように沈める。


「リアナさんがやりやすいようにしないとね……っと!?」


 唐突に、アルフォンソが足を止めた。何の警告もないそれに、ユウラはバランスを崩しかけ、危うく落馬するところだった。黒馬にしがみつき、何とか転倒を免れる。……寿命が縮むような思いだ。どっと汗が吹き出て、心臓がどくどくと跳ねる。

 何故かアルフォンソは座り込んでしまった。どういうこととか、ユウラが抗議と共に声をあげようとしたその時、『それ』が突然にやってきた。


 ・ ・ ・


 リアナが殿軍で追手を狩っている間、囮役として逃げていた慧太たち。ユウラもアルフォンソと共同して反撃に出た中、敵との距離を測りつつ走っていた慧太は、唐突に足元に違和感を覚えた。


 足が地面に対して変なつき方でもしたのか。最初はそう思った。しかしすぐに、違和感の正体が地面の揺れ――地震によるものだと悟った。


 激しい震動。


 森の木々が揺れ、大地が悲鳴を上げるような音と衝撃がやってきた。とても走るどころではなく、態勢が崩れる。

 セラフィナも倒れるが手をついて転倒は免れる。しかしそこから立つこともままならず、震動が収まるのを、驚愕と恐怖の混じった視線を走らせて待つことしかできなかった。


 が、長い。地震、いやそれは大地震と呼ぶに相応しい。後から振り返れば、きっと一分にも満たないそれだが、地震に見舞われている慧太たちにとって、それは永遠にも等しい長さに感じられた。

 やや離れたところで、ユウラと黒馬アルもしゃがみこんでいる。慧太はすぐ傍にいるセラフィナを見やる。彼女も慧太を見つめ返していた。大きすぎる地震に、青い瞳もまた揺らいでいる。……手を握ってやるべきだろうか。何故か慧太の脳裏にそれがよぎった。動くこともままならないのに。


 そして突然、地面が割れた。


 陥没。


 慧太とセラフィナがいた一帯が割れる。その岩盤の下は空洞になっていた。

 故に、二人の身体は地面と共に落下したのだ。


「ちょ――!?」


 これ、やばくない? ――視界があっという間に流れ、闇の中へと落下していく……。

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