第33話、けわしき道

 ジャンクの森を抜け、再び木々の生い茂る森を進む。


 先導するリアナは愛用の二本の短刀の一振りで道を切り開きつつ、果物のなった木を見つけると素早く枝ごと切り落とした。黄色いチェリーのようなそれを一つ口に放ると、残りを後ろのユウラへ放り投げる。


 しばらく歩くと森の木々が途切れ、丘の上に出た。

 冷たい風が吹き抜ける。眼下に広がるは、くるぶし程度の長さの草の生えた草原と、その先に黒々とした木々がそびえる大森林地帯。遠方にそびえる山々、その頂には積雪が見え、まるで白い粉を振り掛けたような按配だ。高い山ではもう雪が降っているんだな――雄大な自然が広がっている光景に、慧太はしばし息を呑んだ。


 丘から続く草原は、緩やかな傾斜を五十ミータメートルほど下った先に、草の生えていない細長い道が一本、東西に走っている。柔らかな風が吹きぬけ、空は綺麗な青空をのぞかせている。


「少し休憩にしませんか?」


 ユウラが言えば、セラフィナも首肯した。慧太は危険がないか確認。……追っ手はまだない。

 ユウラは、セラフィナに平らな石を椅子代わりに勧め、黒馬アルフォンソを手招きした。アルフォンソがノソノソとやってくる。ユウラはバッグから袋を取り出し、中身を差し出した。


 携帯用の食料――ビスケットに近い堅焼きパン。ユウラからパンを三枚受け取り、セラフィナは平らな石に腰掛けた。青髪の魔術師は水筒を取って水分を一口含むと先ほど手に入れた果物を皆に配分した。

 リアナが慧太のそばに来ると肩を叩く。


「後ろ、見張ってる」


 人間より鋭敏な聴覚を持つ狐人フェネックだ。森の木々に視界が阻まれても、その耳は頼りになる。


「頼む」


 慧太は引継ぎを済ませると、申し訳程度にもらった果実をかじる。瑞々しい果汁が口の中に広がる。甘い、かなと思った。

 ユウラは、丘の中ほどにある道を顎で指し示した。


「あの道を東へ行けば、リーベル……町へ通じています。比較的平坦で、緩やかな下りが続くので歩くのは楽です」


 それと――ユウラは果実を頬張り、それを飲み込みながら指差した。


「道は見えないですが、まっすぐ行って森を抜けると、グルント台地へ出ます。台地から先は平原ですが降りるのは急な斜面……よりはっきり言えば崖ですね。それにそって行く狭い道があります」

「普通に考えたら、道に沿ってリーベルに行くよな?」


 慧太も果実を放り込む。ユウラは口元に笑みをたたえた。


「ええ、普通なら」

「どういうことです?」


 セラフィナが堅焼きパンをきちんと咀嚼そしゃくした後で言った。ユウラは首を横に振る。


「道に沿って進むのが楽なのですが、台地を迂回するために、ライガネン方面に抜けるにはいささか時間が掛かってしまうのです。つまり遠回りになってしまうんです」

「どの程度の遠回りに?」

「……だいたい三日ほど」


 三日――セラフィナは軽く俯いた。ライガネン王国を目指すお姫様のこと、できれば早くに目的地に着きたいと思っていることだろう。しばし考え、セラフィナは風になびいた銀髪を手で払いながら言った。


「何故、二つの道があることを教えてくださったのですか?」


 その瞳がじっと、青髪の魔術師を見つめる。


「例えば、楽なほうだけ言えば、そちらで決まりだったのに」

「すべてのルートを開示するのがフェアだと思いまして」


 ユウラは真面目な顔で告げた。


「この旅はあなたの旅です、セラフィナ殿下。あなたがお決めになるべきだ」

「……」

「我々は傭兵。どちらの道を選ばれても、ついていくだけの能力はありますので、お気遣いは無用です。あなたの行きたいほうを選べばよろしい」

「そうですか……」


 セラフィナはしばし考え、ちらと慧太を見た。彼女を見守っていた慧太は自然と目があってしまい、一瞬心臓をつかまれたようにドキリとした。ただ逸らすのは失礼と思い、無反応を心がける。

 セラフィナは視線を後方の森――食事をつまみながら見張るリアナに向けるが、彼女は背中を向けていて反応はわからない。


「……できれば早いほうがいい」


 ようやく、セラフィナは口を開いた。その口調は固く、真剣な響きを持っていた。


「台地へ抜けるルートを選択します。遠回りルートは町があるようですが、私たちが向かうことで、魔人とのいざこざに巻き込んでしまうかもしれません」


 これ以上、無関係な者を巻き込みたくない――慧太は、セラフィナのルート選択の基準がそこにあるのではと推測する。


 ――親爺……。


 慧太は視線を傭兵団のアジトのある方角へと向けた。適当なところで逃げると言っていたが、はたして無事なのか。家族とも言えるハイマト傭兵団の仲間たち……。

 ぴくり、とフェネックの少女の狐耳が動いた。身構えるのが見え、慧太も反射的に備える。


「――複数……追ってきてる……」


 リアナが呟くように言えば、セラフィナとユウラも腰を上げた。


「姫殿下、先を急ぎましょう」

「そうですね。森に入ってしまえば、すぐには追いつけないでしょうし」


 丘を降って五十ミータほどで道。さらにその先、三百ミータほどで黒々とした大森林が広がっている。

 ユウラが頷いた。


「それでは、走りましょう!」


 四人と一頭は一斉に走り出した。ユウラとセラフィナが前。慧太とリアナは後方を気にしながらの走行だ。草の生えた丘を駆け、途中の幅一ミータほどしかない道を横断すると、そのままの勢いで斜面を降る。


 慧太はちらと振り返る。まだ、魔人の追手の姿は見えない。どれほどの距離が離れているかわからないが、できれば森に入るまでその姿を見られないことを祈った。

 もし、目視距離に入れば……魔人どもは間違いなく全速力で走り出すからだ。そうなれば、一戦を避けるのは難しい。


 だが慧太の期待は淡く消えた。丘の上に、狼型の獣が数頭姿を見せたのだ。

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