第32話、鋼鉄の獣

 ガラクタの丘を越えた時、四足の鋼鉄の機械が地面を踏みしめながら、ガラクタ拾いに接近しているのが見えた。


 高さは二・五ミータメートルほど。幅はその倍近い。一瞬『カニ』を連想させたが、それにしては足が少なかった。しかし全体のシルエットはハサミのないカニ型の機械だ。やや調子の外れた駆動音を響かせ、センサーやカメラを仕込んだ小さな頭部が周囲を探るように小刻みに動く。


 ――作業ロボット、か……?


 慧太の第一印象はそれだった。ただ長年の汚れが蓄積したせいで、表面はまだら模様。ところどころ塗装も剥げている。


「あれは生き物……?」


 セラフィナが呆然といえば、ユウラが眉間にしわを寄せた。


「どちらかと言えば、人形とか迎撃用の魔法生物に近い感じかと」


 カニモドキはガラクタ拾いに迫る。ジャンクパーツを入れた篭を背負う薄汚れた回収人は、悲鳴を上げて逃げまとう。


「助けます!」


 セラフィナがガラクタの山を駆け下りた。次の瞬間、光が弾け、戦闘形態とも言える銀の戦乙女姿へと変身する。


「……マジかよ、お姫様!」


 慧太はすぐに後を追う。ライガネンまで送り届けると言った手前、彼女の身に何かあったら困る。


「リアナ、援護!」


 慧太が言った時には、すでに狐人フェネックの女戦士は弓を構え、矢を放っていた。

 その矢は的確にカニモドキの頭部に命中した。しかし角度が合わなかったのか突き刺さらず、跳ね返る。


「光よ。光の弾、敵を貫け……!」


 セラフィナが駆けながら魔法を唱えた。白い輝きを放つ弾を二つ形成すると、それをカニモドキへと放つ。だが、それらも機械の表面金属を焦がした程度で、ほぼ無傷だった。


 カニモドキのカメラアイが、接近するセラフィナを捉える。逃げまとうガラクタ拾いから、銀髪の戦乙女へと向きを変えた。その一足一足が地面を穿うがつ。仮に挟まれるようなことになれば、人間の身体など鎧ごと容易く貫通させることだろう。

 セラフィナに迫ったカニモドキが右前足を持ち上げる。潰すつもりだ。その一撃をバックステップでセラフィナはかわした。彼女がいた場所に機械の足が突き刺さる。セラフィナは素早く銀剣を機械の足に叩き込んだ。

 だが鋼鉄製の表面は『カーン』と音を立てて、剣を弾き返した。


「硬い!」

「関節を狙え……ってのは難しいか!」


 慧太は駆ける。カニモドキの脚部の関節は人の背丈にはやや高い。しかも動き回るそれを両断するのは言うほど簡単ではなあった。


「お姫様! そいつから離れろ!」


 リアナの放った矢が飛来する。今度はカニモドキの頭に突き刺さるが、刺さっただけで停止する様子もない。物理での攻撃では威力不足、であるなら――


「ユウラ! 魔法を使え!」


 慧太はセラフィナに追いつき、その肩を軽く叩いて「来い」と合図する。彼女を連れ、カニモドキから距離をとれば。

 グンッと、目に見えない大気の壁がカニモドキを襲った。一瞬、風に持ち上げられるかに見えたが、ひっくり返すには風力が足りなかったようだ。

 風よ――ユウラが再度、大気の衝撃波を叩きつけたが、今度はカニモドキは四本の足をめり込ませて先ほどよりも耐えて見せた。思ったより器用だ。周囲の瓦礫が風に吹き飛ぶが、カニモドキはビクともしない。


「光弾も風も効かないというと……」


 苦笑するユウラ。慧太は叫んだ。


「雷! 機械には電撃っ!」


 青髪の青年魔術師は右手を標的に向け、紫電の塊を連続して撃ち込んだ。それはカニモドキの表面に着弾し、かすかに痙攣したような震動を起こさせた。


「お、効きましたかね……?」


 ユウラは、さらに強力な雷の束を放った。カニモドキの全身を雷が走り、ビリビリと痺れたように動きが鈍くなる。


「いい、ですね! 効いてるようだ……!」


 さらに雷の束を浴びせるユウラだが、慧太は苦笑いする。


 ――もっと、効くと思ったんだけどな……!


 電流対策が施されているのかもしれない。ただ劇的ではないが、微妙に効いているところを見ると、どこかシールドされていない部分があるのかもしれない。


「それで、慧太! 僕はいつまで電撃を浴びせていればいいんですか?」

「あー……」


 さすがの慧太でもそれはわからなかった。別の手を考えたほうが早いかもしれない。慧太はポーチに手を伸ばし、中のシェイプシフター体の塊を取り出す。


「またぐにゃぐにゃ球ですか?」


 セラフィナの声に、慧太は首を横に振る。


「今度はくっつき爆弾ボム


 手の中のそれを投げる。カニ型機械の右前足の関節近くに、粘着性の塊がべちゃりとくっつく。そこで爆弾に変化、次に爆発した。

 が――


「火力が足りなかった……!」


 比較的近くに自分たちがいるので、影響を受けないように威力を落としたのがいけなかった。

 セラフィナが前に出た。


「あなたのしようとしている意図はわかりました! ……光よ、我が剣に宿り、鋼を断つ刃となれ!」


 戦乙女は唱えると、彼女の魔法剣が白く輝きを放つ。慧太の目には、まるで白いビームソードのように映った。


 ――まさかそれ……?


 慧太が見守る中、セラフィナは跳躍し、カニモドキの右前足の関節部分に光剣を叩き込んだ。先ほどは甲高い音と共に跳ね返されたが、今回はほとんど抵抗もなく、すっぱりと切断された。剣表面の高エネルギーが金属を溶断したのだ。

 バランスを失い、右前方方向へ倒れかかるカニモドキ。切断と同時に敵の横へ抜けたセラフィナは、今度は倒れるその背中に飛び乗って、一撃を浴びせる。


「お姫様! 奴の頭を狙え!」


 慧太が言えば、セラフィナは今だ動きを止めないカニモドキの背中を駆け上がり、頭――いや首を光剣で切り裂いた。

 頭部が落ちた数秒後、機械はようやく動きを止める。セラフィナは溜めていた息をゆっくりと吐き出すと、その鋼鉄の背中に膝をついた。


 ――あっという間だったな。


 大して働けなかったと思いつつ、軽快な動きを見せて敵機械を沈黙させたセラフィナに感心する。


「すげえな、お姫様。……大丈夫か?」


 彼女のもとに歩み寄れば、セラフィナは剣の光を解除し、こわばった笑みで応えた。


「ええ、大丈夫。……大丈夫」


 何だろう――慧太は首を捻る。自分を安心させようとしている? それとも緊張が解けて、今になって震えが来たとか?


「あなたが指示を出してくれたから」


 ようやくそう言うと、セラフィナはすっと手を差し出した。握手――いや違うか。立たせろということか。そう思った慧太は彼女の手をとり、立ち上がらせた。


「的確な指示でした」

「あんたは勇敢だったよ。でも、無茶はしないでくれよ」


 ひやひやするから――慧太が言えば「ええ」とセラフィナは声を落とすのだった。

 機械が動かなくなったからか、先ほどまで逃げていたガラクタ拾いが戻ってきた。慧太やセラフィナには目もくれず、機械に取り付く。


「お礼もなしか……?」


 一人と目が合ったが、ガラクタ拾いはすぐに視線をそらし、作業に戻った。

 結局、彼らからはお礼の言葉を聞くこともなく、慧太たちはジャンクヤードを後にした。

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