第26話、提案

 慧太は、セラフィナを探してアジトの食堂に来た。


 銀髪のお姫様は、机を挟んでリアナと食事をしていた。

 彼女は慧太の姿を見ると、何故かホッとした表情を浮かべる。


「メシ、食べれた?」


 慧太が歩み寄りながら声をかければ、セラフィナははにかんだ。


「ええ、まあ。量は少なめでしたけど……」

「長い空腹期間の後、いきなりたくさんの食事をとるとお腹が痛くなる」


 リアナが珍しく長い言葉を吐いた。

 その金髪の狐人少女は、揚げ物を食べていた。……何を揚げたものについてかは、言わないのがセラフィナのためだろう。

 獣人の食生活は、人間のそれとは異なる場合も多々あるのだ。

 セラフィナは苦笑する。気を使っているような雰囲気だ。リアナは無口系だから、とっつき難いのだろう。……その様が目に浮かぶ。


「座っても?」


 慧太が相席していいかと問えば、セラフィナは「どうぞ」と頷いた。

 適当な椅子を掴んで、向かい合う二人の女性の間に置く。

 こほん、と咳ばらい。


「あー、えー、と。セラフィナ姫さまにあら、あらせられましては――」

「何です? 急に」


 唐突に改まった態度の慧太を見やり、セラフィナは目を瞬かせた。


「そのー、えー、あなた様はお姫様で、あるわけで――」

「ああ、言葉遣い」


 合点がいったのか、セラフィナは小さく微笑んだ。


「普通でいいですよケイタ。あなたの話しやすいように」

「……助かる」


 肩の荷が下りた。お上品な会話術を持ち合わせていないのが恨めしい。日本語が通じるなら、きちんとお姫様に対応した言葉遣いができるのに……。


「じゃ、お言葉に甘えて。……セラフィナ、あんたのライガネンまでの旅だけど、オレも同行していいか?」

「同行……?」


 セラフィナは不思議そうな顔をした。同時に困惑も覗かせる。


「その、何故です?」

「あんたを助けたい」

「えっ?」


 困惑の色が濃くなる。慧太もちょっと直球過ぎたかな、と思った。


「聖アルゲナムの話を聞いた。魔人に滅ぼされたって」


 セラフィナは、かすかに驚きに目を見開いた。だがすぐに伏し目がちになり、声を沈ませた。


「どうしてそれを……?」

「ここは傭兵団だから色々な情報が入るんだよ」


 情報収集は、荒事の多い傭兵団にとっては死活問題である。仕事の効率を高めるためにも、自分達の安全を守るためにも。


「それで、あんたはライガネンを目指しているのは……魔人に対抗するためだよな?」

「ええ……魔人の軍勢、レリエンディールは、この大陸の支配のために動き出しています。私はライガネンにそのことを伝え、魔人に対抗する勢力を作らないといけない……亡き父のためにも、多くの、同胞たちのためにも――」


 セラフィナが唇を噛み締める。

 聖アルゲナム陥落の光景がよぎっているのだろうか。

 魔人の侵略でおそらく多くの仲間、民が犠牲になったことは想像するのは難しくない。

 ぎゅっと握り締めた拳。彼女の目もとにうっすらと涙がたまる。


「それを聞いちゃ、黙っているわけにもいかないよな」


 慧太は首を小さく振った。


「同じ人間・・として」


 一瞬、舌の先がざらついた。だがもう決めたのだ。自分の心は偽れない。


「ライガネンへの道中、オレがあんたを守る」

「ケイタ……」


 はっと息をのむセラフィナ。胸が詰まり、しかし戸惑いを見せる。


「お気持ちは嬉しいのですが……私はいま、あなたに何もできません。何のお礼も用意もできないのです」


 躊躇いがちに言う。巻き込むのは心苦しいとばかりに。


「報酬はいらないよ。オレがしたいと思ってることだから。だから手伝うと決めた」

「無報酬でよいというのですか?」


 セラフィナは信じられないといった顔になる。


「あなたは傭兵ですよね? 傭兵がタダで手助けするなんて、聞いたこともありません!」

「あー、そりゃそうだな。オレ、おかしな申し出をしているかもしれない」


 慧太は髪を掻いた。

 リアナは沈黙を守っている。


「じゃあ、こうしよう。報酬はもらう。あんたにお金があって、払ってもいいって思った時に。……それでどうだ?」

「それは……私が払いたくないって思ったら無報酬でいいって契約ですよね?」


 セラフィナは首を横に振る。

 慧太は、他人事のような顔になった。


「まあ、そうなるか」

「そんなあなたにとって不利な話――」

「どうかな、あんたはお礼ができる時は必ずお礼してくれそうな気がする」


 慧太は真面目ぶった。これまでの言動を見る限り、彼女は誠実な人物に思える。


「まあ、口約束だし。反故にされることなんて、この業界じゃないことでもないし」

「だとしても――」


 セラフィナは開いた口が塞がらないようだった。しばし考え、銀髪のお姫様は意を決したように言った。


「本当に……よいのですか?」


 ああ、と、慧太は頷いた。彼女の青い瞳を逸らすことなく見つめ――何だか心の底でむず痒いものを感じた。もう、一、二秒長ければ、逸らしてしまうところだった。


「わかりました。ケイタ、あなたを雇います。ライガネンまで、私を護衛してください」

「引き受けた」


 一応、形だけでも雇うんだ――慧太は席を立った。このあたり律儀だと思う。

 黙って話を聞いていたリアナが右手を軽くあげた。


「ケイタが行くなら、わたしも行く」

「ああ、そう言うと思ってた」


 慧太は頷けば、セラフィナは目を丸くした。


「リアナ、さん……?」

「わたしとケイタは相棒。止めても無駄」


 金髪碧眼の狐っ子は淡々と言うのだった。


「止めないさ。むしろ歓迎」


 慧太が拳を突き出せば、リアナは同じく拳をタッチすることで応えた。


「あと、今のうちに言っておくけど、ユウラも同行する……構わないよな?」


 青髪の魔術師の名前を出せば、セラフィナは頷いた。


「いいも悪いもないですが……。よろしいのですか? 私のために、人を割いてもらって」

「まあ、親爺はいい顔しなかったな」


 団長の熊人が、拗ねていたのを思い出す。何故なら――


『うちの団の主力をごっそり持ってくんだぞッ!? 戦力半減! うちの団の稼ぎが大幅に減るっ!』


 ちなみに、リアナが抜けることも団長は折り込み済みである。慧太に、ユウラ、リアナの三人でハイマト傭兵団の戦力半減――まあ、事実なので団長が拗ねるのもわかる。


「手伝うと言ったオレが言うのも何だけど、この世界の地理には詳しくなくてね。知識も情報量も多いユウラがいないとスムーズな旅は無理だと思う」

「同感」


 リアナが真顔で首肯した。慧太はセラフィナの顔を見た。


「そうと決まればライガネンに行くための旅支度をしないとな。……今夜は休むとして、出発はどうする? やっぱ、早いほうがいいか?」

「ええ。……こうしている間にも、レリエンディールの魔人たちは攻撃の計画を練っているかもしれません。できるだけ早く」

「わかった。なら、明日の朝か昼には、ここを出発しよう」


 慧太は宣言した。

 さすがに今すぐ、と言わないだけお姫様は話のわかる人物だと思った。武器以外何もないのも影響しているだろうが……実は、ちょっと心配していた慧太である。

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