応援コメント

第16話 異世界転生と社会主義革命」への応援コメント

  • ポストアポカリプスも「現状不満があるからいっそリセットしちまえ!」みたいな所ありますよね、格差社会が広がっている現状、また流行るのではないかなと思っています。

    しかしそうか……Web小説で努力はダメですね。
    少年マンガなどでは全然主流ですが、やはり層が違うのは感じます。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます。
     異世界転生ものはリセット願望が色濃く反映されているのは確かと思います。異世界転生作品で、自分がもともと不思議に思ったのは、異世界に転生した後、主人公が特段に元の現代日本に戻りたいという心理描写がないばかりか(むしろ歓迎)、元の現代日本で残された家族や友人のことについて触れられたものがほとんどないということです。(全くないわけということもないとは思いますが)
     作品の主題からすると、主人公が生まれ育った現代日本というのは完全に切り離された存在になり、そこへの帰還はそれほど重要度を占めるものでもなく(ていうかそもそも戻ることもない)、異世界での生活や冒険がストーリーの中心になります。
     今の世界では自分はうだつも上がらないし、それを現状からの努力によってよりよくしよう、というより いったんリセットして自分を知る者がいない違う場所で最初からチートして無双する方が気分もいい、というストーリーは多くの人の心を引きつける要素があるようです。
     しかし、少年漫画では熱血スポ根漫画などはまだ主流なんですね。まあ少年時代から異世界チート思想を植え付けるのはよろしくはないとも思います。
     異世界チート思想はある程度年齢層がさらに上がり社会や人生に疲れが若干見えた時にウケる物なのかもです。

  • こんにちは。

    テーマが異世界と社会主義革命となっていて、興味深く拝見させて頂きました。

    今も減少しつつしつこく残る共産党を筆頭とした革命派ですが、学生運動時代から彼らは本質的には進化せず、いつまでも矛盾を抱えながら漂うだけの存在ですね。
    社会主義や共産主義の殆どは失敗に終わっていますが、日本に現存する勢力はその失敗から何も学んで居ないのでしょう。
    そもそも内紛が多過ぎて組織としても粗末で、当時の学生たちは単に体制に楯突く事が正しいと思っていた程度ではと思います。短絡的な思想を掲げる自分達が正しい、優れているなどと思い上がった連中だったとしか言えません。
    だから、内部での対立も多く、内ゲバなんて愚かな事態を幾度も招くのだと。
    結局は廃れてしまい、極一部に革命派が残る程度まで勢力が衰えましたが。

    因みに、なぜか文学や芸能界には左翼思想の持ち主が多いですね。

    で、異世界が流行るのはやはり、現実逃避でしか無いのかと。
    努力が報われない社会である、も然りかと思いますが、一方で努力は報われている、そんな人たちもいる訳ですから、報われない社会と言い切るには無理があるかと。
    例えば一つの分野で成功を収めたい、と考えた時に視野が狭くなると、方向性が極端になり成功できない、そんなケースは往々にしてあろうかと思います。

    今は例えばスポーツ選手でも、様々な競技の要素を取り入れたトレーニングをするので、狭い範囲で頑張った、は自己満足の域を出ず、より広い分野から手法を取り入れ、成功へ向かうのが成功者のあり方ではと。
    それが出来ないと、結果、努力が報われない社会だ、として目を背け現実から逃げ出したい衝動に駆られ、その行き着く先が異世界転生物になるのかもしれません。

    とは言え、異世界転生物なんてのは、中高生が中心であり大人になるにつれ、そこから離れて行くと思います。
    ある程度読んで行くと既にワンパターン化してますから、発展し辛い分野でもあろうかと。
    以前の転生物は努力を必要とする主人公、現在は努力しないいきなりチート。
    違いはその程度でしょう。

    誰しも一度は通過する凄い人間になりたい。
    それを叶えるのが異世界もので、ゆえに中高生に受け入れられるのでしょう。
    丁度そのくらいの年齢が一番憧れますから。
    楽に凄い能力を手に入れて女の子にちやほやされて、敵をバッタバッタと倒し称賛される。
    読むと確かにスカッとするので、気分も良くなりますし。
    ストレス社会なので、適度に発散するには良いコンテンツなのだと思います。

    因みに、学生運動をしていた連中が努力をしたか、と言えば、私はしていないと思います。ゲバ棒振り回して火炎瓶で抵抗する努力、そんなものは微塵も努力とは言えないですから。愚か者の極みでしか無いです。
    ですので、本質は今も昔も変わらないかと。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    共産主義自体がその考え方が現実にそぐわない思想だとは思います。その高邁な理念は まあいいのかもしれませんが、実現しようと思えばいろいろな部分で無理が出るのは仕方がないというか。頑張っても頑張らなくても結果の平等を目指す社会では誰も意欲なんてわかないでしょうし。そういう無理を トップの人間が強制的に押さえつけてとにかく言うこときかす構造になるのは行き着くべきして行き着く先だと思います。どの共産主義国家もトップの人間の個人崇拝を強要してしまうのはそういうことなんだろうなと思います。スターリンしかり毛沢東しかり金一族しかり。もともと国家元首の個人崇拝強要は共産主義の考え方などにはないはずです。その時点で平等の理念崩れてるし。
     そういう共産主義という理念を掲げる組織集団が内ゲバ暴力事件を起こしやすいのもある意味当然なのかも。そうしないと統制がとれない傾向になりやすいのかもしれません。
     彼ら(学生運動をしてた人達)の行動を努力と表現したのは確かにもともと抵抗はあって、おっしゃる通り努力、ではないですね。ただの暴力行為というか。ただ今の異世界転生ものの努力をしないという部分の対比要素として便宜上自分自身の行動という意味合いとして書いてしまいました。

     スポーツ選手の、より広い分野から手法を取り入れ成功へ向かうというのが成功者である、 という部分のご指摘は自分も全くその通りだと思います。このご指摘で思い浮かんだのは薬物使用で逮捕された元プロ野球選手の清原選手ですね。あれほどの才能を持ち球界の大スターがそんなことをしてしまうなんて、ニュースを見たときは驚きでした。しかし清原選手は野球の技術という狭い視野での努力しかできず、人生全体のグランドデザインを描いた広い視野を持った努力というものに欠けていたのではないかと思うのです。野球のプレー自体は確かに驚異的な結果を保持しています。しかしスポーツ選手としての寿命はそう長いものではありません。引退の世代のあとを見据えた総体的な努力、考えも必要とは思うのですが それに欠けていたことが薬物に逃避する一要因にもなっていたのでは、、、などと思ったり。結果人生としては「成功者」とは言えない結果となってしまいました。(ちょっといただいたコメントからはズレた感想かもしれませんが)

     そして 清原逮捕 というニュースそのものが与える影響として、あれほどの才能と努力で大スターになっても、結局あんなふうなることもあるんだ、というものも大きいのではないかと思います。なんだか努力に対する冷めた考え方も与えたりしたり、、、するんかな、などとも思ったりしまして。

     努力は気が進まないけど、けどすごい人間になって周囲から賞賛されたいという作品が支持されるのもひょっとしたら世の中のこんなニュースも影響を与えたりしているのかも、、、、いや、どうなんでしょう。

    編集済