『38、陽と陰は紙一重』
「このサンドイッチ、すっごく美味しいよ!」
俺が興奮気味にそう言うと、フローリーは顔をほんのりと赤く染めた。
「王子にそう言って頂けて嬉しいですわ。ちなみにその魚は魔物なんですよ?」
「えっ・・・この美味しい魚が魔物?」
間抜けな声が漏れ出た。確かに形がそれっぽいなとは思ったけど。
まさか本当に魚型の魔物だったとは。
横ではボーランも瞠目して、魚を穴が開くほど見つめている。
「ええ。ジェンウスという魚の形をした魔物です。淡白な味が特徴ですね」
「確かにあっさりしてた。だから香草と合ってたよ」
わずかに振りかけられた塩と、主張しすぎない香草は非常にベストマッチ。
あっさりとした味わいが特徴の魚の美味しさを引き立てていた。
「香草はお母さんが採ってきてくれたんです。私も試食した時にビックリしました」
「何の魚を使うかは事前に確認済みだったからな。簡単なお仕事だったさ」
フェブアーが得意げに言う。素の口調を聞くのは久しぶりだな。
ボーランがカルスが食べているサンドイッチを指さす。
「この肉は何?オークの肉?」
「よく聞いてくれました!これは・・・ジェネラルミノタウロスの肉なのよ!」
目を輝かせるフローリーに俺たち2人は瞠目する。
ジェネラルミノタウロスは緑の悪魔と呼ばれる牛型の魔物だ。
倒せる者がそもそも少なく、肉も滅多に出回らないことから最高級品として扱われる。
最近出回った時は、希望者があまりにも多かったため、抽選が行われたとか。
カルスも自分が食べていた肉が最高級品だとは思わなかったのか、顔が青ざめていた。
「あの・・・これは私が食べてはいけなかったものなんじゃ・・・」
「確かに、3つしか作っていないような気がするんだが・・・」
「嘘でしょ!?あ、残り2つしか無い・・・」
バスケットを探っていたフローリーがこの世の終わりみたいな声を出した。
ボーランは固まり、フェブアーも冷や汗を流している。
「申し訳ありませんでした!このカルス、何でもいたします。望めば奴隷にでも・・・」
「バカなの!?一旦落ち着いて!」
俺は必死に土下座するカルスを宥め、近くにあった切り株に座らせた。
自分の目線をカルスの目線に合わせるようにしゃがみ込む。
「カルスを奴隷になんてするわけないでしょ。冗談でもそういうのはやめてくれる?」
「申し訳ありません。昔の記憶が蘇ってきてしまいまして・・・」
「昔の記憶って・・・僕以外の子供の事?」
カルスは32歳で王城勤めになった人物だが、彼は特異な例だといえる。
以前まで勤めていた家でも次期当主の子供を見ていたらしいのだが、一様に偉ぶっており、使用人はさながら奴隷のような扱いだったらしい。
そういう子供たちには土下座でもしないと宥められないのだろう。
俺は無論、そんなのは気にしないけど。
「はい。ああいう謝罪のせいで自分の首を絞めているとは分かっているんですがね」
「じゃあ今度から一切無し。早くサンドイッチ食べちゃおう」
話を切り上げ、ジェネラルミノタウロスの肉が挟まっているサンドイッチを半分渡した。
全部渡しても、カルスはきっと受け取らないだろうと思ったからだ。
カルスは恐る恐る受け取ると、俺が食べたのを確認してから口に入れる。
「おお!美味しい!これがジェネラルミノタウロスの肉かぁ!」
臭みが全くなく、甘辛のタレが絡まった肉はただただ美味しいの一言しか出ない。
さすが最高級品だな。
しばらくサンドイッチに舌鼓を打つと、時間はあっという間に過ぎていく。
「リレン様、そろそろ出発した方がいいのでは?時間がありませんわ」
「あ、本当だ。もう14鐘過ぎてんじゃん。フローリー、ありがとう」
俺は立ち上がると、出発する旨を伝えるためにカルスの下に向かう。
道半ば、カサッという音が聞こえた気がしてそちらを振り向くと、茶色のものが見えた。
まるで人の髪のような・・・。
「動くな!グラッザド王国の第1王子とお見受けする」
「酷い目に合いたくなければ、金目の物をここに置いていけ!」
痛んだ銀髪をした男が近くの岩を指さして、怪しく嗤った。
フェブアーやカルスは、盗賊に射殺すような視線を向けながらもその場を動かない。
とりあえず反論をしようとしたところで、慌てて口を閉ざす。
草地の奥から湧き出るように出てくる盗賊たちは、悠に30人を超えていた。
全員が立派な剣や杖を所持しており、身のこなしもそこそこのレベルに達している。
無駄のない動きを披露する盗賊に俺は軽い眩暈を覚えた。
この人数を1人で相手するのはちょっとキツイかな。
でも、数人の男どもがいやらしい目つきでフローリーを見ているのが気にかかる。
ここは俺がやるしかないか・・・。
「僕から金品を奪いたいなら、僕を倒して見なさいな。相手するよ?」
杖を構え、一挙一動も見逃さないという強い意志を込めて相手を睨みつけた。
リーダーらしき男が嘲るような笑みを浮かべ、銀髪の男に何やら囁く。
銀髪の男はニヤリと顔を歪ませ、こちらに杖を向ける。
しかし、黙ってニヤニヤと杖を構えているだけ。何がしたいんだろう?
心の中で首を傾げていると、背後から魔力を感じて俺は嫌な汗をかいた。
無詠唱で魔法を使いやがった!しかも背後から接近させてくるなんて!
歯を食いしばり、来たる衝撃に向けての準備をする。
幸い、俺は治癒魔法を使えるから、即死の技じゃなければ大丈夫なはず。
だが、いつまで待っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、盗賊5人を相手に一歩も引かないボーランがいた。
足元に違和感を感じて見下ろすと、深紫色をした闇の矢が刺さっている。
銀髪の男は無詠唱で闇の矢を発生させたということか。
しかも背後にいるカルスたちを傷つけることなく、正確に俺だけを狙って。
盗賊が魔法を無詠唱で発動出来るっておかしくない?
正確さも異常だったし、魔法に関しては元々上層部にいた人じゃないかな。
「グアッ・・・こいつら、相当強いぞ!戦うのは下策かもしれない!」
苦しそうな悲鳴で、ハッと我に返る。
盗賊たちの間に、腕から血を滴らせたボーランが苦しそうな表情で跪いていた。
「我に眠る魔法の根源、魔力よ。彼に集いて血肉となれ。
フローリーが聖母のような優しい声で呪文を読み上げる。
腕に付けられた傷は跡形もなく消え去り、ボーランは再び剣を持って立ち上がった。
「もう遅れは取らないぜ!
彼が虚空から出した剣は、大きく波打っていた。
ボーランが鮮やかな剣捌きで盗賊たちをなぎ倒していく。
水を喰らったと思えば、ウォーターカッタのように相手を切り裂くのだ。
「見てるだけじゃダメだ。僕も力を貸すよ。
ボーランが持つ水に光属性の魔法を掛ける。
どうやら闇属性の人が多いらしいから、光属性はなかなか聞くんじゃない?
予想通りと言うべきか、聖水の剣を受けた盗賊たちは魔法を上手く発動出来なくなった。
「僕の命を奪う意思のない物は下を向け!」
そう言うと、ボーランやフローリーが下を向いた。
ボーランは、自身を高速回転する滝でちゃんと守っている。
「盗賊ども。僕を殺そうとしたこと、後悔しな!
強い光が辺りを包み込み、ほとんどの盗賊が目を潰された。
「ぎゃあああ!目が見えねえ!」
「痛い!何だ今のは?目潰しか何かか?」
もはや戦闘どころの騒ぎではない。ボーランたちも呆気に取られている。
「捕縛しよう。カルス、ロープを持ってきて」
「承知いたしました。こいつらはきっといい金になりますよ」
俺が初めて見た、カルスの残虐な笑み。
得体の知れない恐怖を感じ、咄嗟に視線を逸らす。
「到着した時は綺麗なところだったのに、今では血が滴っている・・・」
「ああ、陽と陰は紙一重だね・・・。ちょっとしたことで善と悪もひっくり返ってしまう」
フローリーの呟きに、俺はもっと小さな声での呟きで返した。
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