『14、厨房での一幕』
前世の記憶を取り戻してから、早くも1年が経とうとしていた。
俺は無事に4歳になり、お披露目パーティーに向けての準備を着々と進めていく毎日。
ミラさんの指導にも熱が入ってきており、終わった時にはグッタリするしかない。
5歳になったアリナお姉さまの方もジャネさんの指導が苛烈化。
喋り方がアスネお姉さまのように変わっていた。
どうやって矯正したのかは聞きたくないような聞きたいような・・・。
そんな中で父上から突然の呼び出しを受け、アリナお姉さまとともに執務室にいる状況だ。
「さて、2人ともレッスンが厳しいようだな。グッタリしているぞ」
父上が苦笑しながら言った。
「ジャネさんは何なんですか?レッスンとそれ以外のギャップがすごいんですけど・・・」
アリナお姉さまが恨めしそうに呟くと、ホブラック宰相が天を仰いだ。
「あのお方はマナーには厳しいですからね。分かります、その気持ち」
どうやらホブラック宰相も彼女のスパルタ指導を経験したことがあるらしい。
父上がゴホンと咳をすると、2人が臣下の礼を取り直した。
「今回、お前たちを呼び出したのはサプライズに関してだ」
「サプライズ・・・ですか?」
誰が何にサプライズするというのか。まさかネタバレじゃないだろうね。
身構えてると、父上が予想の斜め上を行く発言をした。
「ああ。パーティーでは主役がお返しとして参加者にサプライズをしてあげるのが、暗黙の了解となっている。そこで何をする予定なのかを知りたくてな」
「・・・あの、サプライズをやらなきゃいけないなんて今知ったんですけど」
ジト目で父上を睨みつける。もちろんバレない程度に。
バレたら、子供とはいえ不敬罪で処罰対象だし。
「もちろん今すぐとは言わないよ。今日中に決めてくれれば良いから」
ホブラック宰相の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
隣を見れば、アリナお姉さまも同じ気持ちだったらしく、ホッとした表情をしている。
今すぐって言われたらどうしようかと思ったよ。
ひとまず執務室を出た俺たちは、一旦それぞれの部屋に戻った。
引き出しから紙を取り出し、候補をサラサラと書き出していく。
日本語で書いてあるため、万が一誰かに見られても内容がバレる心配はない。
「うーん・・・。候補としては、料理とお土産系かなぁ・・」
料理はハッキリ言って得意。仕事で帰りが遅い伯母のためにほぼ毎日料理してたからな。
レシピを見ずに、ほとんどの料理を作ることが出来る。
サプライズという観点から、作るのはタルトあたりがいいかもしれない。
お菓子は大抵喜ばれるから、貴族用に見た目を重視したセレクトである。
一方、お土産系だとしたら王都散策の時に買うことになるかな・・・。
俺は手先が器用な方ではないし、そんなに作っている時間もない。
依頼者に襲われてもいいように剣術を自主練しているのだ。
ミラさんに剣術関係の本を見繕ってもらったのは大きい。
ちゃんと分かりやすく書かれたものを選んでくれたため、初級の型なら使えるようになった。
って剣の話よりサプライズの話!思わず脱線してしまった。
お土産は現実的じゃないな。貴族が何人来るのか分からない以上、たくさん買っておく必要があり、それだけお金がかかるし在庫の処理が面倒。
料理でもあまり変わらないが、余ったものが王城の皆で分け合えるのはいい。
好きな人はとことん好きだからね、お菓子って。
メイドさんなんかに配れば喜んで食べてくれそうだ。
よし。料理・・・というかお菓子作りに決めた。。
ラノベの主人公は前世の味への恋しさに料理を作っていたが、俺もそうなりそう。
王城だから四季折々の食材があるのはいいのだが、料理のバリエーションが少ないのだ。
今度、比較的簡単な料理をいくつか教えてあげようか。
取り敢えず、厨房にお菓子を作ることを伝えに行かなきゃだな・・・。
料理長のグリーソンさんにもアドバイスを貰いたいし。
出来れば、この世界にしかないフルーツを入れてみたいと思っているんだ。
ついでに食べてみたいという欲望が見え隠れしているけど。
とはいえまずは情報収集だな。
魔導具の時のようにカルスを部屋に招き入れ、グリーソンさんについて尋ねてみる。
どんな人物かは今後の行動に深く関わるのだ。
例えば頑固な人物なら目の前でクッキーあたりを作って見せればいいだろう。
料理が出来るということをアピールできるから。
利益を重視するようなら前世の料理のレシピでも渡せばいいだろうし。
だが、帰ってきた言葉は予想とは大分違っていた。
「とても穏やかな人物ですね。良いアドバイスを貰えると思います」
――どうやら小細工をする必要は無いようだ。
数分後、厨房のドアをノックすると、どなた?という声が聞こえてきた。
声だけ聴けば、優しそうではある。
「リレンです。サプライズの件でグリーソン料理長とお話をしたいんですけど」
そう言うと1秒も経たないうちにドアが開かれ、高いコック帽の男性が顔を出した。
「リレン王子、厨房へようこそ。料理長のグリーソンでございます」
「よろしく。料理がいつも美味しいからね。今回のサプライズに力を貸してほしいんだ」
そう言うと、だらしなく顔を緩めるグリーソンさん。
カルスの言う通り、穏やかで優しい人物のようだ。
だからか、料理も素朴で薄味。俺の好みに合ってて美味しいんだよなぁ。
「はいはい。で、何をお作りになるんですか?」
「タルトを作ろうかなって思っているんだ。上に載せるフルーツをアドバイスして欲しくて」
「なるほど。4歳ではフルーツのことはご存知ないでしょうからね」
4歳とかではなく、転生してきたから知らないんだと思う。
あと、王城しか行動範囲がないからかな。平民ならおつかいとかで知るんだろうけど。
「はい。無茶苦茶に詰め込んで、味が崩れたら嫌なので」
「分かりました。では食材管理庫に向かいましょう。実物を見た方が分かりやすいですし」
グリーソンさんの提案で、俺たちは食材保管庫へと移動した。
そこで見せられた果物はほとんど前世と同形同名同味だったが、異なったのが3つ。
イチゴのような甘みと酸味が特徴のフラス。
ミカンのような爽やかさがあるアリカ。
桃のように甘いチャナ。
この3つは絶対入れよう。異世界特有の果物だしね。
その後、異世界特有の果物3つを中心に構成を決め、父上に報告することに。
道中、同じように父上に報告に行くアリナお姉さまと会った。
「アリナお姉さまはサプライズ、何をするの?」
「私は劇をしようかなって思っているんだ。細かい配役とかは内緒」
唇に人差し指を当て、意地悪気に微笑むアスナお姉さま。
「そうなんだ。僕はタルトを作ろうかと思うんだ」
「リレン、料理出来るの?すっご!」
普段、厨房に入らないお姉さまたちには無理だろうな。
俺もこの世界に転生してから、厨房に入ったの初めてだし。
「上手く出来るかは分からないけど、グリーソンさんに手伝ってもらおうかなって思ってる」
もちろん詭弁だ。手伝ってもらわなくとも十分作れる。
「だよねー。一瞬、全部自分で作るのかと思った」
「それは無いよ。僕だって料理は初めてなんだから」
ある意味凄いな。発したセリフが全て嘘。
自分で作るし、料理は初めてどころか料理歴4年だわ。
その後、俺はタルトを作る旨を、アリナお姉さまに言ったのとほぼ同じ文面で伝えた。
父上からの回答は、「出来たら1つ貰いたい」の1言だけ。
楽しみにしてそうだったし、王城がお菓子フィーバーになる予感しかしない。
俺は「はい」とにこやかに返事をしながら、内心で冷や汗をかいていたのだった。
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