第七十八話 マイペース
「あ、あのぉ、ありが、とう、ございますぅ」
「いや、別に気にしなくていいぞ」
「でも、僕ぅ、凄いん、ですねぇ。まだ小さいのにぃ。でも、あれは、なんです、かぁ?」
……ふむ、ついつい助けてしまったが、この女、なんとものんびりした喋り口調をしてるな。垂れ目がちで胸も随分と大きな女性で、男ウケは良さそうだが、なんだか凄く隙だらけな雰囲気がある。
もしかして、だからこそ、あんな連中に捕まったのかもしれないが。
「あれはまぁちょっとした魔導具だ」
「へぇ~、最近のぉ、魔導、具、ってぇ、凄いんです、ねぇ~」
な、なんか聞いてるとむず痒くなってきそうな喋り方だな……。
「あのぉ、何かお礼をしたいの、です、がぁ」
「いや、今も言ったが気にしなくていい。私が好きでやったことだ」
「それはぁ、いけ、ません。院長、からぁ、親切にされたらぁ、必ずお返しをしなければぁ、いけません、と、教えられ、まし、たぁ」
か、会話が遅い……。しかし院長? よくわからないが、とにかく何かお返しをしたいらしいが。
「そう言われてもな。今お礼を言ってもらったしそれで十分」
「そう、だぁ。実は、私ぃ、宿にぃ、行くつもりぃ、だったの、ですぅ。そこのぉ、料理が、美味しいしぃ、子どもたちもぉ、いい子ばかりぃ、なんですぅ。そこでぇ、お礼をさせてくださぃ。そうしま、しょう」
パンっと手を叩いて、閃いたとばかりに言ってきた。いや、それお前が決めるのか……。
「さぁ、行きましょう」
「気持ちだけで十分だ。私には他にいくところが」
「あぁ、!」
とにかくその申し出を断ろうと思った私だが、何かを思い出したように彼女が声を上げた。しかし、その動作すらもなんだかのんびりだ。これだから変な男につけこまれるのではないか?
「そうで、すぅ。私ぃ、宿が、どこかぁ、さがし、て、いたんでしたぁ」
「は?」
「さっき、のぉ、男の人に、もぉ、それでぇ、宿の場所を、聞いたの、ですがぁ」
なるほど。目的の場所がどこかわからなくなった。つまり迷子になったから途中であの連中に道を聞いたが、こんな感じだから騙しやすいと思われ、今に至るというわけだな。
「こまり、ましたぁ。折角ぅ、お礼を、しようと、思ったのにぃ」
「ふぅ、全く仕方のない奴だな。その宿の名前はわかるのか?」
「名前、です、かぁ?」
「そうだよ」
のんびりとしてるうえ、妙に途切れる口調だからまどろっこしい。思わず私の語気も強まった。
「え~とぉ、確かぁ……」
「なんだ? 初めて行くのか?」
「いえぇ、何度かぁ、行ってるんですよぉ」
いや、それなのに何故迷う? 何故名前が出てこない? だ、大丈夫なのかこの女は……。
「あぁ、思い、出しましたぁ。【太陽の小町亭】という名前、ですぅ」
「……まさかそことはな――」
「ほら、ここが太陽の小町亭だ」
「わぁ、重ね重ね、ありがとう、ございますぅ」
よりにもよってこの女が探していたのは私がオーナーになっている宿だった。つまりまた戻ってきたことになる。
……本当は道だけ教えて終わらせたかったのだが、この女、私がいくら教えても全く違う方に行ってしまって話にならなかったからな。
だから連れてきた。にしても、途中で猫を見つけては、猫、ちゃんだぁ~と追いかけ始めたり、子どもの遊び相手をしだしたり、マイペースが過ぎる。おかげで大した距離でもないのに妙に時間が掛かってしまったぞ。
「とにかく、ここまでくればもう大丈夫だな。それじゃあな」
「あぁ~待って、くださ~ぃ」
「くっ、は、放せ! そ、それと、その、重たいものを、あ、頭に乗せるな!」
「えぇ? 重たい、もの、ですかぁ~?」
さっさと立ち去ろうと思ったのだが、後ろから抱きつくようにされ、頭部にその、大きなものが2つ、乗ってるんだよ!
「あのぉ、お礼をぉ」
「だからお礼はいいと……」
「あ、スロウおねぇちゃんだぁ」
「本当だぁ。お姉ちゃんだぁ~」
宿の方から子どもたちの声が聞こえてきた。くそ、見つかったか! てか、スロウお姉ちゃん?
「スロウお姉ちゃん今日は早いねぇ」
「はいぃ、この少年くんに、助けてもらってぇ、ここまでぇ、案内してぇ、貰ったのですぅ」
「少年くん? あ、オーナーだぁ」
「本当だぁ。スロウお姉ちゃん、この子、うちの宿のオーナーさんだよぉ」
「え? オーナー、さん、ですかぁ?」
く、くそ! 結局バレてしまった! 面倒そうだから離れようと思ったのに!
「何か色々大変だったんだねぇ」
「ですが、オーナーのおかげで大事にならずにすんで良かったです」
「はい、ですがぁ、貴方がぁ、オーナーだったとはぁ、世間は狭いの、です、ねぇ」
「全く……」
私は今、太陽の小町亭の食堂であの女と対面している。この女の名前はやはりスロウというようで、どうやらここで手伝っている子どもたちと同じ孤児院で育ったようだ。院長と口にしていたのはそれでか。
勿論ここで手伝っている子どもたちより彼女の方が年上だから孤児院でもお姉ちゃんという立場にいるようだが、こんな姉で本当に大丈夫なのか? そこはかとなく不安になるぞ。
「お姉ちゃんはねおっちょこちょいなの」
「そしてすごくマイペースなんだよ~」
「マイペース過ぎて良く道を間違うのぉ」
「目的地も良く見失うんだよねぇ」
「あははぁ、そんなにぃ、褒められるとぉ、照れちゃう、よぉ」
「誰も褒めてないだろ」
思わず表情が苦くなる。聞いていたウレルも苦笑いだ。えぇ~? と視線を上げて顎に指を添えるスロウだが、わかってないのか。わかってないんだろうな。
「こんな調子でよく今まで無事やってこれたな……」
「ちょっと心配ではあったんですけどね……子どもたちの様子を見によく来られるのですが、いつもここまで迷ってやってきてましたから」
「私も何度か探しに行ったの」
キャロルもそんなことを……しかし、いつも迷っているのか……方向音痴どころの騒ぎじゃないな。子どもたちの様子を見るどころか逆に心配されるレベルだろそれは。
「あ、そう、そう、ここの、料理が、美味しいのですぅ。食べたこと、ありませんよねぇ?」
「あるに決まってるだろ」
「スロウおねえちゃん、お兄ちゃんはここのオーナーさんなんだよぉ」
「それにぃ、サービスもすご~く、いい、と、評判なんですぅ」
「当然サービスのこともよく知ってるな」
「お、オーナーですからね……」
「なんでもぉ、本当はすごく極悪なぁ、夫婦がぁ、経営していた、らしいのですがぁ、オーナーのおかげでぇ、経営者が変わってぇ、夫婦も改心したそう、ですぅ」
「極悪で悪かったな!」
「その経営者は一応僕とキャロルですね」
「いつも顔を合わせているよね」
「そして当然だがその経緯を私は知っているぞ」
「わぁ、すご~い、僕は物知りぃ、なんだねぇ~」
「スロウお姉ちゃん。その僕がオーナーなんだよ」
「えぇ……? あ、そうでしたぁ。テヘッ」
テヘッ、じゃないだろう。コツンっと自分の頭を叩いて、くそ、仕草だけみれば可愛いぞ。
「とにかく、ですねぇ、お礼にぃ、ここの料理代はぁ、私がぁ、出しますねぇ」
「全くその必要はないんだが……」
「あ、せっかくなのでぇ、泊まっていくのはぁ、どうですかぁ? 凄く、いい宿ですからぁ、オススメ、ですよぉ」
「スロウさん、オーナーはこの宿に自分の部屋をもってますので」
「えぇ~?」
な、なんだか会話していて凄く疲れてきたぞ。しかもなし崩し的に一緒に食事を摂る事になってしまった。一体何をしてるんだ私は。
「お姉ちゃん、それでお仕事は大丈夫なのぉ?」
「僕たちのお仕事より、スロウお姉ちゃんのしごとのほうが、心配だよぉ」
「えぇ~? みんなぁ、心配性だなぁ~、でも、お姉ちゃんは、大丈夫だぞぉ。こうみえて、しっかりしてるのだぁ~」
「どの口がそれを言う」
間違いなくしっかりという言葉と対極の位置にいるだろう。一体どこからその自信が生まれるのか。
「全く。むしろよく雇ってくれるところがあったな。何かのコネか?」
「むぅ~、違いますよぉ。しっかりぃ、面接をしてぇ、合格したのですぅ」
「面接ねぇ。それでどこに決まったんだ?」
「それは、ですねぇ、なんと、なんと、え~と、あれれぇ? ……うっかり忘れちゃいましたぁ」
おいおい、お前の仕事先だろ……。
「もうお姉ちゃんしっかりしないと~」
「あははぁ、ごめんねぇ~」
「逆に子どもたちに心配されてどうする」
「本当に大丈夫かこの姉ちゃん?」
調理場のあいつにも心配されるようじゃいよいよだな。
「え~とね、お姉ちゃんは今度、冒険者ギルドの受付嬢になるんだよ!」
「あぁ、そうでしたぁ。私ぃ、受付嬢になるんですぅ~」
う、受付嬢? このスロウが、冒険者ギルドのか?
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