第5話 勇者の物語
「ん……」
耳元でスマホの通知音が鳴り響いてる。 まだ3割も覚醒していない体を動かしてスマホを見る。 半開きの眼で見てみると、どうやら友人からの通話のようだ。
「もしもし」
「お前絶対今起きただろ。 2限の講義遅れるぞ」
「……あぁ、たしか出席票配る先生だっただろ? 俺の分も貰っといてくんね」
「いいけど、昼飯奢りな」
「ん」
通話してて、ようやく頭が回ってきた。 えっと、昨日は剣道の練習してから、友達と飲んでそのまま寝たんだっけかな?
そんなことを思い出しつつ、特に焦るわけでもなく家を出る準備をする。
大学も3年になると慣れるというか、たるんでるというか。 自覚はあるけど、この今しか味わえない自堕落な生活から抜け出せそうにない。
「じゃあ行きますか」
軽くシャワーを浴びて服装は目の前にあったのを適当に着る。練習着とスマホのバッテリー、財布ぐらいしか入ってないカバンで外に出る。おっと、イヤホン忘れてた。
「今日暑いなぁ。 服装しくったわ」
まだ5月なのに太陽の日差しがかなり強い。 服装をミスったと思ったが、着替えていたら講義に間に合わないので、仕方なくそのまま歩く。暑いのは外だけで、どうせ電車と大学の中は快適なはずだしな。駅までは歩いて10分くらいだ。
「◯◯行き電車が3番線に到着します。 黄色のラインより内側でお待ちください」
ちょうどよく電車が来るようだ。少し急ぎ足で階段を登る。
「ちょっと、あっくん先に行っちゃダメでしょ!」
隣の赤ん坊を抱いた女性が叫ぶ。 どうやら子供が走って先に行ってしまったらしい。 駅のホームを小さな子どもが走っている。
「あっくん! そこで待ってなさいよー!」
走り回ってる子どもを見て、子育てってのは大変なんだな〜とか思ってみる。あ、こっち見て少し笑ってる。可愛いもんだ。
でも、ちゃんと前見てないと危ないぞ。
「あっくん!!」
子どもが線路の方へこけている。
自分の体も自ずと子どもの方へと向かっていた。なんとか子どもの手を掴んでホームの方へと投げ飛ばす。
「あ……」
本当に何も考えずに体が動いていた。 そりゃあ投げ飛ばした反動で俺が線路へ落ちるよな。自分を悪い人間だとは思っていなかったが、人の為に命を捨てる人間だとは思わなかったなぁ。なんて死に際だからなのか思考が加速する。
色んな人の悲鳴が聞こえてくるし、非常停止ボタン押してるのも見える。それに、電車がもうすぐなのも見えてる。 自分が線路に落ちていくのだって。
あぁ俺死んだわ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
心優しき者よ
心優しき者よ我が大地を救ってほしい
なんだかふわふわして心地がいい。 まるで体がないみたいだ。
それなのにずっと聞こえてくる声で眠れない。
心優しき者よ我が大地を救ってくれぬか
あぁ煩わしい。 とってもいい気分なんだ。 静かにしてくれ。
我が大地を救ってくれぬか
「あぁ煩いな! 分かったよ、救うよ!」
おぉ心優しき者よ
我が愛しの大地に降り立ち、大地に平穏を!
はやく寝たくて返事をする。
ようやく静かになって寝れる…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
騒々しいなぁ……。 てか眩しいし。まだ寝てたいのに、これじゃ寝てられない。
「◯◯◯! ◯◯様!」
耳元で誰かが呼んでる気がする。 思い瞼をこじ開けて、周りを見てみる。
「……」
ここどこだ? 周りに居るのは明らかに日本人顔じゃないし、場所も見覚えがない。
「勇者様! 勇者様!」
耳元の声の方を向いてみると、金髪碧眼のいかにも良いとこ育ちな女性がいた。勇者様とか叫んでめっちゃ興奮してる。意味の分かんない夢だな。早く起きなきやって思ってると右腕の甲に痛みがはしる。
「やっぱり勇者様だわ!」
耳元の女性が更に興奮して叫ぶ。 右手の甲には刺青みたいな模様が入ってる。めっちゃ痛い。
「……え? 痛み感じてる!!」
これ夢じゃないの!? なんだこれは! 落ち着いて思い出せ。 俺はどこで何をしていたんだ。 ……えーっと、ダメだ記憶が曖昧だ!
「この世界の危機に勇者様が降臨されたわ!」
耳元の女性が感極まった様子でまたしても叫ぶ。
「あぁ、煩いな! さっきから勇者様勇者様って何なんだよ!」
「勇者様はこの世界の脅威、魔王を討ち倒す者ですわ」
「はい?」
まじでこの子が何言ってるのか理解が追いつかない。
「勇者様って誰?」
「勇者様は勇者様ですわ」
「だから誰なの!?」
「その右手の紋章! 貴方様こそ勇者ですわ!」
「……。 はあぁぁぁぁぁああ!!??」
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