第4話 ゲダイマイト
あの時、我が宅には、ジェニー・アレンが滞在していました。
柔道をする、私の足より大きい足を持つ女性です。
当然、私の靴より大きい靴を履き、玄関に並べられている二人の靴がこれほど滑稽に見えたことはありませんでした。
しかし、テレビで伝えられるニュースはけっして滑稽ではありませんでした。
東京タワーの灯りも消されていました。
銀座の街には、弔旗が掲げられました。
銀座ばかりではありません、日本の繁華街の至る所で、静寂が支配していたのです。
ちょうど、三十年前の出来事です。
「みものおもい」と言います。
天皇の死を悼み、喪に服すると言う意味です。
漢字で書けば、「諒闇(りょうあん)」となります。
新天皇はもちろん、国民のほとんどが、昭和天皇の崩御を悲しんだのです。
まさに、日本は、諒闇の思いに満ちた国になっていたのです。
しかし、このたびはどうだろう、テレビで天皇陛下が伊勢の神宮にご参拝に行かれると、沿道には、多くの人が出て、そのお顔を一目見たいと溢れているのです。
歓声があがり、感謝の呼びかけがなされ、涙を浮かべる人もいました。
元号は違憲だと、国民の連続した時間を奪うものだと訴訟を起こした人がいると言うことを耳にしましたが、その人たちは、この光景をどう見たのだろうかと思うのです。
天皇が国会に出るときには、議場に出てこない政党もあります。その政党の人たちは、果たして、これだけ多くの日本人の思いをどう受け止めているかしらって、思うのです。
時間を奪われたなどと、一つも思っていない。
天皇制があるから、生活が苦しいなどと一つも思っていない。
むしろ、時間を共に過ごせたことに、懐かしみと感謝を込めている。
むしろ、そんな国だから、誇りを持ち、胸を張っていられる。
そんな風に思えて仕方がないのです。
新天皇のご即位前に、新元号が公表されるのはいかがなものかと言う反論もありました。
インターネットで世の中が動く昨今、昔のように悠長にことを進めるわけには行かないのです。
世界は、社会は、さまざまな準備が必要なのです。
だから、政府はあえて、それを断行した、いや英断であったと思っているのです。
おかげさまで、平成の時がそうであったように、初め耳慣れなかった令和も、ここにきて、しっくりとしてきました。
世界には、悲しい哉、独裁者と言われる指導者が今でもいます。
その指導者を讃える民衆の、演出された表情、どこか冷めて、それを見てしまう私ですが、今回の日本国民のそれには、そのような造作は見て取れません。
きっと、小さな地域に君臨する彼らは、その光景を羨ましく思ったに違いないと思うのです。
何故、日本の天皇陛下は、かくまで国民から愛されるのかと。
三十年前、ジェニー・アレンが、私にその日の新聞をくれと言ってきました。
大きな活字が踊る、あの日の新聞です。
誠に失礼ながら、記念に持っていきたいと言うのです。
彼女は、柔道家であり、日本語をオージーの子供に教える教師でもあったのです。
きっと、これを教材にして、日本の特別な日の、出来事を伝えてくれるに違いありません。
だから、私、近くのコンビニに走り、そこにあった新聞を買ってきて、彼女に渡したのです。
おそらく、彼女、日本の素晴らしいあり方を肌で感じ取り、未来のオージーたちに北半球のユーラシアの東の果ての列島に、こんな国があると、メガネの奥に麗しい涙を溜めて授業をしてくれたに違いないと思っているのです。
WhatsAppで、私のGOKUが、ゲダイマイトと叫んできました。
キンダーで、先生から教わった、オージー語です。
オージー独特の英語を喋り、それを私に教えたくて仕方がなかったと言います。
これは丸、これはトライアングルと、三角と言えなくなってしまっている幼な子のGOKUですが、この子も、きっと、ジェニー・アレンのような教師に出会って、日本の素晴らしさを教えてもらい、日本人としての誇りを身につけていくのだと、そう期待をしているのです。
天皇陛下の親指 中川 弘 @nkgwhiro
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