第158話 ルミのターン

「ねぇ、お兄ちゃん。ルミ疲れちゃったー。おんぶしてー!」

「断る」


 街の門へと向かう途中、突然ルミがおんぶをしてくれと言ってきた。

 幼いユーリヤはともかく、人間換算で十二歳のルミが何を言っているのだろうか。


「どうして? あの女の子は抱っこしてもらってたのにー!」

「ユーリヤの事か? ルミは六歳児と同じ事をして欲しいのか?」

「そ、そういう言い方をされると……せっかくママから色々教わって来たのに……」

「ん? 何か言ったか?」

「べ、別に……」


 何やら言いたげなルミが、再び黙って歩きだす。

 しかし、ユーリヤと比べるのは酷だが、ルミの身長は俺の胸の高さにも届かない。

 当然歩幅も短いので、少しだけ歩くペースを落としてやろうか。

 少しだけだけどな。


『ヘンリーさんは、やっぱり幼女には優しいんですね』

(幼女には……ってどういう意味だよ。俺は誰にでも優しいっての)

『そうでしょうか。……正直、ソフィアさんやコートニーさんには厳しいというか、理不尽な気がします』

(そんな事は無いと思うんだが)


 全く身に覚えの無い事を言われて困惑していると、


「きゃー! お兄ちゃーん。大きな犬がいるよぉー」


 今度はルミが俺の腰にしがみついてきた。


「……どう見ても小型犬なんだが」

「ううん。ルミにとっては、すっごく怖いんだよぉー。だから、暫くこのままで居させてー」

「……歩き難いんだけど」

「もうちょっと。もうちょっとだけだからー」


 ルミが両腕を俺の腰に回して来たので仕方なく立ち止まる。

 ルミは一体何がしたいのか、俺の身体に自分の身体を押し付けていた。


「……もういいか? 行くぞ」

「あっ! お兄ちゃんっ! ……どうしてっ? 胸を押し付けたらイチコロだってママが言ってたのに。こ、こうなったら……」


 ルミが一人で何か呟いているが、何かの呪文詠唱だろうか?

 街中で魔法を使うのはやめて欲しいのだが……どうやら違ったらしく、俺の視線に気付いたルミが走り寄って来る。

 そしてルミが俺のすぐ傍を歩いていたかと思うと、突然走り出し、


「お兄ちゃん! ねぇ見て! これ可愛いー!」


 道端で絨毯を敷いて、何かの小物を売っているお姉さんの前にしゃがみ込む。


「これは……何だ?」

「もー、お兄ちゃん。髪飾りに決まっているでしょー!」


 水色の花弁をモチーフにした髪飾りの前でしゃがみ込んでいたルミが、頬を膨らませながら俺の方へ身体を向ける。

 なるほど。言われてみれば確かに髪飾り……って、ルミ。短いスカートを履いてしゃがみ込んでいるから、ピンク色のパンツが丸見えなんだが。

 教えてあげた方が良いのだろうか。

 そう思って改めてルミの顔を見てみると、何故か異様に赤い。

 おんぶして欲しいと言っていたし、熱でもあるのか?

 ルミの小さな額に手を伸ばして、熱を測ってみようと思った所で、


「うふふ。可愛い妹さんですね。今日は兄妹でお買い物ですか? 良かったら、つけてみます?」


 露店のお姉さんが髪飾りを手に取り、ルミの髪の毛につけてくれている。

 上半身をかがめて、しゃがみ込んだルミに手を伸ばす綺麗なお姉さん……胸が、胸元からダイナミックに谷間が見えてますっ!

 これは……凄い! 巨乳三銃士には劣るものの、彼女たちに次ぐマーガレットくらいの大きさだ!


「可愛いー! 妹さんに凄く似合ってますよー!」


 お姉さんが前かがみになったまま、ルミを褒める。

 ルミ、GJだ!

 こんな至近距離でお姉さんの胸元を凝視出来るなんてっ!


「妹さんには、こっちの髪飾りも似合うんじゃないでしょうかー」

「じゃあ、それも一度つけてもらっても良いですか?」

「はい。じゃあ、ちょっと待っててくださいねー」


 お姉さんが絨毯の上に置かれた別の髪飾りを手に取り、再びルミの髪の毛へ。

 うひょー! 揺れてる。超揺れてるよっ!


「ありがとうございましたー!」


 気付けば、俺は五つも髪飾りを買ってしまっていた。

 正直、見事にお姉さんの罠にはまった気もするが、後悔はしていない。


「ルミ、似合ってるぞ。良かったな」

「……お兄ちゃん。ずーっと、お姉さんばっかり見てたでしょ」

「な、何の事だっ!? そ、そんな事は無いぞっ!」

「もぉっ! ルミだって恥ずかしかったのにーっ!」


 何だろう。

 ルミは他人に髪の毛を触られるのが恥ずかしいのだろうか。

 それともルミがエルフだから、何か髪に特別な想いがあったりすのだろうか。

 だったら、何故髪飾りの前で足を止めたんだ?

 ルミの思考がイマイチよくわからないと思っていると、


「……ママ。ルミはどうしたら良いの?」


 今度は泣きそうな声で何か言っている。

 そう言えば、ルミとはエルフの村とか、洞窟の中とかでしか一緒に行動していなかったな。

 ルミは人間が多い街が苦手なのだろうか。

 そんな俺の考えを肯定するかのように、


「お兄ちゃん。人が多くて迷子になるかもしれないから、手を繋いでー」


 ルミが手を伸ばしてきた。


「いや西門側への通りは、むしろ人が少ないだろ。というか、迷子って」

「……ほ、ほら。ルミは可愛いからー、人攫いとかに攫われちゃうかもしれないしー」


 ルミが俺を見上げ、またもやよく分からない事を言ってくる。

 普通の盗賊レベルなら、瞬殺出来るだろうし、こんなに明るいうちからそんな事をしてくる奴なんて居ないだろう。


「大丈夫だ。俺の傍に居る限り、ルミは必ず護ってやるよ」


 そう言うと、何故かルミが俺を見上げながら顔を赤く染める。

 俺が何か言葉の選択を誤ったのだろうか。

 人攫い以外からも守れよ……という事か?

 いや、わざわざ言わなくても、もちろん守るつもりだが。


 待てよ。よく考えたらルミはエルフで、エリーのお母さんに渡した髪の毛の本人だ。

 あの魔族が自ら来るとは思えないが、手下などが襲って来る可能性はゼロではないな。

 念のため……と考えを改め、ルミの手を取ると、


「お、お兄ちゃん!?」

「ルミは必ず護るけど、この方がより安全だろ?」

「うんっ!」


 急に機嫌が良くなった。

 どうやら、本当に迷子になるのを心配していたらしい。

 既に西門が見えているし、街道をひたすら西に向かって進むだけなので、迷いようがないのだが……まだまだルミも子供のようだ。


『ヘンリーさんは、自分自身を自ら窮地に追い込んじゃう人なんですね』


 よくわからないアオイの言葉をスルーして、西門から街を出た。

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