第141話 三種の魔力

「にーにーっ! にーにぃぃぃっ!」


 閲覧の間を出て、テレポートを使う為に人気の無い場所を探していると、大泣きしているユーリヤが走ってきた。


「どうしたんだ、ユーリヤ?」

「だって、だって、にーにがいなかったーっ!」


 走り寄って来たかと思うと、俺の胸に飛び付き、先日と同じ怪力でしがみついてくる。

 これ、死ぬやつ。このまま絞められ続けたら、俺の骨が折れるやつだ。


「す、すみません。お子さんをお預かりしたのですが、目がさめた時にヘンリー様の姿が見当たらず、物凄い力で振り払われてしまいまして」


 ユーリヤの後を追って、先程のメイドさんも走ってきた。

 俺ですらキツいと言うのに、華奢なメイドさんがユーリヤの力で払われた……って、大丈夫か?


「だ、大丈夫ですか?」

「は、はい。私は別に……」

「ちょっと見せてくださ……って、腕が腫れているじゃないですか! ……ヒール!」


 ユーリヤにしがみつかれたままメイドさんに近寄り、その腕を治す。

 ユーリヤとしては俺を探したかっただけなのだろうが、普段はともかく泣き出すと力の制御がおかしくなるからな。

 本来ならば、そんな事をしちゃダメだ……と教えたい所だが、ただ時間がない。

 メイドさんに謝り、ユーリヤを抱っこしたまま走り続ける。


「ユーリヤ。今から俺は悪い人を倒しに行かないといけないんだ。シャロンお姉ちゃんの所で待って居られる?」

「やだっ! にーにがいいっ!」


 だよねー。

 通常時ならまだ何とかなる可能性があったけど、今のユーリヤは絶対に離れてくれないだろうな。

 どんな相手かは知らないけれど、一人しか居ないみたいだから背後から攻撃されたりしないだろうから、ユーリヤも連れて行くか。

 というか、連れて行かざるを得ないか。

 俺よりユーリヤの方が怪力だから、腕力で無理矢理引きはがすという事も出来ないし。

 一先ず、いつもの移動場所――正門を出て少し進んだ場所を目指していると、


『お兄さんっ! なんだか街の様子が変だけど、何かあったの!?』


 マーガレットからメッセージが届いた。

 走りながらメッセージ魔法でやり取りをしていると、ジェーンと共に商店街に居るという事が分かり、一先ず二人で錬金ギルドへ向かって貰う事にした。

 そして周囲に人が居ない事を確認し、


「テレポート!」


 一瞬で切り換った視界には、燃え盛る建物群でオレンジ色に染まる、変わり果てた街並だった。

 錬金ギルドの正門の下にある階段を下りて行くと、


「まだ人が居たのか! そこの少年! 早く逃げなさい! ここは危険だ!」


 完璧に武装した騎士が近づいてきた。


「俺は第三王女直属特別隊の隊長、ヘンリー=フォーサイスです。錬金ギルドに居た人たちは、皆救出したのですか?」

「えっ!? ……あっ、十代半ばにして娘が居て、妻が少なくとも三人は居るという、あの……失礼しました。私が受けた報告ですと、中に人が居ないという話だったのですが……」


 おい待て。何だその俺の情報は!

 いや、突っ込んでいる場合じゃないか。

 騎士は、全員救助したはずなのに中から俺が出て来たように見えて困惑しているといった感じだ。テレポートの魔法の存在を知らないから仕方ないが。


「では暴れている男というのは、どこですか!?」

「はい。例の男は、北東に向かって進んでいます」


 言われた方角を見てみると、建物を無視して、真っ直ぐに破壊の跡――人が通れる程の「道」が出来ていた。


「あっちか!」

「ヘンリー殿! 危険ですので、幼女――もとい娘さんは、連れて行かない方が……」


 俺だってわざわざユーリヤを危険な場所へ連れて行きたくなんかないっての!

 心の中で突っ込みつつ、道を駆けて行くと、十人程の騎士たちに囲まれた大きな男が見えた。


「あいつか!」


 俺よりも頭二つ分は背が高く、大柄という事と、男にしてはかなり髪が長いというだけで、とりたてて脅威には思えないのだが、男を囲んだ騎士たちは牽制するだけで、攻撃しようとはしない。

 騎士団長から話を聞いた通り、足止めに徹しているようだ。


『ヘンリーさん。ユーリヤちゃんを離しましょう』

(ん? もちろん俺だって、そう思っているんだが)

『いえ、冗談抜きにマズいです。まだ詳細な情報は分かりませんが、あの男……かなり強い魔法の力で強化されています』

(神聖魔法を使うのか)

『それが……神聖魔法の魔力も感じるのですが、うーん……』


 珍しくアオイが魔法の事で口ごもる。

 いつもなら魔法なら何でも任せろといった感じのアオイが困惑する程、変な魔法が使われているのだろうか。


『ヘンリーさん。ちょっと私も理解出来ないのですが……あの男から神聖魔法と暗黒魔法、それと僅かながらエルフの魔力を感じます』

(どういう事だ!? 神聖魔法と暗黒魔法は相反するって言ってなかったっけ? それにエルフ……って、あいつはエルフなのか?)

『その通りです。神聖魔法を使う者は暗黒魔法を使えないというのがセオリーなのですが、現に両方の魔力を感じます。あと、どう見てもあの男は人間なのですが、どうして体内からエルフの魔力を感じるのかは、わかりません』

(いずれにせよ、暗黒魔法っていうのが嫌な予感しかしないな)


 一先ず、激しい戦いが予想されるため、ユーリヤに俺から降りてもらおうとして立ち止まり……断固として拒否されてしまった。

 暫くユーリヤを宥め、良い子だからと頭を撫でてみても、離れてくれない。

 だが民家が破壊されているのを目の当たりにしているので、時間が無い中の妥協案として、


「にーに。がんばってー!」


 ユーリヤをおんぶしたまま戦う事になってしまった。

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