第15話 存在していなかった

 結論から先に言うと、あなたは元々存在していなかった。


 正確には、あなたが初めて生まれたのはこの空と海の世界。


 心と魂が肉体を離れた時。つまり私が死んだときにあなたは生まれたの。


 死んだ人は普通、心も魂も眠ったままそれぞれが分離する。


 心は記憶と共に本になり、魂は次の人生を歩むために別の肉体に宿る。


 でも、私はあの時に何故か目覚めてしまった。


 目覚めた心の一部は自我を持ち、そのまま一つの思念となった。


 そして心を捨て去り、魂だけの抜け殻として新しく生まれた。


 それが、あなた。


 そして、もう一つ。残った心の一部は眠り続けていたけど。


 目覚めた際に無くなった心の一部を別の記憶と感情で補われて目覚めた。


 それが、私。


 あなたと私は元々一人の人間だった。


 あなたが最近昔を思い出せなくなってるのは多分私のせい。


 本来存在しないあなたの中の記憶が、私に還ってきているから。


 このままだと、あなたは今ある自我さえ無くしてしまう。


 そうなったらあなたはいよいよ本物の抜け殻になってしまう。


 そして、私も…。


 あなたが私の過去をどこか見覚えがあると言ったのも当然の話なの。


 だって、それは実際にあなたが経験したことでもあるんだから。


 …次の場所へ行こう。


 ***


 この夜の桜並木の通り道。


 ここは生前に私が多くの時間を過ごして、心に大きく残った場所。


 どんなに辛くて苦しくても、この場所に来てゆっくりしていれば少しだけ楽になれた。


 でも、所詮それは気休めに過ぎない。


 帰ればまた、あの凄惨な時間が待ってる。


 ある時それが嫌で嫌で、たまらなくなって私は逃げ出した。


 逃げて、逃げて、この通り道を一心不乱に走った。


 どこに続いているかもわからないけど、それでも帰るよりはマシだと信じてた。


 …そして、辿り着いたのがこのネオン街。


 誰もいないのが心地よく感じて、私はしばらくこの街を彷徨った。


 でも、すぐに限界は来て、私は力尽きてしまった。


 そしてそこで、私の命は終わった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます