第9話 気が向いたら

「よっ、と」


 いつも誰かの心を壊している時のように、私はこの場所へ降り立つ。


 真っ暗で何も見えず、足元に地面があるかどうかも分からない。


 その空間に唯一存在する光源がある。


 それがその人の心である。


 …さて、見つけた。


「起きてはいない、わね。当たり前だけど」


 心が眠っていることを確認した私は鍵を取り出し、光に掲げる。


 心を壊す時は光を鍵で吸い取ってしまうのだが、今回は逆に鍵から光を発し、その光に当てる。


 やったことはなかったけど、上手くいったようだ。


 …あなたは、誰?


 光から声が聞こえる。


 どうやら眠っていた心が起きたようだ。


「私は…誰でもない。ただの抜け殻よ」


 よく、わからない…


「そうね。実際のところ、私もよくわからないわ」


 私は、どうなったの…?どうして、こんなところにいるの…?


「さぁ。それはあなたが一番わかってるんじゃないかしら」


 ………。


「あぁ、思い出したくないなら別にいいわよ。あなたの過去にも興味はないし」


 …ごめんなさい。


「謝る理由がさっぱりわからないけどまぁいいわ。本題に入りましょう」


 本題?


「そ。今あなたには二つの道がある。このままここで消えるか、新しい人生を始めるか」


 消えたらどうなるの?生まれ変わったら今の私はどうなるの?


「そこまでは知らないけど、どちらにしても今のあなたの自我は残らないんじゃないかしらね」


 それは、ヤダなぁ…。


「嫌?どうして?」


 どうしてって、自分が自分で無くなっちゃうんだよ?そんなのはすごく怖いよ。


「理解できない感情ね。理解したいとも思わないけど」


 そっか…。


「話を戻しましょう。それで?あなたはどうしたい?」


 …どっちも、嫌。私、消えたくなんかない。


 私はもう死んじゃったけど、このまま消えたくない。せっかくこうして話し相手もいるんだし、もうちょっとだけでも一緒にいたいよ。


「話し相手?私が?」


 あんまりにも予想外のことを言われて、全く予想外の言葉が口から出た。


 この子は、私を友達か何かだと思っているのだろうか。


 意味が分からない。理解できない。


 たった一言二言しか会話していないのに。


「…はぁ、そう。ま、いいわ。あなたの好きにすればいい」


 そう言って私はこの子の心から立ち去ろうとする。


 また、来てくれる?


「ま、気が向いたらね」


 言い残して私は一度その場所を後にするのだった。

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