第五話 テンプレという名の事案
◆◆◆ 荒神裕也――
いわゆるチンピラという生物だろう。
生前いた世界でもこういった跳ねっかえりは多く見られたが、やはりどの世界にもこういった人種は一定数存在するらしい。
七人の冒険者。
おそらくステータスでパーティ申請でも組んでいるのだろう。揃いのアーマープレートに竜の牙の衣装が彫られ、腕をまくし上げた衣服の下から揃いの刺青が覗いていた。
死者の象徴たる髑髏と漆黒の六芒星。
自慢げにさらけ出す刺青は寸分たがわず男たちの肌に刻まれてあった。
「見ろよ、おい。すんげぇ上玉」
「ひゅぅ、一人は傷ものだが育てば悪くねぇんじゃねぇか?」
「おうおう随分と羽振りの良いねぇちゃん連れて楽しんでんじゃねぇか」
「なぁ兄ちゃん、俺達に遊ばせてくれよ」
「……あぁん?」
馴れ馴れしく組んできた腕を払いのければ、キョトンとした表情が返ってくる。
酒瓶片手にたむろしていることからわかるが、こいつら酔ってやがる。
小さく息をつけば、再びリーダーと思しき青年が俺の肩に手を回し酒臭い顔を近づけてきた。
「なぁなぁ、兄ちゃん。どうやったらこんな美人連れまわせんだ? 幼女から、そこそこ育ったガキ。そんでもって成熟した女二人なんて贅沢すぎんだろ。お前はあれか? 噂にたがわぬ変態さんって奴なのかぁ?」
酒気を帯びた息づかい。
周囲から突き刺さる視線が連中に向けられるが全員酒に酔っていて気づいていないようだ。
いまから死ぬか生きるかって時にこれとはよく冒険者なんてやってられるな。
握りしめた殺気を隠そうともせず、ギリリと小さく怒りを引き絞る音が俺の手のひらから聞こえてきた。
「……一度しか言わねぇからよく聞け。今すぐ俺の視界から失せろ。面倒ごとはごめんなんだよ」
「ぎゃははっはっは!! 面倒ごとはゴメンだあ? 男のくせに怖気ついちまったんちゅか? カッコわりぃなおい!!」
「……なぁ。こいつら殺しちまっても許されると思うか?」
「いやいやそれはちょっとまずいと思うんで、とりあえずパパッと社会見学させてあげた方がいいんじゃないですか? ほら、彼らもまだお若いみたいですし」
「テメェが言うのか。……まぁ俺もだがな」
脱力と同時に一気に腰を落とし、強引に肩を組んできた男の顎に掌底をぶち込む。
一瞬浮き上がるその体躯。
無防備にさらけ出したリーダー格の青年の意識を一瞬で刈り取れば、返す刀で二人目のバカの股間を蹴り上げた。
「おー容赦のない見事な手際。さすがですねー」
絶叫虚しく白目を剥く取り巻きの一人。
二人分の男が道端に倒れ伏すと同時に、後ろからヤエの場違いな拍手が飛び交い、動揺する取り巻きの声が虚しく喧騒にかき消された。
「テ、テメェ等!! いきなりなんて卑怯だぞ!!」
「人の女掻っ攫おうなんて見え透いた下心持つ下衆が言えた台詞じゃねぇなオイ。それに公共の迷惑を排除して何の問題があんだよ」
「いやー今時いるもんですねぇガッチガチの不良少年ってのが。全部で七人ですか。いやーこれぞ祭りの醍醐味って奴ですね。どうします荒神さん」
「雑魚が何人集まろうが雑魚には違いねぇ。さっさとのして路地裏にでも転がしときゃ面倒はねぇだろ」
「そこで放置しないところが、荒神さんらしいですよねー」
「したり顔キメェんだよ。さっさとかたづけるぞ」
「やんのかこら? テメェ取り巻きが全員美人だからって余裕ぶっこいてると死なすぞテメェ――ッ!?」
握りしめた拳から放たれる会心の一撃、――だったのだろう。
まっすぐ顔面に飛んできた拳を受け止めてやれば驚きの表情が返ってきた。
おそらく等級は錫といったところか。
今の一撃から実力差を感じ取り、引き際を理解できていないところを見ると、冒険者になりたての馬鹿なのか。
「……祭りの式典を記念日で冒険者になって一旗揚げようってか。どうやら羽目を外しすぎちまったようだな」
「なっ!? なんでそれを」
「あたりかよ。ならますます女々しくてやってらんねぇ。普段は売られた喧嘩は買うほど馬鹿じゃねぇんだが今夜は祭りだ。少しだけ教育してやるよ」
そのまま腕を放してやれば、拳を抑えてたたらを踏む男たちの顔が怪しく歪む。
「へっ、おもしれぇ。俺達、≪竜のアギト≫の力を思いしらせてやるぜ――」
そうして男の号令が腰から短刀を抜き放ち、五人の男どもが同時に襲い掛かってきた。
そして――
◇◇◇
「ずびばぜんでじだ」
正座した状態でボコボコに顔を腫らす男たち。その目元は若干涙で濡れていた。
威勢よく襲いかかってきて返り討ちとはざまねぇな。
恥ずかしいったりゃありゃしねぇ。
周囲に視線を走らせればざわつくギルドへと続く大通り。
一般客はもちろん露店の店主すら警戒したような空気が張り詰めていたが、それも五分程まえの出来事。
悲鳴が上がり、憲兵が介入してくる――、かと思いきやさすがは血気盛んな猛者共が集うギルド通りだ。
悲鳴が上がるどころか喧嘩を煽るような文句がそこかしこから上がり、いつの間にか周囲は野次馬と化していた。
「(まぁ、俺たちが遊んでやったってのもあるんだろうがな)」
動きからも見て取れたが、相手が連携も取れない雑魚というは面倒だ。さほどな時間はかからなかったが代わりに手心を加えなければならないというのは面倒だった。
しかもナイフを適当に振り回すばかりで、その刀身は一度も俺に触れることはなかった。逆に馬鹿どものナイフ捌きの欠点を一つ一つ指摘しながら激しく床に転がしてやったのだ。
肉体だけではなく精神ももはやボロボロだろう。
周囲の観客のヤジもあってそこそこ男を魅せた方だが、何分実力差がありすぎる。さらに徹底的にしごいてやればついに五人の男たちは床に額を擦らせて、大声で謝罪を始める始末だった。
「で、テメェ等は誰に頼まれて俺達を襲ったんだ」
「な、何のことですか。俺っちは――」
「たまたま上玉を見つけたってか? んな馬鹿なことはねぇだろここは天下のギルド街だぜ? 冒険者が問題を犯せばどうなるかなんていくら新人のテメェ等でも想像できんだろ。……第一、あの馬鹿が国の英雄だと知らないほどテメェ等の脳みそはとろけてねぇ?」
「そ、それは――」
躊躇うその息づかいが正解を導き出している。
女で英雄だ。
たとえ頭の中がどうしようもなく腐っていたとしても、その容姿はそこそこ見れたものだから一度見たらそうそう忘れることはないだろう。
こいつらに俺達との接触を依頼した奴は哀れだ。
というか一番憐れなのは――
「おらおらー、どうせなら噛ませ犬程度の実力備えてからつかかってくださいよ。これじゃあ荒神さんの戦いが際立たないじゃないですか!!」
「すみませんすみません弱くてスミマセンもう勘弁してください」
「いーえまだです!! せっかく不甲斐ないあなた達へのご指導なんですからもっと熱くなれよおおおおおおおおおおおおお!!」
「ギャアアアアああああああああああああああああ!!」
僅かに既視感のある飛び方をして地面に転がる男。
どこかコメディ感を漂わせていると思ったらあのクソ女神とこのクソ変態は同類だったことをもい出す。
やはりどことなく通じるものがあるのか。
まるで冗談めいたリンチに周囲の観客が沸き、拍手に肩えるように手を振ってみせるヤエ。
パンパンと手を鳴らすと、満足げな足取りで俺の肩に手を回してきた。
「まさしくテンプレ乙というところですか。どうしますお父さん? もっかい軽く蹴散らしちゃいます?」
「雑魚を弄ったって楽しくねぇだろ。つーか誰がお父さんだ、テメェの親父になった覚えはねぇ」
「えー!! だってほら今も怯えているレミリアちゃんとマリナちゃんをさりげなーく庇っていますしー。ルーナちゃんが引っ付いても嫌がってませんし。いや羨ましいとかじゃありませんよ? ただこれってまさしく親御しゃんじゃ――、あっ、待って待ってくだひゃいッ!! て、照れ隠ひのアイアンクローはちょっとダメですって!! あ、愛が痛い!!」
この女にしてみればどんなことでもご褒美にしかならねぇのは理解しているつもりだが、変な勘違いされても困るので警告の意味を込めてシバき倒す。
コイツはあくまで余計な面倒ごとを避けるための忠告でしかない。
そのままジタバタともがき苦しむ変態女を吊り上げ、正座大気の五人組を睨みつければ、過剰な反応が返ってきた。
「おい、チンピラ」
「な、なんだいえ、その、なんですか、はい」
「テメェ等もこうなりたくなかったらこの馬鹿どもを連れてさっさと失せろ。今回だけは何も聞かずに見逃してやる。二度と俺の前にその面を見せんじゃねぇぞ。わかったな?」
「は、はい!!」
「わかったらこの馬鹿も連れてけ」
「あれ? なんかわたしまでチンピラの仲間入りを果たしてませんッッッ!?」
変態の嘆きがドッと観衆を沸かす。
漫才をやっている訳じゃねぇんだが、ここは冒険者がより多く利用するギルド街だ。行き交う面々も当然血の気の多い奴らばかりで、ほとんどが自己中の快楽主義者と言ってもいい。
だからこそ、ギルドは冒険者に秩序という街のルールを徹底的に教え込むわけで。
男たちが立ち去ろうとしたその瞬間――。
全ての音が掻き消え、世界の色が突如として白と黒に塗り替わった。
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