第三話 ある種の呪いは人を狂わす

◆◆◆ 荒神裕也――


「うう、貝になりたいです」

「おい、馬鹿言ってねぇでキリキリ歩け。俺はあの馬鹿と違ってステータス機能は使えねぇんだ。また迷子になりてぇのか」

「すみません。でも、でもッ!! ああ、なんでこうなっちゃったんだろう!!」


 胡散臭い露店の店主に「元気出せよ嬢ちゃん」と送り出されてからどのくらいたっただろうか。

 ルーナの落ち込みっぷりは異常を通り越してもはやウザイ領域に達していた。


 トボトボと頼りない足取りが背後から聞こえ、器用に行き交う人ごみを避けて歩いてはいるが、その姿はメイドにあるまじきほどの意気消沈ぶりだ。


 おかげで周囲から聞こえてくる噂の大半は『メイドを泣かせた鬼畜男』という不名誉極まりない称号を頂戴する羽目になった。


 その悉くを眼力で黙らせ、ごった返す大道りを抜けて普段は運送ギルドのたまり場となっている噴水広場に足を向ける。


「知らずに呪物に手を出した報いだ。いっそその程度の恥で済んでよかったと思え。お前、あんなゲテモノそれこそあの変態にみられてたら即戦争が始まってたぞ」


「うう、そうですよね。アラガミ様、後生です。どうかこのことはあの子たちには秘密にしてください。姉としての威厳が――」

「わかってるよ。俺も進んで藪に手を突っ込む趣味はねぇからな、周りの連中には特別に黙ってやるよ。まぁただこれに懲て怪しいもんには迂闊に手を出さないことだな」

「……うう、そうします」


 頼りない返事が聞こえ後ろを振り返ると、ションボリと項垂れるルーナ。その彼女が握り締めている藍色の魔石のネックレスが視界に入った。


 綺麗な薔薇には棘があるというように。

 この世界には多くの≪呪い≫で溢れ返っている。


 魔術式。

 魔素を代償として、簡易的なの奇蹟を発現させる超常現象。


 ここ数週間の任務と生活の中で感じたことは、使ということだ。


 これもステータスの恩恵と言う奴なのだろうが、魔術がなにも冒険者だけが使える力でないというところがキモだったりする。


 この世界では生活レベルまで魔術が一般大衆にまで簡易化され普及されるようになってはいるが――、その区切りは実に曖昧だ。


 才能如何の他に、魔術を行使できる条件が存在したりするのだ。


 例えば、ロンソン村で見たような『信徒の涙』。

 あれは信徒の祈りを純粋な『力の塊』に還元して溜め込む性質を持つが、祈りを行使する人間が術者ともいえなくはない。

 感情や思念を喰らい力に変換する鉱石があってこそできる芸当なのだが、俺からしてみればあれだって立派な魔術式の一端だ。


 何を言いたいのかというと。


「(……条件次第じゃ知らずに呪いを行使する場合だってある訳だ。そう言う意味ではルーナはあの程度の生易しい呪いを掴まされただけまだ幸運だったかもしれねぇな。下手すれば手に取った瞬間にくたばるなんてこともあり得るからな)」


 俺の知る中で呪いとは一度触れただけで命を落とすようなものが大半だった。

 呪殺。呪具。

 これらを扱う際にはそれそのものが『いったいどういった性質を持つ』のかを見極め理解することが重要になってくる。


 この世界でそれほど凶悪な術式は存在しないとは思うが、

 知らずに踏み込むのが一番危険だ。


「(ちっ、天下の悪党が他人の心配なんざ、随分と生易しくなったもんだな)」


 口の中で転がすようにして悪態をつき思考を切り替える。

 とにかく今は合流が先だ。

 さっさと終わらせねばまたあの馬鹿が変な暴走を始めるに違いない。


「おいいつまでメソメソしてる気だ。いい加減置いてくぞ」

「うーっ、……あの、アラガミ様。本当に忘れてくれます?」

「ああ、黙っててやるからさっさと立ち直れ。そんでもってこれに懲りたら怪しげなもんには不用意に手を出すんじゃねぇぞ」


 トテトテと頼りない足取りで駆け寄りゆっくりと頷くルーナ。

 なにやらむず痒そうに肩を揺らし、手にした藍色のネックレスを自分の胸に当て始めた。

 

「――あの、ネックレスありがとうございました。一生大切にします」

「ああ、別にそれくらい構わねぇよ」

「で、でも私だけいいのでしょうかこんな高価なもの買ってもらって。ヤエ様やマリナたちになんだか悪いです。それに――」


 そう言ってわずかに言い淀むとルーナの頬が若干、朱色に染まり

 そして――。


◆◆◆ ルーナ=ローレリア―― 


 ここだ。ここで言わなきゃ女が廃る。

 お祭り前だけど雰囲気だけなら万全だ。


 飛び交う美しい魔術のイルミネーション。

 いくつもの色を変えて漂う燐光が夜空を彩り甘い雰囲気を醸し出している。

 ここは奇しくも恋人たちに人気の憩いの噴水場だし、問題となるヤエ様の姿も今はいない。

 カティス様が見せてくださった雑誌に載っていた有名デートスポット。

 抜け駆けしてしまうようで気が引けるがここのチャンスを生かさねばいつ告白するというのだ!!


 言いかけた言葉をゆっくりと噛み締め、自分の心の内を丁寧に吐き出す。


「私、アラガミ様がこうして私を探しに来てくれたのがなんだ嬉しいんです。いち使用人のためにこんな遠くまで。……まるで、私たち姉妹を助けてくれたあの時みたいで」

「そんなの当然だろ。なんたってお前がいなきゃ俺は困るからな」 

「――ふ、ふぇッ!!!?」


 あまりに衝撃的な言葉に頭がショートしかける。

 デレ? これがヤエ様が私に熱く語ったデレという現象の威力なのか!?

 

 普段あまり自分の心の内側を口に出さない人が正直になるとこんなにも威力があるなんて!!?

 ツンデレの威力おそるべし!!


「(ず、ずるいです!! 不覚にもキュンとなりました!!)」


 これが女をダメにする瞬間だなんて!! 『荒神さん研究会』に毎日参加しておいて本当によかった!!

 絶対に気をつけろと念を押されたがこんなにも威力があるなんて――。

 手汗がすごいし、なんか自分の格好が酷く場違いに見えて恥ずかしくなる。


「(こんなことなら、もっとおしゃれしてくればよかった)」


 心臓が自分のものじゃないみたいに何度も大きく動き出し、堪らずつばを飲み込めば、乾いた口の中から普段隠していた聞きたがりが顔を出した。


「あ、あの――、参考までに聞きたいんですけど。そ、それはいったいどういう意味ですか?」

「ん? そりゃなんたってお前は――」

「あっ!! ちょ、ちょっと待ってください。少しだけ落ち着かせてもらってもいいですか?」


 な、なんなんだ今日は。

 迎えに来てもらっただけでもうれしいのに。こんなにも素直なアラガミ様は正直心臓に悪すぎる。何か不思議な魔術にでもかかっているんじゃないかと心配してしまうほどにこれはちょっとまずい。というか顔がすごく熱い。何だろうこの気持ち。すごく恥ずかしいというか嬉しいというか何なんだろう!!?


 初めての感覚に身体全部が熱くなる。

 思わずヤエ様に助けを求めてしまいたくなるほど狼狽えている自分がいる事に酷く混乱し、雑念全てを振り払うため、大きく深呼吸を繰り返す。

 

 きっとアラガミ様に変な女だと思われているかもしれないがこればかりは仕方がない。

 だってすごくカッコいいんだもん!!


「準備オッケーです。お願いします!!」


 と気合の篭った掛け声とともに、熱い視線をアラガミ様に送る。

 一字一句逃さずに聞き取るために全神経を聴覚に集中させる。

 一度言葉を区切り、そして大きく息をつけば息を呑む音が聞こえてきた。


 そしてゆっくりと唇がゆうっくり開きかけたところで――


「はーいルーナちゃん。アウトー」


 残酷な死刑宣告が背後から響いた。

 後ろを振り返れば鬼気迫るという表情を浮かべたヤエ様がとてもいい笑顔で立っていた。

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