第二十二話 獣の野望

◆◆◆ オバル=ジグルド――


 この世界はすべての自由が保障されている。

 それはこの世界の基本法則であり理だ。

 全ては個人に任される。

 女を犯すも、奴隷のガキをいたぶるのも自由だ。クズで低能のクソ野郎共に指図される筋合いなんてない。


 俺はおおよそ考えられる手段をもって国に貢献してきたはずだ。

 それなのにこの国は俺を選ばず、俺より能力の劣るクズをこの街のトップに据えやがった。

 人柄が良いだけの人間がトップに就くなんて間違っている。大隊長の座は俺にこそふさわしいはずなのに。

 だからこの手で俺が証明してやる必要があった。俺の方が優秀だという事を。 


「おいお前ら何やってる。ボーっと突っ立ってぇ根でさっさと手を動かせ。殺されてぇのか!!」

「す、すみません、オバル様」


 これだから新人は使えねぇ。

 教育する暇もなかったから仕方がねぇが、俺の部下は皆、リオン卿と例の冒険者の足止めに使っていて使える手駒がこれだけしかいない。


 たどたどしい手つきで書庫を明後日は、丁寧に箱詰めしていく姿を見ているとイライラしてくる。


「なにチンタラしてやがる。つかる前に物の隠し場所を移動させなきゃなんねぇんだよ。余計なこと考えてねぇで手ぇ動かせ」

「し、しかし――それではこの商品の価値が」

「あーもーお前らはホント使えねぇな。多少乱暴に扱ったところで破れはしねぇよ。保存は完璧だお前らだって上に処断されたくねぇだろ? だったら黙って働けクズが」


 自分でもわかるほど苛立ちげな声が、今は誰も使っていない執務室に響き渡る。


 俺の絶大なカリスマに新人共の動きがより一層機敏になる。

 どうだ。これが俺の実力だ。無能のあいつにはできない完璧な人心掌握。


「……そぉだそれでいい。すべて運び終えたらとりあえず倉庫に保管しておけ。どうせ同じラベルだ。素人の目には見つかりはしねぇよ」

「オバル様はどうなさるのですか?」

「証拠をすべて破棄したあと結界の制御端末をぶっ壊す。なァにそんな心配そうな顔すんな。ばれるようなヘマはしねぇ。全ての罪は地下で泣き叫んでる兄ちゃんが被ってくれるだろうよ」


 シナリオはこうだ。


 奴隷を商人のもとから奪ったことがバレそうになった冒険者が、俺の制止を振りっ切って執務室に押し入り結界人を構成する魔石を破壊していった。

 『直前になって怖気ついて』――でもいいが、奴隷のガキの件もある。こちらの方がうまく誘導できるだろう。

 あとは抵抗したが、力及ばず結界術式の起点である執務室を徹底的に破壊。その際にいくつかの資料が戦闘によって消失してしまった。

 

 ――とでもいえば全ては闇に葬られるはずだ。


 いずれは俺の部屋になる予定の部屋だが、この質素な間取りは以前から気に入らなかった。就任前の模様替えと考えれば何も問題ない。


 部下の三人が作業する音を背後に感じ、神経質に陳列された棚を見上げる。

 いくら巧妙に隠そうと、どこになにがあるかなどすべて記憶済みだ。


 あのクソ商人が俺を裏切った以上。あいつと関わった証拠を徹底的に破棄しなければならない。

 内部監査があるという事はあの冒険者の男が消えても新たな内部監察員が派遣されるはず。

 そうしなければ、今度こそ俺の野望は瞬く間に潰えることになる。


「それだけは絶対にさせねぇ」


 豪奢な棚の上にある保管された帳簿を取り出し、ペラペラと中を確認する。

 相変わらず几帳面な字だ。探るようにして文字を追いかけ、中身を検める。

 そして――、


「よし、これだ――」


 そこにはここ三か月の商人との交流が記録された資料と、商人から買い取った品物が事細かに記されていた。

 大隊長の文字で何やら走り書きが書いてある。


 どうやら以前から帳簿の内容に疑問を抱いていたらしい。

 ったく。早めに始末しておいて正解だった。


 奴らがいなければ俺はこんなにも大胆な手段を取ることもなかったかもしれない。


「(大隊長の死が俺に関係しているなんて誰も疑わなかった。ノッカーもいい時期に現れてくれたもんだ)」


 まったくいい隠れ蓑だ。

 上層部から今までの業績を称えられ、暫定的にではあるが大隊長の権限を受諾できたのも運がよかった。


「あとはこいつだ。コイツさえ破棄してしまえば――」


 どうとでもなる。


 そう確信した瞬間。胸の内側に落ちた甘いささやきが完備に心臓を震わせ、脳内で麻薬成分が生成されていく。


 ようやくすべての闇に怯えずに済む日がやってくる。


 あとは例のブツの隠し場所に細心の注意を払えば、絶対に見つかることはないはずだ。

 隠し場所にも自信がある。


 この都市の権力が俺のもとに集中する絶好の機会。

 汚点が上層部に露見する前に堂々と闇に葬れるチャンスはいましかない。

 そうしなければ俺は。俺は――


「(何を怯えてやがる。俺こそがこの都市の王だ。人類の存続も破滅も俺の気分次第。邪魔者は全て消した。これからもこの映画は永遠に俺のものだ。そう、俺のものであるはずなのに――)」


 歯噛みするたび歯の音が軋みを上げ、苛立ちが脳髄を沸騰させる。


 俺の野望を阻止しようとする姑息なネズミめ。

 何を勘付いてやってきたのかは知らねぇが今更、義や信仰なんてクソの役にも立たねぇ狂った思考の狂信者どもに邪魔される筋合いはない。


 邪魔するなら『あいつ等』同様、消すだけだ。

 いつだってやってきたし、俺には事件をもみ消すだけの力がある。

 そう意味ではリオン卿に全てが見つかる前に、あの愚かな冒険者を始末できたのは僥倖だった。

 銀等級というからには相当の実力者だと警戒していたが、どうやら考えすぎだったらしい。


 


 結局何もできずに部下に拷問される羽目になった。まったくもっていい気味だ。


「オバル様!! 全ての準備が整いました!!」

「よし!! 俺は最後に結界を破壊してから倉庫に向かう。お前らは先に――」


 そう言いかけた瞬間、全ての音が掻き消えた。


 豪勢な細工の為された両開きの扉が爆音と共に破壊されたと認識するまでの数秒。部屋の中に立つ誰もが身動きを取ることはなかった。


 土煙が立ちあげる奥で、何かが揺らめく影が見えた。

 それは一歩一歩、軍靴の足音と共に廊下に鳴り響き――、


「よぉ。地獄の底から舞い戻ってきたぜ、クズ野郎」


 そこには死んだはずの亡霊が立っていた。


◇◇◇


 これは、どういう状況だ。


 うめき声をあげ、地面に転がる俺の部下。

 部屋は半壊寸前。むしろ数で追い詰めていたのは俺達の方なのに、たった一振りの木刀によって一瞬で倒れ伏した。


 新人とはいえ≪未踏領域≫の近くであるこの城門都市ガーディアに派遣されるほどの猛者たちが、為すすべもなく返り討ちにあった。

 いいや。この男がここにいること自体がもはや異常事態なのだ。


 地下の拷問部屋で監禁されているはず。それがどうして――


「どう、して。拘束されたはずじゃ――」

「おいおい、あの程度の拘束で本気で俺を束縛できたと思ってたのか? 俺を本気にさせたきゃあの十倍はもってこい。……まっ、それでも五分も持たねぇだろうがな」

「馬鹿な自力で解いたというのか!? し、しかしあの場には俺の部下たちがいたはずだ!! 例え貴様があの強固な呪縛を解ける実力があったとして、三対一の状態でどうやって――」

「こんな薬に頼って不安を紛らわせているようなクズ共に、本気で俺の相手が務まるとでも思ってんのか?」

「――ッ!?  おい、バーパスどうなってる!! 報告しろ!! ジョージ。バッカス!! 応答しろ!!」

 

 耳元に手を当て、ステータス機能を使って呼び掛ける。

 しかしいくら待っても部下の返事が返ってこない。


「……、一体、どうなっている」

「今は俺の尋問に耐えかねて地下でおねんねしてる頃だろうよ。……俺は優しいからな。手足の三、四本弾いた程度で清ましてやった。まっ――、起きた瞬間が見ものだろうがな」

「化物め……」

「クズがいまさら何言ってんだよ」


 歯噛みするようにして呟けば、男の口角が僅かに持ち上がる。


 あえて致命傷を避けるような撃が六つ。正確に三人の部下の膝関節を破壊する形で振るっていた。

 つまりそれほどの余力を残しているという事だ。


 出入り口が抑えられている以上、逃げられない。


 どうにかして状況をひっくり返そうにも、俺の実力じゃ到底かなわないだろう。

 せめて、あと数歩部屋に入りさえすれば――、


「(いちかばちか。俺はここの王だ。いつも試練に打ち勝ってきたこの程度の試練で怯んで堪るか!!)」


 拷問で体力とせ引力を削られているにも拘らず、飄々とした様子で木刀を振るう男はまるで肩こりでも直すように腕を回し続けている。

 その油断がいまに命取りになるだろう。


「あー調子でねぇ。長時間座りっぱなしは健康によくねぇな。地下の連中を軽くのした程度じゃほぐれねぇか」

「……殺したのか?」

「いいや。さっきも言ったろ? 聞けばガキが散々世話になったみてぇだからな。リクエスト通り命だけは助けてやったよ。命だけはな」


 あいつらはそれこそ銀等級の冒険者に匹敵するほどの実力を備えていたはずだ。

 少なくとも俺の創造する新たなる城門都市の幹部候補だ。

 弱いはずがない。

 それを単独撃破など、そんな力がある訳が――


「で、コイツがどうやら隠しておきたかった例のブツって奴か」

「――ッ!!? それを、どこで」

「どこも何もテメェがくれたんだろうが。勝ち誇ったように見せびらかしてな」


 という事は、本物か。

 その場ですぐ使わなかったのかあの馬鹿どもめ。

 まずい。あれを王都に持ち帰られたら本格的にまずい。


 奴との『契約』が履行されてしまう!!


 不安という名の恐怖が、心臓を鷲掴み、反射的に胸を掻き抱く形で僅かに後退る。

 だが大丈夫だ。まだ負けたわけではない。


「テメェの部下から全て聞いた。ここの大隊長をあのクソ商人と結託して実行したんだってな。あのクソ野郎は、ご自慢の商品を定期的に買い取ってもらうため。テメェは自分が次期大隊長の座になり替わろうため。おいおいどこの三文芝居だ?」

「――全てを語りをってクズ共が!! これだから使えん馬鹿どもは嫌になる」

「見た目通りのちいせぇ器だな。自分の力量が足りねぇから他者を蹴落とすなんてありきたりな展開。三文芝居のお遊戯にも劣る結末じゃねぇか」

「黙れ!! お前に俺の何がわかる!! 馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって」


 散々堪えていた虚栄心の下から感情が爆発する。


 俺は俺を馬鹿にする奴は嫌いだ。

 哀れみの言葉を向ける奴も。慰めを口にする奴も。


 全員死ねばいい。


 そうだ殺してしまえばいい。


「はっ、憐れだな。おおかた嫉妬からくる殺意か? 動機が簡単すぎてあくびでる。兵士たちの間で出回ってるその麻薬は人心掌握のための小道具か? だとしたらあのクソ商人はさぞ儲かったことだろうな」


 そうだこの件が終わったらあのクソ商人も必ず探し出して殺してやる。

 この男の口からするとあのガキはまだ生きているようだ。

 今度こそ俺手づからの拷問で、奴の居場所を吐かせてやる。


「(とりあえず今はこの男だ)」


 余裕をかますのも今の内だ。

 その顔をすぐ絶望に染めてやる。

 あと一歩。あと一歩の辛抱だ。


「相当焦ってるようだな。冷や汗で脂肪で膨らんだ顔がさらに醜く見えるぜ」

「黙れ黙れ黙れ!! 俺を馬鹿にするじゃねぇ!!」

「焦りが透けて見えるぜ。おおかたあの変態褐色優男との間に何らかの契約が結ばれているんだろ。だからテメェはあいつの居場所を知りたがっている。違うか?」

「だったらどうなる。あんたのような部外者が真実を知ったところで何もならねぇ。結局は俺が勝つようにできてるんだよ!!」

「ほぉ。そいつは興味深いな。で、テメェはこの局面でなどう逆転する気なんだ?」


 そう言い放ち確かに一歩を踏み込んだ!!


「こうするんだよクソ野郎!!」


 そう叫び、俺は制御端末に手を触れる。全ての権限は俺の中にある。

 魔石を通して結界術式に残る余剰分の魔素を収縮し結界の刃を展開させることなど簡単にできる。


 対侵入者撃退用術式。


「俺を馬鹿にしたことを、後悔して死んで行けええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 屈折する断罪の刃が四方八方から展開され、侵入者を確実にとらえる。

 そして迫りくる断罪の刃を眺めた男は小さく唇をゆがめると――、


「チェックだ。クズ野郎」


 そう静かに終わりの言葉を宣言した。

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