第十五話 獰猛なる街の住民

◆◆◆ 荒神裕也――


 一番手前の城門を越え、一定の間隔で建ち並ぶ城壁を潜り抜ければ、そこにはそびえ立つ巨大な『壁』を象徴した町並みが広がっていた


 城門都市ガーディア。

 おそらく『軍事拠点』という表向きの顔がありながら、『未踏領域』へ向かう冒険者ための『宿営施設』でもあるのだろう。

 奥にある巨大な建造物よりやや手前、半円状に区切られた町二つ分ほどある敷地には酒屋や宿、武器屋などの多くの店が建ち並んでいた。


 レミリアの話によれば、正確にはまだここは城門都市の外らしい。

 真に、城門都市内部といえるのは目の前にそびえ立つ白亜の巨大な建造物であり、一つの都市機能があの壁の中に集約されているとのことだった。


 それでも名のある冒険者や、未踏領域の近くにあるという事もあり、外周部に作られた半円状の敷地は一種の観光地として発展しているらしい。


 しかし、であるならば『ここ』には足りないものが多すぎる。


 その明らかな違和感をレミリアも正確に感じ取ったのだろう。そびえ立つ建造物に歩を進めるたびに、忙しく顔を動かすレミリアは不安げな表情を浮かべたままあたりを見渡していた。

 そして堪え切れなくなったように一言、腕のなかから声が上がる。


「……あの、アラガミ様。ここ、ちょっとおかしい、です」

「ああ、馬鹿に静かすぎる。命の気配をまるで感じねぇ。……いったいどうなってやがる」

「いつもなら、商人の人たちで、溢れているのに」

「……はッ、街ぐるみで臨時閉店てか。ここまで嫌われるたぁ思わなかったな」


 生活感はあるのに、肝心の人間がいない。

 これほど異常なことはなだろう。

 それに――、


「あの、他の人たちは、一体どこに行って、しまったんでしょう?」

「さぁな。それに、俺たちを無事に帰してくれる気はねぇらしい」

「あ、あの、それは、いったいど――」

「飛んで火にいる夏の虫って奴だ。ちっ――、それにしても面倒だな」


 城門の前の番兵に荷物を渡せばそれで任務終了のはずだが。

 旅人を検問をする兵士すらいないとはどういう了見だクソッタレ。


 なにが人類の守護拠点だ。職務怠慢も甚だしいじゃねぇか。


「……レミリア。このまま突っ切るぞ」

「えっ?」


 耳元に近づいて声を落とせば、間の抜けた声を合図に強烈な腐臭が足元から顔を出した。

 狙いは俺でなく、レミリアか。

 鋭い牙を見たレミリアの身体が僅かに硬直する。

 弱者から仕留めるのが狩りの鉄則。それは正しい。正しいが、


「そいつで俺を出し抜いたつもりか。クソ犬が」


 不揃いな牙がレミリアに突き立てられる瞬間。

 腰から引き抜いた黒曜で影を打ち払えば、陰から現れた化物の首があっさりと空中に吹き飛んだ。 


 ギュンッッ!? と惨めな絶命が空気を震わせ、首が地面に落ちる。

 鮮血が白い地面を濡らし、口の中に奇妙な味が広がる。

 眉をひそめて、化け物の頭に視線を落とせば。地面に転がりながらも数秒蠢く不格好な獣の頭部は、自分が斬られたことすら自覚できていないまま、身じろぎ絶命する。

 その憐れな生贄を一瞥して、周囲に視線を走らせた。


「出て来いよクズ共。余裕ぶっこいて様子見なんざぁ人間のすることだ。出来損ないのテメェ等が一丁前にお利口ぶってんじゃねぇ」


 すると人語を理解したように、今まで待機していたであろう異形の怪物たちが一斉に姿を現した。


 どいつもこいつも生物としての形を成さない不出来な生き物だった。

 そこに同じような形の化物は一つとしていない。

 一メートル前後の化物もいれば、二メートル台にまで膨れたタコみたいな出来損ないまで居やがる。


 俺たちを取り囲むようにして一周。化物の視線が俺達に集中する。


 それは明らかに獲物を見据えた飢えた獣の瞳。

 獰猛に輝く色めきは耐えかねたように興奮気味な息づかいを称えて、一斉に飛び掛かってきた。


「退屈しのぎにもなりゃしねぇクズが、鬱陶しく纏わりついてんじゃねぇ!!」


 邪気転化、応用――紫電一閃


 刀身に纏わせた邪気を打ち放つ鋭い斬撃は、化け物本体ではなくの地面をえぐり取った。撒きあがる粉塵が視界を隠す。

  

「走れエバロフッ!!」

「ばうッ」


 粉塵の中を掻きわけ、蹄の音が舗装された石畳を叩く。

 規則的なリズムに身を任せ、後ろを振り返ればどうやら標的を見失って仲間内で喰い合ってるらしい。

 そのままじゃれ合ってくれれば気は楽なんだがな。

 

「あの、どうして、あの化物たちが、ここに――」

「ここは≪未踏領域≫の膝元だぞ。城門を越えた化物がなにかしらの理由でこの街に住み着いたっておかしくねぇ」

「じゃあ、住民の、みんなは」

「おそらくあの馬鹿でけぇ建造物のなかだ。でなきゃ非常事態か何か知らねぇが街の人間が全員消え失せるなんてことありはしねぇ」


 化け物が街を跋扈していたにもかかわらず血痕一つ見受けられなかったのはそのためだろう。

 先ほども言ったがここは≪未踏領域≫の近くだ。

 当然、非常態勢による何らかの手段や鉄則があってもおかしくない。


 メンドクセェと吐き捨て後ろを振り返れば、大きく目を見開いたレミリアから不思議な声色が飛んでくる。


「あの、一つ聞いていいですか?」

「んだよ。この状況でまたくだらねぇ質問か」

「いえ、その。どうして、そんなに詳しんですか?」

「……面倒ごとに巻き込まれるいつものパターンだからだよクソッタレ!!」


 悪態をつき、感情に身を任せて黒曜を振るえば、黒一閃が建物を切り崩す。瓦解する石造りの建物。後方の石畳を破壊する音が響き渡るが


「チッ、まぁ当然追ってくるよな」


 生き延びた何体かが息を切らして迫りくる。


「どう、するんですか?」

「いったん引くぞ。ここいら一帯に奴らが巣食ってんならいくら掃討しようと意味がねぇ」


 城門まではあと少しだ。ここを抜けて迎え撃てばまだ面倒は避けられる。

 エバロフの手綱を握り、城門を潜り抜けようとしたその時。


「きゃっ!?」

「――ッ、どうしたエバロフ」


 その瞬間何かを察知したのか、エバロフの前足が跳ね上がる。

 急停止。

 しかも、あれだけ俺に忠実だったエバロフが初めてみせ反抗。


 その黒い真珠のような瞳が訴えかけるように俺を見る。

 僅かに漂うこの香り。そしてこれは――、


「……まさか、結界か」


 ゆっくりと手を伸ばせば、指先が弾かれる感覚と共に僅かな痛みが牙を剥く。

 弾かれた手を一瞥し、拳を握りしめる。

 かなり強力な結界だ。

 魔素が充満していればまだ話は別だったが、邪神戦のようにほぼ無尽蔵に邪気を蓄えられるわけではない。

 邪気が足りないいま、この結界はそうやすやすと突破できるものではない。


 唯一の疑問はこれほどの結界術をことだが、


「(今はどうでもいい)」


 あっさりと疑問を投げ捨て思考を切り替える。

 あと数十秒もしないうちにあの化け物共は俺のもとにたどり着くだろう。


 俺一人ならばあの程度の化物、問題ないが何もできない馬とガキを庇いながらとなると少々面倒だ。

 それに夜は奴らは領域だ。深夜のように闇を利用した移動手段で連携を取られればさらに面倒なことになる。


 下りて全て蹴散らすか。それともこのまま荷物を抱えて逃げ回るか。


 当然、取るべき道は前者しかない。

 そう結論を弾き出し、黒曜を握りしめたその時。巨大にして堅牢な建築物から老齢の男の声が響いた。


「そこの旅人。ガーディアの城門を開けた。奴らが来る前にこっちに来い!!」

「――ッ。エバロフッ!!」


 弾かれたように指示を出せば、従順に俺の答えに従うエバロフが石畳を駆け抜ける。

 涎を垂らし、各々の牙をむき出しに襲い掛かってくる化物。


 その一体一体の顎と胴を砕き、折り、臓腑を地面にまき散らす。

 高鳴る息づかいが下から零れ、胴にしがみつくレミリアの腕が一層強くなる。


 迫りくる化物の群れを掃討し、崩れた瓦礫の山を跳び越せば、建物の死角から一体の横に口の広い化け物がエバロフ目掛けて襲い掛かってきた。


「――くっそがッ」

 

 飛び出してきた化け物を迎撃することには成功したが、反射的に避けようとしたエバロフの状態が僅かに崩れた。


 足場の悪い瓦礫の上だ。

 転倒すればどうなるかなど子供でも分かる。


 咄嗟に抱え込むようにして身体を丸め、衝撃から身を守る。 

 身体の内側では窮屈そうな息づかいが聞こえるが関係ない。そのまま背中や頭を打つ鈍痛が身体を支配し、横倒しに転がればエバロフの悲痛な叫びが鼓膜を打った。


 幸いにもそこまで重症ではないらしい。

 しかしこの一時停止は、追われている状況下ではあまりよろしくない。


 案の定、崖から瓦礫から飛び降りるようにして牙を剥く化け物が五体。

 奇怪な叫び声をあげながら襲い掛かる。


 黒曜を構え、紫電一閃を走らせようとしたその一瞬。

 放ちかけた無様な格好を曝す形で、俺たちの頭上を『深紅の閃光』が瞬いた。


 絶対不可避な一閃。

 それはたて続けに化物たち身体を断裁し、横に三枚におろされた哀れな獣が赤い塵となって霧散したのを俺は見た。


「何をしている。早くこちらに来るんだ!!」


 若々しい精悍な声。

 声のする方を向けば、そこには赤と白銀を混ぜ合わせた鎧をまとった騎士が一人。

 僅かに開け放たれた城門の前で仁王立ちしていた。

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