GO TO UNDERGROUND

 天井に開いた大穴――ジョナサンが身を護るために使い、雷属性の魔術の通り道にした大穴から、リンキーは下をのぞき込む。


「最悪だな……」


 つぶやく目線の下には、床一面に広がる焼死体の絨毯に、その中心で泰然として薄ら笑いを浮かべる男。


「この臭いに晒されて、よく平気でいるなあいつは……」


 言いつつ、リンキーはジョナサンの提案を思い出す、

 最上階に殺到するゾンビとかいう屍食鬼もどきをいなしながら、彼は言った――「これをやったのが、【クリサリス】ならば、狙いは私だけだ。一階は指揮官殿が固めているとはいえ、二階より上が心配だな。私が奴を引き付ける。捜査官たちは、階段に引っ込むか、各階のオフィスの端っこに引っ込ませよう。リンキー、君は私が合図したら、雷帝を撃て」

 ジョナサンは、そういうと、五階にいた伝令役の騎士に、その提案を伝える。第五等級のその騎士は、指笛を吹くと、スズメを集め、下の階へ飛ばした。動物を操る獣属性の魔術だ。

 そこから少しの間、ジョナサンは増え続けるゾンビを相手に大立ち回りを演じた。

 先のような出力の強い魔術は使わず、躯属性で身体能力を駆使し、群がるゾンビをいなし、かわし、時折反撃してみせはしたが、ゾンビを押し返すばかりで、致命傷は与えなかった。


「リンキー!! 敵は⁉」


「もう来ないみたいだ!!」


「ようし!!」


 言って、ジョナサンの姿が視界から消える――そう思った時には、すでに異変は起きていた。


「全員、引きずり込まれないように気をつけろ!!」


 声が続いて、次の瞬間――リンキーは足元が嫌に柔らかくなっていることに気付いた。まるで泥沼に足を突っ込んだような感覚だ。


 そこで気付いた。これは、土属性の魔術の中でも、ジョナサンが好んで使う泥濘マディだ。魔力の楔を打ち込み、その中心から地面を泥沼のように変化させる術式。


 ゾンビたちはジョナサンを中心にした石造りの泥沼に引き込まれていく。やがて液状化した床が抜け、オフィスに大穴が開くと、今度は水面に大きな石を投げ込んだような音が響く。ジョナサンが下の階の床も液状化させたのだ。

 その時、リンキーは異変に気付いた。なぜ、床の全てが液状化せずに穴が開いたように変化したのか。

 それは、ゾンビの塊の中で悠然と佇む彼の姿を見てようやく理解できた。

 風属性魔術風域結界タービュレンス・テリトリー――使用者を中心に、大気を固めることで物理的・魔術的な干渉を断ち切る結界魔術だ。これを、ゾンビを囲うために一つ、自分をゾンビから隔離するためにもう一つ展開している。

 上位の結界魔術だけに、魔力の消耗は激しいはず――なのだが、ジョナサンは全く答えた様子もなく、泥濘マディを展開し続ける。

 それどころか――階をさらに二つ下ったところで気付いたのだが、ゾンビを囲う結界の直径がだんだん狭まっている。結界の強度を上げるためには有効だが、この半年でジョナサンの人となりを知ったリンキーは、狙いがそこにはないことを理解した。


「……確実性を上げるためだけに、ここまでむごたらしいことができるものなのか?」


 言葉は疑問形だが、感じているのは核心だ。

 リンキーの攻撃を最大限活かすために、ゾンビを少しでも一転に集めているのだ。たとえ周囲からミチリグチャリと肉がつぶれる音が絶えず響いても、圧縮されたゾンビお互いに身を圧搾させ、血を噴出そうと、彼はただそれだけのために自分を中心に地獄を作り出せるのだ。

 やがて、二回の床に到着した頃には、ゾンビはジョナサンを中心にドーナツ状の肉の塊になっていた。


(一階にいなくてよかった……)


 もしもロビーにいたら、あのグロテスクな肉の塊を見上げる羽目になっていた。そう考えるだけで、リンキーは背筋が凍った。

 ややあって、ジョナサンが声を上げる。


「リンキー!! いまだ!!」


 おぞましい光景に言葉を失っていたが、その声に我に返り、腰の件を抜き、呪文を唱える。


「雷よ。神威の象徴たる断罪の雷よ。我の求めに応じ、眼前の敵を討ち滅ぼせ。飛べ!! 雷帝エンペラー!!」


 刀身が青白い粒子状の光に包まれ、高速で循環――直後、切っ先を向けた大穴の直径一杯の巨大な雷光が轟音と共にロビーへ叩きつけられる。

 ジョナサンの心配は、これっぽっちも頭をよぎらなかった。

 この指示を出したのは彼だし、こんなことで死ぬのであれば、【クリサリス】に命を狙われた時点で死んでいただろうから。

 果たして、ジョナサン・マクノートンは生きていた。土属性の結界魔術で雷撃をやり過ごしたのだ。

 そして、今に至る。

 指揮官とジョナサンが何か言葉を交わしているようだが、五階にいるリンキーには聞き取れない。わかるのは、指揮官がジョナサンに本気で引いていることだ。


(ええ、わかります……。そいつ、頭がおかしいですよね)


 そんなジョナサンに圧倒されずに「頭がおかしい」で済ましてしまえるあたり、リンキーもだいぶジョナサンにスポイルされているのだが、その自覚はない。

 ややあって、一人の第四等級の騎士が指揮官とジョナサンに駆け寄って来た。


(何かあったのか?)


 いくつかの言葉を交わす三人だったが、すぐに会話は終わった。臙脂色のマントと菫色のマントが翻って視界から消えると、ジョナサンは大穴を見上げ、声を張り上げる。


「リンキー!! 今からそっちに行く!! 大変なことがわかった!!」

 

 

 ジョナサン達がリンキーのもとへやってくると、指揮官はオフィスの隅にへたり込んでいた部下たちに、書類の類を漁るように指示を出した。彼らはのろのろとした動きでそれに応じたが、それを責める様子はなかった。彼も、状況の異質さを理解しているのだろう。

 そして、リンキーはジョナサンと指揮官と連れ立って、支部長のオフィスに入る。


「何が見つかったんだ?」


「隠し部屋だよ。この裏の職業訓練場――実際にはがらんどうのだだっ広い空間だったが、その下に、何かがあったようだ」


「それで、なんでわざわざここに来たんだ?」


 ジョナサンは頷いて答える。


「ああ、それを見つけた騎士は、獣属性でネズミを操っていたんだが、どうやらその部屋の入り口はここにあるらしい」


「別に、わざわざご丁寧に入り口を探さなくても、床を壊せばいいだろう?」


 リンキーの言葉に、ジョナサンは馬鹿を見る目をしながら言う。


「おいおい、君は本当に学院を首席で出ているのか? いくら敵陣とはいえ、証拠が眠っているかもしれない場所を、そうそう壊して回るわけにはいかないだろう?」


「おい、部屋の外見てみろ。自分が何したか言ってみろ」


「あれは緊急事態じゃないか。それとも、下の階級の者が死んでもよかったのか? ん?」


 リンキーを一瞥もせず、部屋を漁り始めるジョナサンに、リンキーが「んのやろ……」と怒りの声を漏らしていると、騎士団長が、ポツリと言う。


「いつも、ああなのか?」


「ええ……。まあ……」


「そうか……。冒険者だったころ、いろいろ滅茶苦茶な奴もいたが、あそこまでのは、そうそう――いや、まったくいなかったな……」


 指揮官の声は呆然としていた。リンキーは、彼に一方的に親近感を覚えていた。


「おいおい、何をしているんだ? リンキー、君は特に私の相棒だろう? 私だけに探し物をさせるなよ。相棒甲斐のない奴だな」


(本当、コイツぶんなぐろうかな……)


「まあ、すぐに見つかったがね」


(よし、隙を見て殴ろう)


 徹頭徹尾ふざけた調子のジョナサンに抱いた殺意を察したのか、指揮官は「落ち着け。今はよすんだ」と肩に手を置いていさめた。


「しかし、こういうものはどこでも変わらないな」


 ジョナサンは、本棚の本の一冊に手をかけている。皮の装丁の背表紙委には、金箔で【クリサリス】の紋章が刻まれていた。


「これで、開くはずだ」


 ジョナサンは本を傾ける――しかし、何も起こらない。


「……」


「……」


「……」


 普段、リンキーはジョナサンがヘマをしたら、盛大に笑ってやろうと思っていたのだが、目の当たりにすると意外に言葉が出てこない。

 そのいたたまれなさを誰よりも感じているのは、ジョナサン自身のようで、顔はいつもと同じへらへら笑いだったが、いつもの余裕の表れというよりは、凍り付いているような印象だった。

 指揮官に至っては、そんなバディのいたたまれない空気に所在なさげに、二人を交互に見るしかできないでいる。


「……よし、開け方はわかった!!」


「いや、無理するな!! 何かしらのトラップが――」


リンキーが言い終わるよりも先に、ジョナサンは本を戻し、魔力を込める。

再び本を傾けるまでの一瞬、その一瞬の間が、リンキーの中で一時間にも丸一日にも感じるように引き伸ばされる。

本に何か罠が仕掛けられていたわけではない――いや、そうだと断定することもできないうちに、仕掛けは作動し、本棚に偽装された扉は開いた。

 異常な圧力の原因は、ジョナサンだ。

 とはいえ、彼自身も意図してやったわけではないようだ。彼が本にそそいだ魔力、それ自身が異常な圧力を持っていたのだ。

 そして――


「行こうか」


 言うジョナサンの表情は、申し訳なさそうな、あるいは何かを恥じるような響きがあった。


「なあ、今のは――」


 指揮官が言い終わる前に、リンキーはジョナサンに言う。


「今のも、聞いてはいけない事か?」


「ああ。私の口からは言えない。――指揮官殿。今見たことは、どうか内密に願いたい。この件は、バルバトス卿とエイビス団長より私に緘口令が下されている事柄です」


 ジョナサンが口にした名前に、指揮官は驚愕の表情を浮かべ、「わ、わかった」と頷いた。


「なあ。ジョナサン。お前が唱えたあの呪文、それもその件に関わっているのか?」


「よく見ているな。その通りだ」


 それだけ言って、ジョナサンは現れた階段を降りていく。リンキーと指揮官もそれに続いた。

 今度は、指揮官がいる手前か「エミナとエイビスに自分で聞け」とは言わなかった。リンキー自身、そうするつもりだ。

 今の短い動作の中、ジョナサンは呪文を唱えていた。すべては無理だったが、決定的な部分はわずかに聞き取れた。


 「――冒涜の黒をもって――」


 そう、「冒涜の黒」と、ジョナサンは確かにいった。

 十と二の魔術属性は二つに分けられる。一般的に知られる十の属性と、番外たる二。すなわち、原初の白と冒涜の黒――どちらも十属性の強化に使われる。

 白魔術――これは聖地ソロモンより降り立った賢者が使ったとされるもので、王家とその眷属たる七十二の上級貴族の以外には、扱えない。魔力の質とその家に属しているという概念下にあることで初めて使用が可能になるのだ。

 例えば、エミナはバルバトス家の当主であるがゆえに、問題なく使用ができるが、リンキーの家に――正式な婚姻をしていないとはいえ――嫁いだイーマグは使用できない、といった具合だ。


 そして、黒魔術――これは、今まで半ば実在を疑われてきた代物だ。

 呪文の存在も、一般的に知られ、酒場や子供の遊び場ではふざけてこれを詠唱するものも少なくない。

 しかし、何も起こらないのだ。故に、実在を疑う声が上がっていた。

語られるところによれば、この使い手は、この世の誰よりも邪悪な心を持っていなくてはならないという。

 また、王都の宮廷魔術師の公表した研究結果によれば、邪悪な心云々は置いておいて、発動には膨大な魔力が必要になるとのことらしい。

 ジョナサンの詠唱は、間違いなくその黒魔術の詠唱だ。彼自身、答えはしないが否定もしなかった。決定的と言っていい。


(まさか……)


 リンキーの中に、一つの疑念が浮かぶ。

 異世界転生者ヒーサンズの魔力量と、魔術の素質は、一般的なゴエティア国民のそれよりも勝る。二十年前に異世界転生者の犯罪者の魔力量を計測したところ、通常の三倍の数値が出たという。だが、これでは黒魔術を扱うには程遠い。

 三倍程度ならば、上級貴族の家系には劣るし、学院でリンキーよりも成績の悪かった者でもその位の魔力量の者はいた。

 そして、疑いを深めるのは――


「神の簒奪者は、かくも愚かなのですね。ジョナサン・マクノートン」


 ――という、シーニーと支部長のゾンビ越しに名乗った【クリサリス】の構成員の言葉だ。彼は、「十人の使徒の一人」と名乗っていた。ジョナサンがそれを聞いて口にした『カルト宗教』という言葉がどんな宗教を指すのかはわからないが、これだけのフロント企業を抱える組織の中で『十人』という数を強調したところに、何らかの意図を感じる。


(あの声の主は、【クリサリス】の幹部だったのではないか?)


 思考は、急激に回転を速める。

 リンキーも、【クリサリス】には遠く及ばないが、いくつかの犯罪組織を相手にしてきた。過去の事件の記録も、学院に入る前、【ピンカートン騎士団】を志してから読み漁った。その中で、幹部が直接出張ってくるような事態と言えば、どうだったろうか。すべて、組織の存亡にかかわる事態だ。


(これで、合点がいく。団長とバルバトス卿が、なぜジョナサンをかくまうのかも……)


 リンキーの思考は、一つの答えにたどり着いた。


「いや、まさかな」


 自分だけに聞こえるように、リンキーは呟くが、疑念は晴れない。

 あり得ない話だと切って捨てるが、状況は雄弁にその疑念が真実だと叫ぶ。


「着いたぞ」


 思考の回廊に囚われたリンキーを引き戻したのは、ジョナサンの声だった。彼が声をかけなければ、大扉にぶつかってしまうところだった。


「ああ。すまない」


「……どうやら、自分で答えに至ったようだな」


 ジョナサンはいつものようにリンキーをからかうでもなく、むしろ気遣うように言う。


「ジョナサン、お前は……。いや、後でエイビス団長に聞くことにしよう」


「助かるよ。だが、一つ言いたい」


 その言葉にリンキーは身構え、ジョナサンに警戒する。そして、戦慄する。この推論が、正しかったのではないかと。予想が正しければ、彼はここで指揮官と自分を殺すはずだ。


 だが、続いた言葉は、まったくの予想外のモノだった。


「その考えは、おおむね正解だが、完全ではない」


 拍子抜けの回答に、思わずリンキーは脱力してしまう。

 だが、心はジョナサンへの警戒をやめることができないでいる。


「ジョナサン、お前は……」


「リンキー、私を信じろ、などとは言わない。いえる義理もない。だが、これだけは言っておく」


 いつになく真剣な視線で、ジョナサンはリンキーを見据えて言う。


「私は、君が考えているほどくだらない存在になり果てた覚えはないよ」


 その言葉に、どう反応していいかわからない。ジョナサンは、そんなリンキーがどう動くのかを待っているようだ。まるで、首をはねられたとしても、それで構わないと言わんばかりに。


 そんな沈黙が少しの間流れ、口を開いたのは指揮官だ。


「ジョナサンに何があるのかは知らないし、知る気もないが、捜査の続きを済ませないか? 何をするにも、まずそれだろう?」

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