Chapter3. ZOMBIE PANIC

ZOMBIE

「どういうことだ……」


 リンキーは、宙に浮く死体に圧倒されているようだ。


「神の簒奪者ね……。ずいぶんな物言いだな」


 ジョナサンは、死体に容赦のない敵意をぶつけるが、死体は反応を示さない。


「事実でしょう? あなたは、我々から神を簒奪した!!」


「馬鹿馬鹿しい。ワーストは人間だ。我々と同じ、卑小な人間だよ」


 その言葉に、死体から無言の怒気があふれる。


「神を愚弄しますか……。いいでしょう。もとより、この街は罪深い。神の恩恵を拒絶し、あまつさえ神の簒奪者をかくまった。相応の罰を与えなくてはなりません。神の名を信奉するようになるまで!!」


「話が通じないな」


「ええ、神をないがしろにするものには、わからぬことでしょう」


 声に嘲笑をにじませ、死体は告げる。


「近いうちに、この街は神の裁きが舞い降ります。その執行者は、私、シーニー!! 神に選ばれた十人の使徒の一人!! 覚悟なさいジョナサン・マクノートン!! そして罪人を匿ったアラビヒカ!! 貴様らを許容するほど、【クリサリス】は、寛容ではありません!! 手始めに、【ピンカートン騎士団】に、血の烙印を!!」


 大仰な言葉を叫ぶと、死体を囲む光は消え、糸の切れた人形のように、死体は再び床に転がった。


「見誤っていたようだ……」


 ジョナサンは、死体を見下ろし、苦々しくつぶやく。


「奴らはマフィアに近い組織だと思っていたが――実態はカルト宗教に近いようだ」


「お前は、何を……?」


「カルトという概念はこの世界にないのか?」


「そういうことじゃない!!」


 リンキーは声を上げる。


「お前は、さっき、ワーストの名前を言ったな⁉ まるで知っているような口ぶりだ!! お前は、ワーストと、【クリサリス】の盟主の何を知っている⁉」


 ジョナサンは深くため息をつく。苛立ちを隠さないそのしぐさに、リンキーの苛立ちが膨らむ。


「言ったろう? 話すことはできない。脅しても無駄だ。私はまだ植物状態になるわけにはいかないし、死ぬのはもってのほかだ。どうしても話を聞きたいなら、団長がエミナに聞き給え」


 ジョナサンの言うことはわかる。

 だが、納得はできない。この状況は、ジョナサンが関与している。死体の言葉を信じれば、これから何らかの災禍が起こる。その糸口を前にして、何もできないというのは、歯がゆく、苛立たしい。


「それは――それはわかるが……」


「君の気持はわかる。その焦りは、やり場のない怒りは、無知からくるものだ。知ればわかるよ――確かにこの状況は私に大きくかかわるが、私にはどうしようもないものだと」


「……」


「納得できないのはもっともだ。そもそも私は、君に情報を与えないのはどうかと思っていたんだ。戻り次第、すぐに申請しよう」


 リンキーは答えず、ジョナサンはそんな彼に肩をすくめる。それと同時――叫び声が外から響く。


「なんだ……!!」


 リンキーがつぶやくと、執務室の扉を破って、外を守っていた騎士が飛び込んでくる。


「大変です!! 建物の中に――後ろ!!」


 彼が叫ぶのに合わせて、ジョナサンとリンキーが振り向く。さっきまで転がっていたアカブの死体が、だらだらと顔中の穴から血をたらしながらゆらりと立ち上がる。


「馬鹿な……」


 リンキーが声を漏らす。


「いや、禁術ゆえにあまり知られていないが、死霊魔術なら、それも可能だ……」


「今、建物の中にそれと同じモノが……。数は、わかりません……なぜか、突発的に……」


 【ピンカートン騎士団】は、基本的に人間の犯罪に対しての取り締まりが専門だ。起き上がった死体のような人外の対応は、冒険者ギルドの管轄――専門外だ。


「冒険者に声をかける……いや、間に合わない……!! どうすれば……!!」


 思考がまとまらない中の突飛な事態に、リンキーは半ばパニックに陥ってしまう。


「何を言っているんだ?」


 そんな混乱に水を差すように、ジョナサンの嘲笑が響く。


「冒険者の助けは必要ないだろう? 君が腰から下げているのはなんだ? つっかえ棒か? ん?」


 言うが早いか、ジョナサンが腕を払うと、アカブの死体の首が飛ぶ――無詠唱で風邪属性の魔術を使ったのだけはわかった。


「えっ……? 今、詠唱も何も……」


 ジョナサンの魔術を初めて見た第四等級は、目を白黒させる。


「頭をつぶすか、首をはねるかすればいい。大抵のゾンビはそれで死ぬ。私たちでも十分対応できるだろう?」


 こともなげに言うジョナサンに、リンキーはようやく平静を取り戻す。


「お前、さっきまで生きていた人間に対して……」


「調子が戻ってきたようだな。だがまあ、仕方ない。アレは敵で、敵が死んだくらいで痛める心など、私は持ち合わせていない。いまさら言うことか?」


 リンキーは頭に疼痛を感じていた。この悪辣な理屈と、目的のためのためらいのなさは一向になれる気はしない。

 諦念のため息をついて、リンキーは剣をジョナサンに向ける。


「いい加減、うんざりしてきたところだ――」


 剣が青白い光をまとう。


「雷よ――神意の断罪たる雷よ。わが正義に応じ、悪なるものを捕縛せよ――走雷ライトニング!!」


 剣の先に、青白い魔力が球形を為し、ジョナサンの顔の脇を通り抜け、事務室へ。そしてそのままゾンビに変貌した商会の職員へ小さな雷が飛び、その首を討ち据えた。

 ゾンビは全身をけいれんさせ、その場に崩れ落ちた。


「あれで、解決したとは思えないがね」


「当たり前だ。威力は大分絞った。目的は殺すことではなく、解析に回すことだ」


「そんなの、一体いればいいだろうに」


 肩をすくめるジョナサンに、リンキーは舌打ちを返した。


「さて、では、階下の敵を――」


 ジョナサンが言うと同時、狂乱の声とともに、階段を駆け上がる音が響く。


「なんだ?」


 リンキーが怪訝表情で階段へ目を向けると、捜査班の騎士が必死の形相で駆けあがってきている。


「助けて!! こいつら、斬っても刺しても――」


 彼が言い終わるよりも早く、文字通り、空気が爆ぜた。


「フム……。不可解だね。ゾンビが走ってこっちに来るとは……」


 ジョナサンだ。異常な火力の無詠唱の魔術がゾンビの群れを一瞬でバラバラにしたことに、最上階の捜査を行っていた騎士たちは唖然としている。


「うん? ああ、私は別にロメロの信者じゃない。バタリアンもゾンビランドも、バイオハザードも好きだ。高慢と偏見とゾンビは名作だよな。あとは日本のカメラを止めるなも――いや、あれは具体的に違うか……」


「何の話だ……」


 単語の大半は理解できなかったが、脱線していることは、リンキーにもわかる。


「ああ、ゾンビの行動に指向性があることに疑問が浮かんでね」


 冗談めかした口調は、本気なのかふざけているのかわからない。


「お前、あれを知っているのか?」


「いや? フィクションの中でしか知らないさ。だがまあ、なんとなく彼らの狙いはわかった」


「どういうことだ?」


「難しく考える必要はない。そうだな。君は、私の指示するタイミングで、最大出力の雷属性をぶっ放してくれればいい」



「落ち着け!! 屍食鬼は人の恐怖を読み取るぞ!!」


 強制捜査を指揮していた第二等級の騎士は、両手に持ったダガーナイフに風邪属性魔術を付与し、敵を駆逐していく。

 過去に冒険者として似たような経験があるとはいえ、彼も完全に冷静というわけでもない。

 屍食鬼は人間に似て非なる魔物だ。人間が変異するものではない。

 しかし、現に拘束していた【ヨスクチ商会】の社員は屍食鬼に似た何かに変異してしまった。そのうえ、なぜか上の階に上がろうと走り出したのだ。

 状況は呑み込めない。しかしパニックになるわけにもいかない。

 冒険者としての経験が、彼に冷静さを保たせた。

 新人冒険者に指示するように、複数人で一体に対応するように部下に指示し、自分は階段前に陣取って、部下では対応できない屍食鬼もどきをせん滅していく。


(上の階は、大丈夫なのか……?)


 そんなことを考えるのと同時、不可解な事態――あるいは、明言できないほどの絶望が現れた。

 まず、頭上で天井がわずかに波打つのを感じた。

 小石を水面に投げ込んだ程度の小さな揺れだったが、次第にそれは石を何度も投げ込むように波紋は大きく、強く広がっていく。

 変化はまだ呑み込めない。だが、冒険者時代の勘が告げる――「これは、最悪だ」と。


「総員、撤退!!」


「指揮官!! 逃げてください!!」


 命令の声と、二回から降りてきた第五等級の騎士の叫びが重なる。

 波紋は広がり、今にも何かが現れそうだ。

 指揮官は、風属性の魔術を全力で展開――自らを颶風とし、部下を外に逃がしながらロビーの屍食鬼もどきを討っていく。


「貴様も早く逃げんか!!」


 ロビーの部下をすべて外に逃がしても、脳内の警鐘はやまない。状況は依然最悪。いや、頭上の波紋が消えてからが本番だ。


「いえ、指揮官殿がこちらへ!! 階段は安全です!!」


「何を――」


 言葉を遮ったのは、頭上から降り注いだ、赤い液体。この匂いはよく知っている。辺境の洞窟の主のミノタウロスが全身にまとっていた、死人の血だ。

 やがて、天井の水面から漏れる血の雫が二つ、三つと数が増え、やがてはロビーに赤い雨が降り注ぐ。

 そして、赤の中に、黒いものが混ざる。


(あれは……人の髪……⁉)


 そして続きのは、ぎゅうぎゅうに敷き詰められた、血にまみれた無数の人の顔。


「指揮官殿!! リンキーさんとジョナサンさんです!! あの怪物を一網打尽にする手段です!! 早く!!」


 おぞましい光景に呆然としていたところを、部下に腕をひかれて我に返る。


「わ、わかった!!」


 体調が階段に駆け込んだ直後、水面から無数の動く死体が団子のように固まり、血の糸を引きながらあふれ出す。その中央には、第三等級の浅葱色のマントをまとう騎士団の団服。


「リンキー!! いまだ!!」


 ジョナサンは叫ぶと、液状化した天井を球形で自らの体を包むと、指揮官のいる階段をふさぐ。

 そして衝撃。

 数秒おいて、ジョナサンは石の球を解除した。


「さてさて、結果は――ああ、上々じゃないか」


 ロビーは、凄惨なありさまだった。

 床一面を覆うのは、炭化した骸の山。その光景と漂う匂いに、思わず指揮官は顔をしかめる。冒険者だったころ、凄惨な姿態など何度も見てきたが、ここまでの光景は、大規模なゴブリンの巣でも、食人に傾倒した野党集団のアジトでも見たことはなかった。

背後では、部下がえづく声が聞こえた。おそらくは、これが正常な反応なのだろう。基本的に人間相手にしか戦わない【ピンカートン騎士団】の人間には、この光景はあまりにも厳しい。むしろ、よく嘔吐しないと感心すらする。

それで言えば、異常なのは、ジョナサンだ。

熟練の元冒険者ですら眉を顰める光景の中で、彼は泰然としている。さっきまで人間だったものが、怪物になりはて、それが一斉に焼死体となり、目の前に広がっている――そのすべてを経験したというのに、彼の眼には恐怖も安堵も浮かんでいない。


「とんでもない男だな……」


 指揮官がつぶやいた言葉は、ジョナサンの耳に入ったようだ。


「ええ。リンキーの雷属性はすごいでしょう? 私は言ったんですよ。彼の雷属性なら、最上階から一回までぶち抜けるだろうと。しかし、他の騎士や確保したゾンビへの影響を気にして――」


「違う。私が言いたいのは、君のことだ。ジョナサン」


「私? いいえ。私は、土属性の魔術でゾンビをまとめて叩き落しただけですよ」


 指揮官の耳には、ジョナサンの言葉は入らない。


「過去に、こんな光景を見たのか?」


「いいや? ここまでひどいのは見たことないな。生きたまま焼かれる人間なら何回か見たが、ここまでひどくはなかった。だがまあ、こうも数が多いと、匂いがきついな。吐きそうだ」


 こともなげに言うその姿に、戦慄を覚えた。

 ずっと、この男は冒険者上がりだと思ってきた。しかし、冒険者だとか騎士だとか、犯罪者だとか、彼にはそんな枠組みは意味を持たない。

 ただただ、異質。それ以上は、何一つ理解できないのだと思い知らされた。

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