YOKUSCHI ASSOCIATION

ジョナサンとリンキーの――エミナの存在を省いた――報告を受けて、エイビスは【ヨクスチ商会】への強硬捜査の命令を出した。

 陣頭指揮を執るのは、違法賭博場や薬物の生成工場が街にできてすぐ潰してきた実績のある、冒険者上がりの騎士だ。彼の臙脂色のマントの後ろには、第四等級の菫色のマントと第五等級の白色のマントの一団が続く。

 その最後尾には、浅黄色のマントを身に着けたものが二人――ジョナサンとリンキーだ。

 第二等級の騎士は、捜査命令の書かれた羊皮紙を受付に見せると、彼女が何か反応を示す前に、部下に命令を下す!!


「全員かかれ!! ゴミ箱の塵一つ逃すな!!」


 そして散開する菫色と白の集団を見て、ジョナサンは呟く。


「開始に前には仰々しい演説をするのかと思ったが、手際は私がいた世界と変わらんな。FBIを思い出す」


「おとぎ話や、戦争じゃないんだ。チャキチャキやるさ。ほら、始めるぞ」


 リンキーについて、ジョナサンは階段を上がる。その時ちらりと指揮官を見ると、彼は二人がエイビスからの密命を知っているからか、その独断行動を咎めもせず、頷くだけだ。


「しかし、もう少し【ピンカートン騎士団】というのは、官僚的な組織だと思っていたよ。ずいぶん柔軟だな」


「まあ、うちはバルバトス卿が治めてるってのは大きいな。他の街では、上級貴族の私兵になっているところもあるっていうしな。それに、あの人は冒険者上がりだ。お前に親近感を抱いてるんだろ」


 冒険者――【ピンカートン騎士団】では手が回らない小さな町の事件の解決や、山賊の討伐、建国以前から存在する迷宮や魔獣の跋扈する辺境の調査を行う職業を指す。実入りがいい半面で、危険度も高く、十年以内の冒険者の生存率は三割を下回る。

 そんな職業なものだから、ある程度の年齢に行った者や結婚したものが、軍やピンカートン騎士団に転職することも珍しくはない。その場合、大抵は第四等級か第三等級からのスタートになる。指揮官は、四〇手前で騎士団に入り、第三等級のマントをまとうジョナサンを、どこかの街で活躍した元冒険者だと思っているのだろう。


「まいったね、私が異世界転生者と知れば、彼はどんな顔をするだろうか」


「反応を楽しみにしてるって顔を隠す気もないようだな……」


 リンキーの呆れた声を聴きながら、ジョナサンは薄ら笑いを浮かべて窓の外を見る。

 野次馬が、商会の建物を囲んでいる。それだけならばいいのだが、既にスラムの住人と思しき者が、周辺を警備している騎士に食って掛かっている。


「……手早く済ませよう。暴動が起きかねん」


「外、そんなにひどいのか?」


「ちらりと見ただけで、ヤバさが伝わってくるよ。周辺警備の騎士には、同情するね」


 肩をすくめて言って、ジョナサンは階段を登りきる。

 最上階は、丸々事務室になっていた。

 すでに先に入っていた下級の騎士が、家宅捜索を始めている。


「リンキーさん、ジョナサンさん、お疲れ様です。団長のご命令の通り、こちらはまだ手を付けていません」


 ここでの指揮を任された、第四等級の騎士が、最奥の扉の前で二人に敬礼する。


「ああ、ご苦労。――さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 ジョナサンは扉に手をかけ、一気に開く。

 その部屋――商会のアラビヒカ支部長の部屋は、雰囲気だけならばジョナサンもよく見慣れた、社長のオフィスと同じく、豪華な調度品に彩られ、しつらえられた家具も、一目で高級品と分かるものばかりだった。

 だが、それ以上にジョナサンはこの部屋を知っている。漂う雰囲気は、違法な商売で稼いでいるもの特有の――マフィアやカルテルのボスの書斎にも似た、後ろ暗い利益から目を背けるために、部屋を華美な装飾でごまかしている部屋だ。


「これは……」


 リンキーは呟く。

彼は別にジョナサンのように、部屋に漂う『悪』をかぎ取ったわけではない。部屋の壁の最奥――普通ならば、創業者の肖像画だとか、商会のマークが掲げられるべき場所にあるものを見て、絶句したのだ。


「いやあ、罠だと理解していても、ここまで露骨だと、笑えてくるね」


 ジョナサンは皮肉気に笑いながら言う。

 その視線の先は、リンキーと同じ――犯罪組織【クリサリス】のマークが、豪奢な額縁に飾られていた。


「だがまあ、ぼーっとしているわけにもいられない。敵とのつながりを見つけたからと言って安心しているわけにもな」


 ジョナサンは言って、扉を守っていた第四等級の騎士に視線を向ける。


「君、支部長をここに頼むよ。それと、【クリサリス】とのつながりが確実視された事を、指揮官殿に伝えてくれ」


「は、はい!!」


 バタバタと駆け出す彼を見送ると、ジョナサンは支部長の椅子に座り、「なんだ、意外に座り心地がいいな、この椅子は」とつぶやいた。


「急ぐ必要があるんじゃないのか?」


「暴動が起きるのを懸念していただけだ。まさか、私もここまで堂々と組織のマークを掲げているとは思わなかった。これなら、商会が住民の失踪事件にかかわっていることは疑いようもないんだ。スラムの住人も、おかしなことはしないだろうさ」


 その言葉に、リンキーはどこか引っかかりを覚える。

 果たして、「そんなに簡単に事が済むだろうか?」という疑問が頭から離れない。

 スラムの人間は、横のつながりが強い。そんな彼らが、同法に危害を加えられて黙っていられるだろうかなんてことは、考えなくてもわかる。

 そして、スラムの人間は死んでいなくとも、無事でいる保証はどこにもない。人身売買の末路は、たいていが悲惨だ。非合法な奴隷に慰み者、ショーのメインキャストなど、酸鼻極まる末路を、様々な事件の記録でリンキーは見てきた。

 今この時は暴動が起きなくても、この後、商会の失踪事件への関与が公表されたときはどうだろうか。あるいは、商会の人間の裁判の際には。

 そして、最も疑わしいのは、ジョナサン自身だ。

 彼は、悪辣な人間だ。過去の事件捜査でも、犯罪者の思考をそのバックボーンを問わず、完全にトレースして見せた。

 では、今回、彼はスラムの人間の思考を読み切れなかったというのか? いや、そんなはずはない。彼は、この先にある何かを見越している。そして、そのためにスラムの住人を利用しようとしている。


「おい、ジョナサン――」


 リンキーが確信をもってジョナサンを問い詰めようとするのと同時、先の第四等級の騎士が戻ってきた。傍らには、後ろ手に縛られた支部長がいる。


「お待たせしました!!」


「ああ、ありがとう。それでは、ここは我々三人にしてもらえるかな?」


「了解!!」


 部屋の扉が閉ざされると、ジョナサンは机の上に肘を置き、まるでその部屋の主であるかのようにふるまう。

 支部長が余計なことをしないように見張るリンキーは、既に彼に同情を始めていた。今から、そのプライドはズタズタに引き裂かれた挙句、ドブ川にまき散らされる羽目になるのだ。


「さて、君の名前を聞かせてもらえるかな?」


「……!!」


 せめてもの抵抗とばかりに口をつぐむ支部長を見て、ジョナサンは肩をすくめると、リンキーを見やる。

 ため息交じりに剣を抜き、支部長につきつけても、彼は震えるばかりでしゃべろうともしない。


「リンキー」


 ジョナサンは愉快な調子で言う。

 口をわらない犯罪者に剣を突きつけることに、抵抗はないが、あそこまで楽しそうできるかと言えば、答えはノーだ。リンキーはやれやれと頭を振って、詠唱なしの魔術を発動――刀身に、青白い電流がパチパチと音を立てる。


「さて、もう一度聞こうカ? 君の名は? 名乗りたくなければそれでいい。この部屋を暴けばいくらでも出てくるだろう。だが、自ら話せば、君の牢屋での身の安全くらいは保障できるだろうね。我々に協力すれば、【クリサリス】から君の身を守ることはできるだろう」


 脅すことで選択肢を奪い、さらには身の安全を保障する形で、身の破滅同然の要求を呑ませる。犯罪組織の常套手段だ。


「ア……アカブだ……」


 リンキーの雷光に怯えたのか、あるいは組織からの庇護を約束されて気が緩んだのか、アカブは震えた声で答える。


「ではアカブ。君は、【クリサリス】の一員という事でいいのかな?」


 アカブはフルフルと首を横に振る。


「は、入りたくて入ったんじゃない!! そりゃ、大規模な犯罪組織なら金が入るって思ってたさ!! でも、こんなの、俺が望んだことじゃないんだ!!」


 リンキーは再び剣に雷光をまとわせて尋ねる。


「スラムの人間が犠牲になったことに、今更罪悪感を覚えたのか?」


「ち、違う!! スラムのクズなんてどうでもいい!!」


 典型的な都市部の犯罪者のもの言いに、リンキーの眉間にしわが寄り、殺気が漲る。その様子に、アカブは怯えた声を上げた。


「ではアカブ、君は何に怯えている?」


「……!!」


 ジョナサンの問いに、アカブは再び口をつぐむ。


「答えろ」


 リンキーの足に脇腹を小突かれ、暴くは震える声を漏らす。


「い、言えない。禁則だ。凶魔術の。俺はまだ、あんな風にはなりたくない!!」


「あんな風とは? そもそも、君たちの狙いはなんだ?」


 ジョナサンの声に、わずかな圧がこもる。


「先に解呪してくれ!! 俺は、また死ぬのはまっぴらなんだ!!」


 その言葉に、リンキーは眉を顰める。


「どういうことだ? おい、ジョナサン。凶属性をかけられているなら、コイツに聖属性の魔術を――」


 リンキーの言葉に、アカブは息を呑む。


「ジョナサン……。アンタ、ジョナサン・マクノートンか?」


「そうだが?」


 アカブは全身をこわばらせ、がたがた震えながら言う。


「――れ……」


「なんだって?」


「消えてくれ!! 俺の前から!! あんた!! あんたにすべて話すよ!! だから、俺の目の前から、ジョナサン・マクノートンをどっかにやってくれ!!」


 アカブは取り乱した様子で、リンキーの足にもたれかかる。


「うわっ!! なんだ!! 離れろよ!!」


 リンキーは思わず飛びのく。そのせいで、アカブは顔面を頬を強打した。

 ジョナサンは立ち上がると、彼に駆け寄る


「アカブ。君は何を知っている? ――いや、何をされた?」


「うるさい!! 消えろ!! 消えてくれ!! 頼むよ!!」


 パニックに陥ったアカブの鼻から、血が垂れる。顔面を強打して鼻血が出たのかと思ったが、すぐにそれは間違いだと知らされる。

 パニックに陥る彼の目から、耳から、やがては口腔からも血があふれ始めたのだ。同時に、おぞましい圧力――魔力の膨張が発生した際の圧力も部屋に広がる。


「アカブ!! しっかりしろ!! 【クリサリス】はいったい何を――」


「やべ――離れで――ジョナザン――」


 やがて、ゴボリと血塊を吐き出して、アカブは動かなくなってしまった。


「クソッ!!」


 ジョナサンは珍しく露骨に悪態をつく。そして、立ち上がると天井を仰いで深いため息をつくと、リンキーにいう。


「……捜査班の騎士に、ここを任せよう。我々は団長にこのことを報告して――」


「ジョナサン……」


 遮るリンキーの声は、震えていた。


「どうした?」


 そのただならぬ様子に、ジョナサンは眉をひそめて彼に振り返る。

 異変は、一目でわかった。リンキーの視線の先、頭を血まみれにしたアカブの死体が、赤黒い粒子状の光に包まれている。


「これは……。死霊属性の魔術……なのか?」


「私の知識が正しければ、そうだ。この術は、一般的ではないのか? 【クリサリス】?」


 ジョナサンの問いかけは、アカブの死体に対して投げかけられた。

 死体は、その言葉を合図にしたように、宙に浮かぶ。光がないはずの目には、凶器が宿っていた。


「神の英知にすがって、無知を改めようともしない……。神の簒奪者は、かくも愚かなのですね。ジョナサン・マクノートン」


 死体は、開くはずのない口で告げた。

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