BLINDNESS

「モグモグ――さて、私も君たち同じように――もぐもぐ――ヨスクテ商会に――モグモグ――辿り――ついたようだが――モグモグ――うまいなこれ!!」


 秘匿魔術を再度発動させたエミナと店に入り、二人はソフトタコスに舌鼓を打つエミナの進みそうにない話に付き合わされていた。ちなみに、店の店主には「薬物中毒者が重要な情報を握っていたので、ちょっと三人にしてほしい」と言って金を握らせると、裏に引っ込んでもらった。


 ジョナサンも、胃痛を彼に直してもらったリンキーも、エミナ・バルバトスの人となりは知っている。この街を収める大貴族であり、その鷹揚な人柄から、民衆の支持も厚い。それだけではなく、スラムの問題や犯罪者の更生といった治安維持のための公共事業も行っており、七十二の上級貴族の中で、最も民衆のために心を砕く事で全国的にも有名だ。

 しかし、その実態は、そこいらの平民よりもよっぽど庶民的な思考の持ち主で、もはや過剰ともいえるほどに堅苦しさを嫌い、隠匿の魔術を施した衣服を着ては街を散策する困った人物である。

 プライベートでなら、話も聞くが、今は仕事中。ましてや、【クリサリス】に関する事件だ。時間は無駄にしていられない。ジョナサンもリンキーも、彼が何も知らなければ、タコス屋の一日の売り上げを犠牲にするところだった牢。


 しかし、彼は、【ヨスクチ商会】の名を口にした。

 これは、全国的に展開する、人材派遣業を通じて、貧困支援やスラムの住民の社会復帰を促す企業だ。――あくまで、表向きは。

 この企業の主な実績は、新聞広告――かつて異世界転生者が持ち込んだ活版印刷の技術で、この世界には、新聞や雑誌が当たり前に存在している――に掲載されていた。

 クジュシの街では、スラムの人口を五割減少。

 シチョキの街では、貧困層の収入が平均三割上昇。

 ユショタの街では、犯罪発生件数が六割低下。

 ノアカンの街では、城と見まごう大豪邸を立てた、かつてはスラムの住民だったという男が、ヨスクル紹介で働く事のすばらしさを解いていた。

 これが、ジョナサンのアンテナに引っかかった。

 元居た世界で、似たようなものを見てきた。例えば、アメリカではホームレスのシェルターはその運用にあたって、政治的な腐敗が介入しやすいという。それに、十五年ほど前に日本では似たような謳い文句で開運グッズを売る霊感商法を手伝ったこともある。

 それだけならば、つまらない詐欺だ。しかし、ジョナサンも、そしてリンキーでさえ見逃さなかった。クジュシ・シチョキ・ユショタ・ノアカン――これらはすべて、治安が悪いだけではなく、街を収める政庁が何らかの犯罪組織と癒着していると噂のある街だ。これは公にはなっていないが、エイビスに話を聞くと、王都から【ピンカートン騎士団】の監査の人間が極秘裏に入り込んでいるらしい。

 もしも、四つの都市と癒着しているのが【クリサリス】だとすれば、騎士団の監査が送り込まれているのに、癒着している犯罪組織のしっぽすらつかめずにいるのも、大都市の中でダントツにスラムの人口が少ないアラビヒカに出張所を出したことも頷ける。

 そして、そのつながりを市勢に紛れるだけでつかむのだから、エミナの情報収集能力は恐ろしい。前の世界でなら、【コネクション】に誘いたかったくらいだ。そう、ジョナサンは思っていた。


「モグモグ――しかし、大したものだね――モグモグ――政庁にある――モグモグ――書類だけで――あそこにたどり着くなんて――モグモグ――やはり――モグモグ――リンキー君は――」


 この緊張感のなささえなければとも、思う。

 同じ心境だったのか、リンキーが口をはさむ。


「バルバ――言え、お義父さん、あの、食べながらしゃべるのはさすがにみっともないかと」


「モグモグ――えっ? そう?」


 エミナは悪びれる様子もない。

 目上の者に、それ以上何も言えないリンキーに、ジョナサンが助け舟を出す。


「そうですよ。もし、これを奥方が知ったらどう思うでしょう?」


 その言葉に、エミナの動きがぴたりと止まる。


「えっ、ちょ、やめてよ……。ロディちゃん、怒ると本当に怖いんだから……」


「しかし、このままでは知られかねませんよ? 帰って、リンキーがイーマグ様にそのことを言ったとしましょう――」


 隣でリンキーが「そんなことするものか!!」と無言で訴えてくるが、無視する。エミナは妻に怒られるかもしれないという事実に震えあがっているのだ、ハッタリでもなんでもだましきったものが勝つ。


「――依然として、イーマグ様はアラビヒカに住んでおられるのですから、当然ですな。で、です。イーマグ様が実家を訪れ、奥方にあなたの粗相を報告しないと、言いきれますかな?」


 相手に最悪の展開の先の先まで連想させる言葉に、エミナは観念するようにため息をつく。


「わかったよ。食べてから話すよ……」


 しょげた顔でタコスを食べ始めるエミナに合わせて、ようやく二人もそれぞれの皿に手を付けた。

 やがて、三人ともが食べ終えると、エミナはさっきまでのダメなおっさんとは打って変わった真面目な顔で口を開く。


「さて、ヨスクテ商会の話だったね」


 二人は頷く。


「私も、一日二日しか見て回れていないが、スラムにいる情報源から話を聞く限りでは、彼らの大半は、【ヨスクチ商会】に登録してたよ。最も、その先はわからない。そもそもあの商会は、不透明な点が多すぎる。人材派遣業だというのに、どこに人員を派遣しているのかが全く見えない」


 エミナは愚痴るように言って、自分のアイスティーに口をつける。


「スラムに情報源がいるのですか?」


 ジョナサンの問いに、エミナは頷いて答える。


「曲がりなりにも、私はスラム問題に取り組んでいるんだぞ? 人口を把握しただけで、具体的な策が打てない事なんてわかっている。幸い、我が家には便利な服があるからね、政策を順調に進められるわけだよ」


 ジョナサンは、再び部下と共に見た日本の歴史ドラマを思い出していた。その主人公、ヨシムネは、当時の幕府の将軍――実質的な日本の統治者でありながら、姿と名を偽り、街の人々と交流してその声を聴いていた。部下に聞くところによれば、ヨシムネは実在の人物で、画期的な政策を打ち出していたという。

 史実のヨシムネは、さすがに市勢に降りてきてはいないだろうが、ドラマと同じことをしているエミナの姿を見れば、部下の「ヨシムネは最高にクールなんだ!!」という言葉にもうなづける。

 同時に、頭のねじが外れているとしか思えない。

 史実のヨシムネが姿勢に降りなかったと、アメリカ人のリンキーが予想できるのは、権力者が護衛もなしに出歩くことが危険だと知っているからだ。例えば、大統領がシークレットサービスなしに、コンビニにビールを買いに行けばどうなるだろうか。しかもそこに、貧困にあえいで強盗が入れば――考えるまでもない。高確率で殺される。

 エミナがやっているのは、そういう事だ。

 スラムの住民は、ただ貧しいだけの者や、身を顰める犯罪者だけではない。王都やよその街の政策や公共事業の影響で失脚した中級下級の貴族や、高位の魔術師もいる。彼らはアラビヒカの市勢など知らないだろうが、上級貴族や王族への恨みは強い。

 そんな中で、もしも衣服の隠匿魔術が機能不全を起こしたら。あるいは、大魔術師がその正体を看過すれば――結果は考えるまでもない。よくて、後遺症が残るほどのリンチ。悪ければ殺された挙句、街の中央広場につるされる。

 あまりにもリスクに見合っていない行動に、ジョナサンは敬意と、等量の恐怖を覚えた。


「さて、誰もが怪しんでおかしくない【ヨスクチ商会】なわけだが、どういう訳だかスラムではあまり怪しまれていないんだ。彼らは、派遣先でのトラブルや、通勤時のトラブルを疑っている。どういう事なんだろうね?」


 ジョナサンは、その言葉で商会への疑いを強めた。いや、確信したと言ってもいい。エミナの言葉を鵜呑みにしたわけではない。これは、犯罪者でなければできない思考に基づく結論だ。


「なるほど。手間が省けました。感謝します」


 ジョナサンの言葉に、リンキーは戸惑う。


「何がわかったんだ?」


「部隊を組織して、【ヨスクチ商会】に家宅捜索に入る必要性が出たという事だ」


 エミナは興味深そうに口元を歪め、リンキーは頭にクエスチョンマークを浮かべている。


「つまりだ。彼らはスラムの人間の心理に付け込んだという訳だ」


「貧困の苦しみ、という事か?」


 リンキーの疑問に、ジョナサンは頷く。


「ああ、さっきと変わって鋭いじゃないか。いいぞ、リンキー」


 彼に優しくしようという自らの誓いを遅ればせながら実践したジョナサンだが、リンキーのリアクションは、「気持ち悪いな……」の一言だけだった。


「追い詰められた人間は、盲目的だ。自分の周りが闇に閉ざされていると信じて疑わない。だが、そこに強い光が差し込んだと強いたら?」


「すがるだろうね。スラムの住人で、あそこの生活が心から性分に合っているというものはごくわずかだ」


 エミナの言葉に、ジョナサンは頷いて続ける。


「そう。すがるんです。たとえそれが、悪意に満ちたものでもね。自分を救ってくれるのであれば、何でもいいと。これは、ある意味、善悪の彼岸を超えた問題かもしれない」


「だが、なぜ、疑わない? お前の言葉を借りれば、スラムの人間は耳ざといんだろ? 商会に不利な情報があっても――」


「商会に不利な情報は、もしかしたら、あるのかもしれない。どうですか? エミナ様」


「うん。確かにあるようだよ。しかし、詳しくは聞けなかった。私の情報源も、それを信じてはいないようだったしね。でも、それが?」


「それが、すがるという事なんですよ。都合の悪い情報はシャットアウトして、都合のいい知らせだけ耳に入れる。誰に洗脳されるわけでもなくね。耳ざとければなおさらだ。多くの情報が流れ込んでくることに慣れていると、情報の判別がうまくなったと自分を過信する。捨てた情報が偏っているとも気付かずにね」


 これは、ジョナサンのいた世界でもよくあったことだ。インターネットの発達で、様々な言論が飛びかい、その入手が容易になったというのに、フェイクニュースは毎日のように流れ、オルトライトは跋扈した。

 彼らの多くは、こちらの世界のスラムの十人ほどではないだろうが、貧困にあえぎ、状況を打開してくれる存在を、そして世の中の不正を暴いていると思われる情報を信じている。それがどれだけ時代錯誤でも、荒唐無稽で異常な言説だとしてもだ。

 それを利用したビジネスは、いくつか手伝ったが、ここにきて、よもや敵対するとはジョナサン自身思ってみなかった。


「人間の盲目的な心理か……」


 ぽつりと漏らすエミナに、ジョナサンは言う。


「妄信や、洗脳されていると言ってもいい。スラムには、学のある人間はいるのでしょうが、だからと言って騙されない訳でもないんですよ。まあ、学がある人間は、危機感を抱いて警鐘を鳴らすよりも関わらないことを選んだのかもしれませんが」


 ジョナサンの頭にあったのは、中東のテロ組織や毒ガステロを引き起こした日本のカルト宗教だ。これらの組織の幹部は、意外にも高学歴の人間が多い。彼らは、もともと悪しき思想をもって、組織を利用してやろうなどと思ったわけではない。騙されて組織に入り、やがて染め上げられてしまったのだ。


「まあ、行方不明者の目撃証言を集めていない以上、全ては憶測ですがね」


「……」


 ジョナサンの言葉に、どこか苦し気なエミナの表情は曇ったままだ。

 彼は、民のこと誰よりも考えている。自分の政策が、スラムの住人を妄信に陥れたのではないかと、心を痛めているのだ。

 しかし、ジョナサンは慰めの言葉をかけない。

 彼の人となりは、この半年でよく理解している。それに、彼にそんな言葉をかけるのは、かえって侮辱だと理解しているからだ。


「私は、『疑わしきは罰せよ』という考え方を好かない。だが、今回はあまりにも状況証拠がそろいすぎている」


 エミナは、覚悟を決めるように間を置いて続ける。


「申請すれば、捜査の許可はすぐに出そう。だから、君たちはこの剣をすぐにエイビスに報告するんだ。いいね?」


 その言葉を受けて、余計なことに気付いたのはリンキーだ。


「あの……。確かに、バ――お義父さんは必要以上に権力を振りかざすのはお嫌いなのでしょうけど、直接命令を出していただければいいのでは……?」

 指摘されて、エミナはプイっと顔をそらす。


「だって、怒るもん……」


「誰が、でしょうか?」


「エイビス……。あいつ怒ると怖いんだよ!! 容赦なく尻を蹴ってくるんだ!! あのクマみたいな体型で、遠慮なく!!」


 エミナとエイビスは、同い年で付き合いも長い。エミナが家督を継ぐ前からの付き合いなのだが、それだけに容赦がない。


(そういえば、私が初めて二人に会った時も、何をしでかしたのか蹴り上げられていたな……)


 ジョナサンは、はじめて彼らに出会った時のことを思い出していた。そして、彼ほどの有能な人間が、なぜこんなにもしまらないのだろうかという疑問も感じていた。

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