CONCEALMENT

 結局、調査には丸二日を要した。

 候補自体はあまり多くなかったのだが、ジョナサンが「直接調べまわるのは、疑念がより濃くなってからでいい」と言って聞かなかったからだ。

 リンキーがその理由を聞くと、出来が悪い生徒に言い聞かせるような顔で、「相手は秘匿が得意な犯罪組織だぞ? 嗅ぎまわれば、すぐに勘づく。君のことだ、まずは詰め所の第四等級や第五等級の騎士を聞き込みに使わせるつもりだったんだろうが、彼らがアタリを引いても、何も情報は得られないばかりか、証拠は完全に消えてなくなり、聞き込みをした騎士は変死体になるだろう。君が、人命を軽視する外道でないなら、やめるべきだ」と、いつもの小馬鹿にした調子を交えて言われた。

 口惜しさ混じりに、「なんでそんなことがわかるんだ?」と尋ねてみると、返ってきたのは、「私ならそうする。いや、そうしてきた」と、悪辣そのものの笑顔で。

 さすがに引きつった表情を浮かべるしかできなかったが、元犯罪コンサルタントにして、今は高い検挙率を誇る魔術捜査官が言うのだ。業腹な気持ちを抑え、舌打ちを六回して、家に帰ったらイーマグに心配されるほどに強い酒を飲もうと心に誓って、渋々その方針に従うことにした。


「しかし、本当にここで聞き込みするのか?」


 下の等級の騎士は、木になるわけではない。一人でも殺されれば、重大な損失だ。だから、魔術や戦闘の腕が立ち、殺される心配のない自分たちが直接聞き込みを行うことに、リンキーは不満はない。

 だが、問題は聞き込みの場所だ。いま、二人の姿はジョナサンお気に入りの――店の初代主がかつてジョナサンに殺されてこの世界に来た異世界転生者の――タコス屋のある路地にあった。


「騎士団の規則で、スラムに入れないだろう? まあ、私は入ってもいいが、スラムの住人が騎士団の人間に素直に話をするとは思えないがね」


「スラムの人間に話を聞くんじゃないのか?」


 リンキーは、依然としてスラムへの恐怖心がぬぐえずにいる。


「悪くはないがね、人間の心理は複雑だ。騎士団は、彼らの陳情を無視し続けている。団長ですら、【クリサリス】がかかわっていると疑念を抱かなければ、残念ながら捜査に乗り出そうとも考えなかったろう。エミナ様は、また話が違うだろうがね」


「つまり?」


「察しの悪い奴だな。彼らは、確かに不満を抱いている。助けてほしいから、騎士団に訴えもする。だが、それを入り口の前で突っぱねられているのに、道端で他の騎士に話を聞かれたらどう思う?」


「あー……。なるほどな……」


 リンキーは、苦虫をかみつぶしたような顔になる。

 そんなことをすれば、まず間違いなく反発が返ってくる。「さっきは話を聞かなかったくせになんなんだよ!!」と。そうでなければ、疑われる。「こいつらは、【ピンカートン騎士団】に変装した、行方不明事件の首謀者に違いない」と。あるいは、「騎士団が行方不明事件の首謀者だ」と最悪の想像をされるかもしれない。


「ともすれば――わかるだろう? ここは市街地の端、スラムとの境界線ギリギリのあたりだ。スラムの噂も、わる程度は入ってくる。スラムの人間に話を聞くのは、そのあとでいい。【ヨスクチ商会】の捜査は、そのさらに後だ」


 ジョナサンの言葉にリンキーは一旦は納得するが、一つの疑念がある。


「また、被害が拡大するかもしれないだろう?」


「それは仕方がない」


「なっ……!! ふざけるな!! スラムの住民とはいえ、アラビヒカの市民だぞ!!」


 ジョナサンは、リンキーが怒声を上げたにもかかわらず、それに嬉しそうに答える。


「ああ、そうだよな。だが、どうせ死ぬわけではない。ならば、問題ないだろう?」


 思わず、リンキーの手がジョナサンの胸倉をつかむ。


「そんな事は――」


「ああ、ないよな。君は正義の側だ。そう思うのが正しい――」


 言葉をつづけた、ジョナサンの表情は、まるでこの世の全ての悪行を喜ぶ、悪魔そのもののようだった。


「――だが、私は悪の側だ。君のいう事など、知ったことではないよ」


 リンキーはその恐ろしさに、思わず突き放すように手を放し、今覚えた感情を振り払うように言う。


「それは、買い被りだ……。俺は、スラムの人間に一方的に恐怖を抱いているんだ」


「だが、見捨てない。彼らのために動く事に、逡巡はしても間違いだとは思えない。それは、間違いなく正義だよ」


 その言葉に、強い違和感を覚えた。以前感じた、ジョナサンの言動の微妙なずれだ。


「まるで、正義を信奉しているようだな、お前は」


 思わぬ言葉に面喰ったのか、ジョナサンはニヤニヤ笑いをやめて目を丸くする。そして、深いため息をつく。


「面白いことを言うな。君は――」


 その表情が、何を考えてのものなのか、おそらくジョナサン以外にはわからないだろう。


「――そうだな。私は悪以外の生き方を知らない。正義は、私を見捨てるか、敵対するしかなかったからな。神に祈るのと同じように、正義に信仰心を抱いているのかもしれないな」


 ジョナサンはそう言って、歩き出した。

 彼の言葉にどんな意味があるのか、リンキーはついぞわからなかった。



「娘がねえ、いっちばん可愛い末娘がねえ、教えてくれたんだよぉ。この店のタッコッス!! って食べ物と、ナッチョチィィィィィィィップ!! って食べ物と、ワッカモォォォォォォレってソースが、すごくおいしかったって!!」


 ジョナサンが最初の聞き込みに訪れたのは、なじみのタコス屋だ。店主と日常会話をするくらい仲良くなっているこの店なら、有力な手掛かりが手に入ると踏んでのことだった。この店のことを知ってはいる――ついさっき知りたくもないことを知る羽目になったが――リンキーも、そこに文句は挟まなかった。

 しかし、妙にアグレッシブな発音で店主にからんでいる男――身なりからして低所得層だろうか――がいて、すぐに話を聞くことができない。


「あの、タコスに、ナチョチップに、ワカモレのことですかね?」


 ぱっと見荒くれ者じみてはいるが、接客が丁寧な店主は、その無駄な熱意に戸惑っているようだ。


「そうそうそうそう!! それだよ!! 一番かわいい末娘がね!! 教えてくれたんだ!! あっ、待ってくれ!! 末娘だけが可愛いんじゃない!! 長男は稼業を継ぐために頑張ってくれるし、次男はイサボドウスイの【ピンカートン騎士団】で頑張っているし、長女も次女も嫁ぎ先でみんな幸せに暮らしてる!! その全てが愛おしい!! でも――!!」


 男は、テイクアウトのカウンターに突っ伏して、わんわん泣き始める。


「皆僕に構ってくれないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 末娘も早くに嫁いじゃってもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 さすがのジョナサンも、その様子には呆れていた。


「まいったな。薬物中毒者か? 売る側の人間の対処法は知っているが、溺れたやつの対処法は、殺す意外に知らないぞ私は……」


 彼が手を出しあぐねていることに気付くはずもなく、ジョナサンとリンキーの姿に気付いた店長が、助けを求める。


「助けてください!! ジョナサンさん!! リンキーさん!! このおっさん営業妨害ですよ!!」


 半泣きで訴える店主――荒くれ物じみた外見をしているのは、趣味が筋トレで、いかついファッションを好むだけで路上の喧嘩すらしたことがない――の言葉を無下にできるはずもなく、ジョナサンはため息をついて、男を確保しようとする。

 しかし、リンキーが腕でそれを制した。


「待て……。俺がやる……」


「ん? そうか? なら任せるが。――ずいぶん顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」


 リンキーの顔は、ジョナサンがイーマグと初めて会った時のように、土気色になり、胃に痛みを覚えているのか、微妙に震えてすらいる。


「大丈夫。大丈夫だ……」


 ぎこちない速足で、リンキーは男の背後に回り、その肩を掴む。


「子供たちだけじゃないんだ!! 妻も、今は旅行に行ってて、僕はすごく寂しいんだあああああああああああああああ!! ん? 君は――」


 男はリンキーに振り返ると、ぴたりと泣き止んだ。


「……こっち、来てください」


「おいおい、敬語なんてよしてくれ!! そして、私のことは――」


「いいから、来てください」


 リンキーは、男を引きずって路地裏に入っていく。

 ジョナサンもそれに続くと、彼は男の着衣の乱れを治すと、跪いて青色吐息の声で言う。


「ご無礼をどうかお許しください……。しかし、ご自分の立場も考えていただきたい……」


「ハハハハハ。今は、プライベートだよ? サボり中ともいうけどね。それと、リンキー君、前々から言っているが――」


 あまりの光景に、ジョナサンは言葉を失ってしまう。


「――私のことは、お義父さんでいいと、あれほど言っているじゃないか?」


 続いた男の言葉に、ジョナサンはいよいよ訳がわからなくなる。そのもの言いはまるで、エミナ・バルバトス――この町を収める七十二の上級貴族の一つ、バルバトス家当主のそれではないか。


「どういうことだ……?」


 最初は、男がリンキーに魔術で何かしたのかと思ったが、詠唱も触媒もなしに魔術を使っても、ジョナサン自身以外は大した効果を得られない。それは、上級貴族も大魔術師も変わらない。

 しかし、目の前の男がどうしてもエミナと結びつかない。

 そんなジョナサンの戸惑いを見抜いたのか、男は鷹揚に笑って言う。


「ああ、ジョナサン君も一緒か。なら、少し待ってくれ――」


 言って、魔力を自分の衣服に通す。光も音もなく、魔力の流れだけを感じていると、一つの大きな変化があった。

 目の前の男を、エミナ・バルバトスと認識できるようになったのだ。


「驚いたかい? 上級貴族の平服の一部には、認識阻害の魔術が施されているんだよ。これで、姿勢に紛れ、街の様子を観察するのさ。結構便利だよ? 親類縁者には効かないから、こういうことになるんだけれど。そういえば、君、イーマグちゃんに会ったんだって? 彼女も今はこういうのしか着ないから、リンキー君と結婚したことを知らなきゃ、彼女だと気づかないだろうね」


 要するに、正体を偽り、政庁の報告で上がってこない街の部分を観ようというのだろう。頭をよぎったのは、過去の部下だ。日本好きだった彼は、アニメーションの他に歴史ドラマにもハマっていて、「ボス!! ヨシムネは最高にクールなんだ!!」と言って、DVD観賞によく突き合わされた。

そして、彼のあくまで泰然とした物言いに、ジョナサンは思わずリンキーを見る。


(少し、からかうのを控えてやろう……)


 罪悪感という感情のないジョナサンに、不憫さを感じさせるほど、リンキーの表情は大変なことになっていた。


「ああ、そうそう。あの家もねえ、僕自らいろいろ仕掛けてね。娘に危害を加えたら、その場で全身がばらばらになるし――」


 エミナの目線が、リンキーに向く。


「夫の立場だからって、イーマグちゃんが嫌がっているのに無理やり組み伏せるようなことをしたら、内蔵とペニスが大変なことになる」


 鷹揚な笑顔だが、その眼に狂気が宿っていることを、ジョナサンは見逃さなかった。


(私よりも、犯罪者思考じゃないか……?)


 今口に出してはろくなことにならないことをジョナサンが思っていると、リンキーは伏せたまま言う。


「エミナ様、お戯れはそこまでに……」


 絞り出すような声に、エミナは五〇前後の年齢を感じさせない大人げなさで言う。


「やだ。絶対やだ」


 全米を恐れさせた犯罪コンサルタントのプライドを総動員して、ジョナサンはどうにか無表情を保つが、心はリンキーへの同情でいっぱいだった。


「君が私をお義父さんと呼ぶまで、私は帰らないぞ!! なんなら、パパ、ダディ、オトン、父ちゃんでもいい!! 父上はだめだ!! 堅苦しい!!」


「……」


 リンキーは答えない。というより、答えられないようだ。


「あの、エミナ様。さすがに、リンキーが……」


「黙り給えジョナサン君!! これは家族の問題だ!! 義理のとはいえ、息子がこんな近衛の連中みたいなこと言うなんて、お義父さん悲しい!!」


 これはだめだ。そう思っても、何もしなければ事態は好転しないことをジョナサンはよく理解している。


「しかし、彼はまじめさが取りえで――」


「家族に遠慮するなら、それは欠点だ!! イーマグちゃんにもいまだに敬語だっていうじゃないか!!」


 恩人のみっともない姿に、ジョナサンは逃げ出したくなってきた。


(前の世界では、抱きようもなかった感情だな……)


 そんなことを思って現実逃避すると、リンキーが死人同然の顔を上げてもごもご口を動かす。


「――ん」


「ん? なんだね? 聞こえない!! 聞こえないよ!! リンキー君!!」


「お義父さん、どうか……どうか……執務に、お戻りください……」


 その言葉に満足したのか、エミナは、満足げに「ムフーッ」と鼻から息を吐き出す。


「わかればいいんだ!! しかし、次は跪くなよ!! 敬語も一年以内に禁止するからそのつもりで!!」


「ハイ……」


 そのリンキーの絞り出すような言葉に、ジョナサンはしばらく彼に優しくしようと決めた。


「じゃあ、一緒にランチを食べようか?」


 その申し出に、リンキーの身体が大きく揺らぐ。倒れなかったのは、精神力のたまものだろう。


「ただで、とは言わない――」


 エミナの表情が、さっきまでとは別人のように引き締まる。


「君たちにスラムの住人の失踪事件を捜査させるように指示したのは私だ。そして、私はこうして施政を除く中で、有力な情報を手にした。君たちも、【ヨスクチ商会】にたどり着いたんだろう?」


 そして、彼はタコス屋を親指で指す。


「あの店は、店内でも食べられるようだね。なら、ランチを楽しもうじゃないか。まあ、君たちなら、自力で事件を解決できるだろうから、断ってもいい。あの店主が困ってもいいならね」


 その先では、タコス屋の店主が「勘弁してくれ」という表情を隠さずにいた。

これを断ってしまえば、今後あの店に行くのが気まずくなる。


(絶妙な脅し文句だな……)


 ジョナサンは、相棒の精神的苦痛に苛まれる内蔵と、情報とそれに伴うお気に入りの店に一切の心理的瑕疵なく通う生活を天秤にかけ、迷わず後者を選んだ。

 リンキーにしばらくは優しくしようという自らの誓いを、短時間で破却した形になるが、そのことについては何も感じなかった。彼は、結局どこまで行っても、悪人なのだ。

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