INVESTIGATION

 口に出せない不満を飲み下し、リンキーはジョナサンの後を追ってエイビスの執務室を出た。


「アテはあるのか?」


 ジョナサンはニタニタ笑いのままかぶりを振ってこたえる。


「あるといえばあるというくらいだ」


「なんだ、あやふやだな」


「それでも、ああ、それでも値千金なんだ。これまでは、追い回されるばかりだったからね。今度は、私が追い回す番だ」


「そういうのは、全部明らかにしてから言うものだろ?」


「その二つに大した違いはないさ。私にかかればね」


「お前、前に一人では犯罪コンサルタントなんてできなかったって言ってなかったか?」


「言ったさ。そして、事実だ。だが、今も私は一人じゃない。君がいる」


 リンキーは肩をすくめ、絵ずくジェスチャーをして見せる。


「お前に頼られるなんて、気色悪いな」


「まあ、戦闘力も情報収集能力も、その他もろもろの技能も、かつての部下たちに比べれば、はるかに劣るがね」


「こいつ……」


「なにより、若すぎる。今度君の前で魔術を見せて、くだらない嫉妬をぶつけられるのかもしれないと思うと、先々が不安だ」


 意地悪く言うジョナサンに、リンキーの実身がこわばる。

 怒りを感じたわけではない。図星だからだ。

 イーマグの件から一週間、彼の人となりを多少なりとも理解――完全に理解するのは永遠に無理だろう――することができた。

 だが、その魔術の実力だけは、どうしても受け入れることができない。

 確かに、異世界人の魔術の才覚は飛びぬけていると聞く。リンキーにとっては、ジョナサンが初めて会った異世界転生者なのだが、そのあまりの規格外さには、目を見張り、そして何の努力もなしにそれを手に入れたのかと思うと黒い感情が渦巻く。

 そして、それを思い浮かべただけでも――


「そういうところだ」


 急なジョナサンの言葉に、リンキーは首をかしげる。


「何がだ?」


「すぐ顔に出るのは、やはり若すぎる証拠だな。まあ、十八歳では仕方がないか」

 からかうような物言いに、リンキーは舌打ちを一つ。


「三十八のおっさんにすれば、まあ、そうだろうさ」


 しかし、ジョナサンは愉快そうな声を漏らすだけで、それ以上は何も言わない。

 リンキーも、自分の黒い感情から逃れるために、話題を変える。


「それで、どこに向かっているんだ? 資料庫はもう通り過ぎたろう?」


 それどころか、【ピンカートン騎士団】のフロアを出ようとしている。


「ああ、用があるのは政庁内だが、騎士団の資料室には用がない。というか、意味がない。スラムの住人の行方不明事件何て立件していなんだから、資料も何もないだろう?」


 リンキーがではどこに行くのかと尋ねようとしたところで、ジョナサンが続ける。


「ああ、君の聞きたいことにこたえておこう。マフィアやヤクザの下働きじゃあないんだ。情報は知っておいたほうがいい。まず、我々がこれから向かうのは、下の階――役場だよ。厳密には、転居届や事業届の窓口だ。それを半年前から四か月前までに絞って洗う必要がある」


「なんで――」


「ああ、『なんでそんなところに?』と思うだろう。簡単なことさ。七十八人もの人間が行方不明になったともなれば、それを収容する場所がいる。死んでいる可能性は考えなくていい。それにしては証拠がなさすぎる。どれほど手腕に優れた猟奇殺人鬼でも、二十人も殺して処理すれば、どこかしらにほころびが出る。目ざといスラムの住人がそこに気づかないわけがない。まあ、彼らはすぐに調子に乗るというのもあるが、まあそれはいい。とにかく、大人数を収容できる場所を持っている企業――それも、よその地域でそれなりの利益を上げているところだ――や、あるいは引っ越してきた中級貴族あたりが怪しいな。そういう連中なら、場所だけじゃなくて頭数をそろえることもできる。大勢の人間を殺すことなく世話するだけの人間をだ」


「なぜ――」


「『なぜそんなふうに思うのか? いや、そもそもなんで【クリサリス】との関係を疑うのか』――実にもっともな疑問だなあ。これは、挑発だよ。彼らは私を引きずり出そうとしている。彼らは私の命を狙っているからね。だから、こんなことをする。ほかの犯罪組織なら、わかりやすくメッセージを残すのであれば死体を吊るす。あるいは――おっと、これ以上は刺激が強いな。それに、タイミングが良すぎる。半年前に事件が始まっていたのなら、君の言う通り、私につながりがあると考えるのが妥当だ。私が【ピンカートン騎士団】に入ったことを知り、表に引きずり出すために、こんなことをしたんだろう」


「そ――」


「『そもそもなぜ、企業や貴族を疑うのか』だろう? 落ち着けよ。私だって長々と説明しなくてはならないんだからな。【クリサリス】の人間の隠れ蓑にうってつけなんだよ。犯罪組織のフロント企業や、彼らと癒着している貴族の存在を疑うまでもない。【ピンカートン騎士団】のどこの支部も、その証拠を見つけてはいないがね。ああいう大規模で、力を持つ犯罪組織というのはそういうことをする。逆に、スラムを隠れ蓑にすることはない。被害者に対しての恩情なんてものじゃない。さっきも言ったが、スラムの住人というのは目ざとい。それに、身軽だ。犯罪被害にあったことはあっても、目撃すれば逃れることもある。だから、少し調べてみればわかるだろうが、行方不明になったのは、市街地に出てきた連中だろう」


「……」


「言わなくてもわかる。要点だろう? いやあ、すまない。私はどうにも、話が冗長になりがちだ。要は三つを押さえておけばいい――」


 ジョナサンは三本指を立てる。


「この事件は、【クリサリス】が、私を狙って起こしたものだ。そして、連中と癒着関係にある者が、行動を起こした。それは、それなりの規模の土地と人数を持っている連中だ。ほかに質問は?」


 リンキーは、何とも言えない顔をして尋ねる。


「ああ、口を開いてもいいのか?」


 これだけ言いたいことを先に言われた挙句、求めた以上の回答をもらった――というよりも長々と押し付けられたのだ。こんな顔にもなる。


「口を開いていけない人間がどこにいる?」


 ため息を一つついて、どうしても聞きたいことを口にする。


「それなら、お前はなぜ、【クリサリス】に命を狙われている?」


 ジョナサンは、フーっと長く息を吐き、数秒瞑目すると、かぶりを振る。


「すまんが、それは機密事項だ。エミナ様の指示でね。彼以外には、団長にしか話すことはできない」


 リンキーは不満げに目を細める。


「そこを一番知りたいんだがな……。――しかし、意外だよ。お前がそんな風に誰かに従うなんて」


「まあ、三十五歳までは好きに生きてきたか、自分が頭に立つかだったし、こっちの世界に来てからは終われる身だったからなあ。前の世界では、追われないように痕跡をほぼ完ぺきに消してきたから、そう追われることもなかった。そこをエミナ様と団長に救われたんだ。追われる生活というのは、なかなかに愉快だったが、大変でね。そこから解き放ってもらった音は大きい。私はこれでも、恩に報いるタイプなんだぞ?」


「それは怖いな。お前みたいな何考えてるかわからない奴が、恩を忘れないなんて言い出すと、裏切ったときに何をしでかすかわからない」


 冗談めかしたリンキーの言葉だが、脳裏にあるのはイーマグのことを知ったときの彼の怒りだ。児童搾取など、やることを思いつきもしないが、もしも本当にやっていたら、どんな目に合うかわかったものではない。


「団長にも言われたな、同じこと。だがまあ、機密を話せないのにはもう一つ理由がある」


 ジョナサンは、自分の胸に手を当てる。


「これは、折を見て話していいことになっているのだが、私には、エミナ様直々に施された呪縛がある。凶属性の一つ、禁則だ。君に、私の知っている【クリサリス】の情報を話せば――どうなるかは、君ならばわかるだろう?」


 禁則――特定の行動を縛る魔術だ。これを施されたものが、無理にそれを行った場合、即座に発動し、対象を死に至らしめるか、植物状態にする。凶属性の中でも、最もオーソドックスで、刑罰にも多く使われるものであり、そして一般的であるからこそ恐ろしいものだ。


 さらに言えば、上級貴族というのは、ゴエティア王族の眷属でもある。つまり、魔力の両も、質も、そこいらの優秀な魔術師が総出になってもかなわない。ジョナサンが聖属性の魔術を駆使しても、解呪はできないだろう。


「……ずいぶん、念が入った話だな」


「私が握っているのは、それだけの価値がある情報という事だ。私としても、相棒である君に知ってもらいたいのだが、君は隙が多い」


 少し、心外な言葉だった。


「そんなことは――」


「奥方を人質に取られて、同じことを言えるかね?」


 反論を、口に仕切ることはできなかった。

 彼女を愛しているかと言われれば、正直微妙だ。もちろん毛嫌いしているはずもないが、いまだにあの押しかけ女房には戸惑いの方が大きい。だからと言って、自分の妻である人物を人質に取られ、果たして自分は冷静でいられるかと聞かれれば、素直に首を縦に振ることはできない。あんな無垢な少女に、悪人の毒牙が伸びるというのなら、自分はすっぱりジョナサンを売ってしまうかもしれない。


「でも、よくそれで【ピンカートン騎士団】に属する気になったな。俺は信じていない……とは言い切れないが、王家や上級貴族、騎士団の中にも、【クリサリス】と癒着している人間がいるかもしれないって噂もあるのに」


 露骨に話題をそらした形になるが、ジョナサンはもっともだと言わんばかりに鷹揚に頷く。


「だから、アラビヒカに逃げ込んだんだ。三年前から連中から逃げ回り、奴らの影響力の弱い場所を探したんだがね、ずいぶん苦労したものだ。何の知識もないんだからな。まあ、騎士団には属さず、以前のように好きにやろうとしたんだが、恩人に誘われてはね。断れるはずもないだろう?」


「妙なところで常識人だな、お前は」


「常識人だぞ? 私は。そうでなければ、コンサルタントなんてできないよ。君は意外に思うかもしれないが、私は表向きは経営コンサルタントだったんだぞ?」


「絶対に信じない」


 その言葉に、ジョナサンはジョークが受けたように嬉しそうに笑うが、リンキーからすれば、本気の言葉だっただけに、あきれてものも言えない。

 そうこうしているうちに、役場に到着した。


「さて、あまり資料が多くないことを祈ろうか」

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