Chapter2. Sneaking Shadow

BREAK TIME

 【ピンカートン騎士団】の組織体制は、ジョナサンが元居た世界の警察によく似ていた。

 アラビヒカ以外の街でもそうだが、街のあちこちに分署に相当する数十人規模の詰所があり、街の政庁の中には市警本部に相当するオフィスがある。

 また、内部も同様で、十人弱の捜査班や、暴動や重大事件に対応する特殊部隊のオフィスがある。違う点があるとすれば、射撃訓練場の代わりの魔術の修練場が、政庁警備隊と共同運用の関係からか、地上の一角にある事、そして遊撃捜査班の存在だ。

 遊撃捜査班というのは、各都市の団長直属の舞台であり、二人から五人で形成される自由行動が許されている捜査班だ。そのスタンスは様々で、発生した事件に積極的に首を突っ込んでいく者もあれば、詰所に所属する騎士に混ざってパトロールを行う者もいる。必要とあれば、潜入捜査も行うことがある。

 ジョナサンとリンキーは、その遊撃捜査班の一つだ。班長はリンキーで、構成員はジョナサンのみ。しかし、ジョナサンの犯罪の知識と魔術の手腕は多くの犯罪者を検挙していた。

 才能にそぐわぬ結果しか残せなかったリンキーは周囲のやっかみや、奔放すぎるジョナサンに頭を抱えていたが、イーマグと三人で食卓を囲んでから一週間、不思議とそういうものが気にならなくなってきていた。

 この変化が、イーマグの件について、嘲笑や妬みしか見せない周囲の人間とは違う反応を見せたジョナサンのおかげか、彼の異常――というより不可思議な正義への新法ともとれる態度を垣間見たからかは、リンキーにはわからなかったが、それでも、気楽に仕事に当たれるというのはそれだけで心が安らいだ。

 そんな中で迎えた昼休憩時間。二人の姿はオフィスにあった。二人だけの捜査班という事もあってか、他のオフィスに比べればいささか手狭だが、それでも不自由を感じたことはない。


「なあ、ジョナサン。いつも思うんだが、それはなんだ?」


 昼食のブリトー――ジョナサンがはまったタコスの店に、リンキーもイーマグもすっかり魅了されていた――をかぶりつきながら、リンキーは尋ねる。


「ん? ああ、これか? 私の国では、考えをまとめるためにこうするんだ」


 ジョナサンはクランチタコスをかじりながら、壁を指さす。そこには、ゴエティア王国全土と、アラビヒカの地図が鋲止めされ、それぞれの地名のところには小さなメモが貼られており、それを糸でつないでいた。


「はたから見れば訳が分からないな」


「私にだけわかればそれでいいんだ」


「そういうもんか?」


「ああ、そういうものさ」


 リンキーは訳が分からないと首を傾げ、ブリトーを食べ進める。


「しかし、この店は何を食ってもうまいな。アメリカに還ったようだ。さすが、異世界転生者の作った店だ。惜しむらくは店の場所だ。低所得者層の集まるエリアと、スラムの間では、あまり売れないだけではなく、強盗の被害にあうだろうに」


「異世界転生者が始めた店ともなると、どこも場所を貸さないんだろう」


「悲しいことだ。しかし、あの男が作った店ともなれば、仕方ないことだ」


 ため息交じりに言うジョナサンに、リンキーは眉を顰める。


「知り合いだったのか?」


「おそらくな。五年前に、奴はこの世界でも死んでしまっていたからね。店の人間と仲良くなって世間話をするようになって、名前を聞いたが、この世界に来たのが十年前と考えると、おそらく同一人物だろう」


 ジョナサンは懐かしむように言う。その様子に、リンキーは一つの可能性に行き当たった。


「お前の部下だったのか?」


「いや、まさか。ロベルト・アルファロとは敵対していたよ。十年前、未登録の銃――私の世界の一般的な武器の販売価格もめたのでね、殺した。頭を一発だ」


「はあっ⁉」


 こともなげに言うジョナサンに、リンキーの顔が引きつる。


「いやあ、私は普段殺した人間に頓着しないのだがね、今初めて人を殺してよかったと思っているよ。何せ、今こうしてタコスやブリトー、ナチョチップにケサディーア――テクス・メクスを味わえるんだからね!!」


 気色に満ちたその言葉に、リンキーは酷く引いていた。一週間前に、イーマグに尊敬を示したと言って、彼が悪人であることには変わりない。その認識はそれ以前の言動を知っているから、揺るぐことはない。

 だとしても、この発言はない。はっきり言ってドン引きだ。この世界にはない言葉だが、もしも彼がこれを知っていれば――あるいはジョナサンと同じ世界に生まれていれば、きっとこういっただろう。「なに言ってんだ、このサイコパス……」と。

 すっかり食欲の失せた相棒の気も知れず、ジョナサンは満足げにタコスを食べ勧めている。

 すると、オフィスのドアがノックされた。


「メシ、食い終わってるか?」


 現れたのは、エイビスだ。

 リンキーは立ち上がり、返事を返そうとするが、それよりも早く、ジョナサンが指についたサワークリームを舐めながら言う。


「ちょうど終わったところです。――スラムがらみ、ですかな?」


 エイビスは、そんな不遜な態度に不快感も示さずに応える。


「さすがに耳が早いな。そうだ。――ところでリンキー」


「は、はい!!」


「お前は、もう少し、あのずぶとさを見習え。まだメシを食い終わってないじゃないか」


 エイビスは、リンキーの食べかけのブリトーを顎で指す。


「そうだぞリンキー。そのブリトーを残すなんて、どうかしている!!」

 リンキーは理解した。なるほど、この「誰のせいで食欲が失せたと思っているんだ」と言いたくなるようなずぶとさが、自分には足りないのか、と。同時に思った。ならば、一生ずぶとさなど身につかなくてもいいと。


「……後で食う」


「ん~。まあ、それならいいが……」


 そう言ってブリトーとリンキーを交互に見る姿からは、普段の悪のカリスマ然とした威厳はなく、妙に煮え切らないダメなおっさんそのものであった。もっとも、指摘などしようものなら、よく脂の乗った舌にボロクソになるまで打ちのめされることは理解していたので、何も言わなかったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます