THE KNIGHTS OF PINKERTON

「残念ながら、今回の犯人は、【クリサリス】とは関係なかったようだ。盗みの道具も魔術の触媒もすべてが自前。残念だったね」


 ウェーブのかかった長髪に、胸のあたりまである髭を蓄えたこの五十がらみの男はエイビス――【ピンカートン騎士団】のアラビヒカ一帯を管轄する支部の団長だ。今は自室なので身に着けていないが、窓際にかけられたマントは第一等級を現す黒。そこに、アラビヒカを象徴するマークが金糸で刺繍されている。


「だが、手柄には変わりない。よくやったな、リンキー、ジョナサン」


 立ち上がって握手の手を差し出すその姿は、まさに熊だ。しかし、こんなナリと見た目通りの屈強な腕力を持ちながら、得意とする魔術は、繊細なコントロールを要する水属性である。


 その差し出された手に、リンキーは憮然とした表情で反応を示さない。代わりにジョナサンが「当然のことをしたまでです」と、明らかに嘘と分かるような笑顔を張り付けて応じた。


「ジョナサン、お前は本当に白々しい奴だな。異世界からきて三年というが、我々に何か嫌な思い出でもあるのか?」


 不快感は示さず、むしろ友人をからかう様な気やすさでエイビスは尋ねる。


「異世界から来る人間は、大半が邪悪ですからね。他の街でもいろいろあったんでしょう」


 吐き捨てるリンキーをたしなめるようにエイビスは言う。


異世界転生者ヒーサンズは元の世界で罪人だっただの、大勢から憎まれていただの、そんなものは都市伝説だ。事実、グリモア大陸の文明は彼らの知識に支えられているんだぞ? それに、この【ピンカートン騎士団】も、五十年前に一人の転生者が各地の上級貴族直営の警吏をまとめ上げたものだ。知らない訳ないだろう?」


「それはそうですが……。コイツの手腕、知っているでしょう?」


「実に頼もしいじゃないか」


 にんまり笑って言うエイビスに、リンキーはさらに不快感を示す。さっき爆発した嫉妬が、まだ沈静化していないのだ。


「いや、どうやら無意識に拒否感があったようだ。団長、別に私自身が騎士団に追われたわけではありません。ただし、【ピンカートン探偵社】は個人的なに憎悪の対象だった」


 リンキーの感情が再び爆発する直前、ジョナサンが口を開いた。


「タン……テー……?」


 聞きなれない言葉を咀嚼するようにエイビスは呟く。


「私の世界にあった職業ですよ。民間の捜査機関です。まあ、大半は浮気調査や企業の評判の調査がメインですが、昔は事件の捜査にかかわることも多かった。この騎士団を五十年前に創設したというのは、こっちに転生したそこの社員なのでしょう」


「そこに憎悪を覚えるのであれば、やはり貴様は悪人だな」


「ああ、悪人だとも。前々から言っているだろうに」


 リンキーは自分の言葉に飄々とした回答が返ってきたことが気に食わず、舌打ちをした。


「しかし、転生するのが憎まれた人間だという噂は知らなかった」


「いいや、ジョナサン。それは――」


「いいや、団長。間違ってない。【ピンカートン探偵社】は、大勢に憎まれていた。かつては多くの犯罪者を追い詰めていたが、ある時から、過剰な力を持つようになり、労働者の権力を弾圧するようになった。許されることではない。しかし、彼らは自らを正義と疑わない。私にとっては、唾棄すべき思考回路だ。だからこそ、憎まれたものが異世界転生するというのは納得だ。ここに来たのは、何人もの労働者の首を括らせた奴だろうかからね」


 ここで、リンキーはまた舌打ちをして、ジョナサンを睨みつける。


「それならば、こんなところに所属しなければいいだろうに」


「それがよかったんだがね、なにせ、異世界転生してすぐに【クリサリス】に命を狙われる羽目になった。身を護るために魔術の修練と実践ばかりしていたから、この世界の情勢にも疎い。ピンカートンの名を冠しているなどと知っていれば、二の足を踏んでいたろうね。まあ、私のように前の世界で悪の限りを尽くした人間がそんな組織に所属するなど、皮肉が聞いてて面白いとも思うがね」


 けらけらと笑いながら言うジョナサンに、リンキーは依然不快感を示すばかりだ。三度目の舌打ちをする。


「いっそつぶし合えば楽なんだがな……」


「ハハハハハ。それもそうだろうが、それはできない相談だ。ねえ、団長」


 ジョナサンの言葉に、エイビスは深くため息をつく。


「そうだ。彼を紹介した時に言ったよな? 詳細は機密だが、ジョナサンは【クリサリス】に対しての切り札だ。死んでもらっては困る。これはバルバトス卿の意志でもある」


 【クリサリス】――ゴエティア王国の裏社会を滑る史上最悪の犯罪組織だ。頭目はワーストと呼ばれる人物であることと、国内の犯罪の六割に何らかの形で加担していること以外その詳細は一切不明。巷では、ここまで正体が見えないのは国家と癒着しているからではないかと噂が広がるほどであり、エミナ・バルバトスやエイビスを含めた上級貴族や騎士団の重鎮も同様の疑いを持っている。


「まあ、私も前の世界では同じようなことをしていたからな。役立てることはあるだろう。まあ、それだけが理由ではないがね。手の内は多いほどいいからな」


「コソ泥の逃走ルートを予測して先回りしたりか?」


 リンキーの皮肉に、ジョナサンは鷹揚に頷く。


「ああ、そうだ。私も犯罪コンサルタントになる前は、ああいうことをよくしたし、なってからも逃走ルートを提示した。よくわかるんだ。ああいう手合いの連中の考えることは」


 返事は四度目の舌打ち。さすがにエイビスもたしなめようとするが、それより早くリンキーは背を向けて部屋から出ようとする。


「どこへ行く?」


「修練場に。もう報告はいいでしょう?」


 それだけ言って、八つ当たりのようにドアを乱暴に占めてリンキーは部屋を出る。


「いやあ、若いなあ」


 リンキーがその場にいれば、五度目の舌打ちをしていたであろういやらしい笑みを浮かべて、ジョナサンは言う。


「俺なあ……。あんまりからかうなよ……」


 エイビスの言葉に、ジョナサンは笑みを崩さずに応える。


「いいや、ついね。彼は素晴らしい才能を秘めているから、つい、ちょっかいをかけてしまう」


「それ、皮肉だと思われないか?」


「魔術の件なら、今日ありましたね。私自身は気にしていませんでしたが、そういえば彼は、私がここにいる理由を知らなかった。そこについては反省していますよ。でも――」


「わかっている。お前の触媒を大っぴらに使わせてやることはできない」


 エイビスは表情を引き締め、ジョナサンを見据える。


「その話で言えば、だ。最近はどうだ?」


「いいえ。あなた達に救われて以来、夢は見ません。声も聞こえない。逆にいえば、記憶を引きずり出すこともできない。魔術の知識以外は、相変わらずですよ」


「いいや、お前が無事ならそれでいいんだ。それに、お前の存在を知っているのは向こうでも幹部クラスなんだろ?」


「ええ、直接の儀式に当たったものは殺しましたからね。取り逃がしたのは、幹部だけです。逆にいえば――」


「お前を追ってこの町に現れる【クリサリス】の者は、幹部の可能性が高い――そういう訳だな?」


「ええ。あの時に顔を見ていないのは今でも後悔していますよ」


「そういうのは言い出したらきりがない。だから気にするな」


 鷹揚に笑うエイビスは、何かを思い出したように、手を鳴らす。


「そういえば前から気になっていたんだ。なんでお前は、俺とバルバトス卿にかしこまる? お前、そういうキャラじゃないだろ?」


「まあ、確かにそうですが――」


 ジョナサンの目が懐かしむように細められる。そこに映っていたのは、エイビスの姿ではなく、彼にとっての仲間でもあり家族でも会った、【コネクション】の部下たちだ。


「私はあなた達に救われた。恩義には報いなくては気が済まない性格なんですよ。今も昔も、どんな形であれね」


「そうか。なら、お前に恨まれないようにしないとな。そういうやつの仕返しは、かなり怖い」


 エイビスにつられて、ジョナサンも笑みを浮かべる。


「ハハハハハ。私もそうならないことを祈っていますよ。恩人を手にかけたり破滅させるようなことはしたくない」


「だがまあ、あれだ。リンキーのことだが――」


「確かにからかいはしますがね、別に悪感情を抱いてはいませんよ。むしろ、彼には期待しているんです」


 ジョナサンは、自らの胸――ちょうど心臓の真上に手を当てて言う。


「彼には才能がある。熱く燃える『正義』の才能がね。前の世界にもいましたよ。彼のようなものが。彼に比べれば、はるかに柔軟で清濁併せ呑む男でしたが」


 懐かしむような言葉と共に浮かぶのは、自分を追い詰めた捜査官の表情だ。


「甘いのが難点でしたが、それもいいかえれば美徳だ。だが、リンキーには甘さがない。彼ほどの才能を開花させれば、素晴らしい捜査官になれる」


 エイビスはジョナサンの胸に当てられた手――厳密にいえばその下にあるものを見て言う。


「それは、お前に勝るという事か?」


「ええ。彼が清濁併せのむようになれば、私など足元にも及ばなくなる。百の権謀術数も、千の強大な魔術も潜り抜け、彼は私を殺すでしょう。いいや、私を殺してもらわなければ困る」


 その言葉にエイビスはため息をつき、しばし沈黙の中で言葉を選ぶ。


「心残りは、ないのか?」


「前の世界で私は十分に生きた。とはいえ、ないわけではありません。しかし、どうしようもないことだ」


 いつもの飄々とした調子だが、ジョナサンの言葉はどこか昏く、悲壮感が漂っていた。


「聞いてもいいか?」


「もちろん――」


 今のジョナサンの表情を見れば、普段の悪辣な飄々とした姿を思い出せるものはいないだろう。


「最後まで生き延びてしまったこと。そして、前の世界で死にきれなかったことです。死んだ部下に――家族に、申し訳が立たない」

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