Chapter1. Heathens

STILL ALIVE

 グリモア大陸の六大国の中でも、最も魔法に優れた国――ゴエティア王国。その中でも、このアラビヒカという町は、聖地ソロモンより賢人が最初に降り立った街であるとして、魔術文化の最先端を行く。

 この街を収める貴族は代々清廉潔白をよしとし、黒い噂の一つもたたない。

 しかし、そんな街であるからこそ、犯罪組織からすれば絶好のカモなのだ。何しろ、治安がいいということは、犯罪に免疫がないということと同義である。許容範囲を超えれば、アレルギーを起こすように狂乱し、少しでも揺さぶりをかけてやれば簡単に詐欺に引っかかるし、過剰な防衛を行うことに疑問を抱かなくなる。

 にもかかわらず、住民がいまだに安穏としていられるのは、【王立ピンカートン騎士団】がほかの街に比べて強く機能しているからだ。


「待て!! 止まれ!!」


 騎士団の新人、リンキーは空中浮遊と高速移動の魔法の施されたマントをなびかせ、地上の路地を走る二人組に怒鳴る。しかし、当然というべきか、彼らは振り向きもせずに、走り続ける。


(くそっ……。俺の魔術じゃ周囲に被害が……)


 彼は、首席で魔術学院を卒業し、事実、下級貴族の次男という立場故に向けられる周囲の嘲笑をはねのけるほどの才能と実力を兼ねそろえていた。しかし、生来正義感が強く、生真面目であるがゆえに融通が利かない。それが、事件捜査となるとたやすく犯罪者に出し抜かれてしまう。悪人は、彼のような優秀な人間を出し抜くすべに長けているのだ。


(これではまたやつに――)


 苦虫をつぶすような表情で滑空を続ける。そんな表情をするのは、目の前の連続窃盗犯に逃げられそうだからというだけではない。

 彼が【ピンカートン騎士団】に入団し、半年たったころ、一人の男がアラビヒカの騎士団に入団した。団長であるエイビスは、彼とリンキーを組ませた。新人同士のコンビなど、異例中の異例だったのだが、上司の命令であれば逆らえない。

 しかし、これは苛立ちの理由ではない。

 男が捜査官として有能なのは、むしろ喜ばしい事であった。しかし、その手腕が気に入らない。

 取り調べに恫喝や脅迫、拷問じみた表情を使うのは当たり前。捜査方針を無視し、合理性を優先すると言えば聞こえはいいが、一人の凶悪犯を捕まえるために、小悪党を見逃すことも珍しくない。要するに、犯罪者よりも犯罪者じみた手段を平然と使うのだ。


(それだけは防がなくては……。何よりあいつは――)


 リンキーは、胸に正義を抱いている。故に、彼の手法は到底認められるものではない。気合を入れなおし、高度を周囲の建物の屋根よりも下げて犯罪者を追う。


(まずいな……)


 周囲の建物の汚れや破損が目立つようになってきた。このままいけば、彼らのアジト――スラム街に一直線だ。

 スラムの人間は、ピンカートン騎士団を含めた体制側への反発が強い。もとより王都で公布された政策によって冷や飯を食わされた人間の集まりが起源だ。それも仕方ないだろう。

 同時に、彼らは団結も強い。スラムには、流れ着いた人間を家族とみなす風潮がある。

 故に、犯罪者をかくまうのは日常茶飯事。酷い時にはスラムに乗り込んだ男性騎士が、ひどい性的暴行の痕跡の見られる変死体で見つかったこともある。そのせいか、アラビヒカのみならず、ピンカートン騎士団全体でも『スラムに犯人が逃げ込んだらいったん拠点に帰れ』という規則があるほどだ。


(仕方ない……。建築物の被害は免れないが――)


 空中で停止し、リンキーは腰に履いた剣を抜く。その刀身には、魔術記号がエングレービングされていた。

 その切っ先を前を走る二人組に向け、呪文の詠唱を始める。


「雷よ。神威の象徴たる断罪の雷よ。我の求めに応じ、眼前の敵を討ち滅ぼせ。飛べ!! 雷――」


 詠唱に合わせて、剣が青白い光を帯びる


「おいおい、それはないだろう?」


 ふいに、泰然とした声が、詠唱を遮る。


「!!」


 集中を遮られたリンキーの剣から、光が霧散する。


「そんなものをぶっ放せば、どうなるかわからない君じゃないだろう?」


 周囲を見回すが、声の主――忌々しい相棒の姿はどこにもない。


「黙れ!! 奴らは貴族相手に何件も窃盗を働いている!! 一件でも死罪に相当するというのに、五件も繰り返しているんだ!! ここで殺してしまっても――」


「ハッ。それは、逮捕が難しい場合だろ? なら、こうすればいい」


 あざ笑うように声が言うと、瞬間、窃盗犯の姿が消えた。


「何が――」


 つぶやいて、瞬時に理解した。さっきまで二人が走っていた場所の地面が、水面に石を投げ込んだように波紋を広げている。


「こうすればいい。そうだろ? 君だって、土属性の魔術が使えないわけじゃないんだからな」


 次の瞬間、波紋の中心から地面が盛り上がり、石の巨木が出現した。紋様は地面の口田石畳と同じ色。そして、洞や枝葉の代わりに、窃盗犯の手足と顔がはみ出ていた。


「この町を収める貴族は、犯罪者であっても無用な折衝を嫌う高潔な人物であったと記憶しているがね?」


 ふいに、声が近づく。騎士団のマント――リンキーと同じく、第三等級の者が着る浅黄色だ――をローブのようにして、顔を隠しているその人物は、彼の相棒だ。


「で、あれば、これは彼の望んだ結末だ。それとも、君は貴族を批判するのかね?」


 男がフードを脱ぐと、その理知的でありながら、破壊衝動を秘めた目が露わになる。淡い笑みを浮かべた口元はどこか酷薄な印象を与え、健康的な色白の肌にはどこか不釣り合いだ。年のころは四十前後といったところなのだが、年相応な落ち着きを持ちながら、一言でいえば、非常に胡散臭い。しかし、こんな奴でも、騎士団長にも、貴族にも覚えがいい。


「貴様に貴族を貴ぶ意思があったとはな……」


 自分の内側に溢れる感情は、嫉妬ではなく純粋な嫌悪だと自分に言い聞かせて、忌々し気にリンキーは呟く。


「もちろん、全てではないよ。犯罪者なら何をしてもいいだとか、濡れ衣を着せて気に入らない市民を、騎士団の玩具にするような連中は、即刻死ねばいい」


 へらへらとふざけた調子で言う彼に、リンキーは精一杯の憎悪を向けて言う。


「スラムの近くとはいえ、よくそんなことを大ぴらに口にできるものだ」


「そういう言い方をするというなら、君も同意しているのだろう? 私は矜持の悪が憎い。そんなものは、食って寝て犯すだけの獣と変わらないからだ。そして、君は悪人が憎い。君の矜持に反し、何より人々の平穏を妨げるものだからだ。それにね、私がこれを口にするのは二度目だ」


「何?」


「以前、エイビス団長とエミナ様と話す機会があってね。その時に言った」


「はあっ!? お前何をしてんだ!?」


 エミナ・バルバトスは、このアラビヒカを収める、ゴエティア七十二の上級貴族の一つ、バルバトス家の現当主だ。それだけに、そんな不敬罪沙汰の発言をしたとあっては、ついつい年相応の驚き方をしてしまう。


「いや、笑っていたがね?」


 バルバトス家が他の貴族をよく思っていないことは、よく知っている。しかし、王都で吐こうものならば死刑は免れない言葉をよく許容したものだと思う。


「さて、コイツらを連れて帰らなくてはな。頼むよ、リンキー」


 なれなれしく名前を呼ばれて、我に返る。


「い、今やろうとしたところだ!!」


 言って、再度剣を抜くと、切っ先を脊柱に向け、呪文を唱える。


「雷よ――神意の断罪たる雷よ。我が咆哮に応じ、眼前の敵を討て!! ――閃雷スパーク!!」


 剣の纏う青白い光が切っ先に集まり、石柱目がけて飛来する。着弾と同時に、窃盗犯二人は短い悲鳴と共に痙攣して気絶してしまった。


「最初からそれを討てばいいだろうに。閃雷スパーク――対象を気絶させる雷属性の魔術なのだろう? そもそも、雷属性は特別な才能がなければ扱えないと聞くがね」


 相棒が言いながら石柱に触れると、ドロリと溶け、埋め込まれた窃盗犯を解放する。しかし、手足には石の錠がかけられている。


「それは、嫌味のつもりか?」


 煮えくり返りそうな腹を押さえつけて、リンキーは相棒を睨みつける。


「何がだ?」


 相棒は本当に何を言っているのかわからないといった様子で首を傾げる。


閃雷スパークは、速すぎる。動きながらでは昇順が定まらないほどにな」


「なんだ。なら、そういえばいいじゃないか。なにせ、君は私にあまり手の内を見せないだろう? だから、正確な実力がわからないんだ」


 相棒のその言葉に、リンキーの眉間にしわが寄る。自分ではごまかせない。これは嫉妬だ。これまで見てきた魔術師は、同世代ならば自分に勝る者はなく、先達であっても五年以内に追い越せそうなものばかりだ。しかし、気に食わない物がするりと自分など足元にも及ばない実力を見せたとなれば、心中穏やかではいられない。それがみっともないことであるとはわかっていても、この半年間の鬱積は口をついて出てしまう。


「それだけじゃない!! 貴様の魔術を見ればわかる!! 貴様の方が才能があるではないか!! 今の土属性はなんだ!? あんなもの、精度も範囲も、触媒なしの無詠唱でできるものではないぞ!!」


 相棒は肩をすくめ、たしなめるようにリンキーにいう。


「コンプレックスを持つのは悪い事じゃない。だが、そうやってがなったところで何も変わらないぞ?」


「うるさい!! 答えになっていないぞ、ジョナサン!!」


「さあ、私にも、正確なところはわからないな。どこからどこまでが、正確な私の才能なのか。異世界転生者の使う魔術とは、そういうものだろう?」


 そう、ジョナサン・マクノートンは生きていた。

 三年前のシカゴで自死を選んだ彼だったが、目が覚めてみれば、科学の最先端を行くアメリカ合衆国から、魔術の最先端を行くゴエティア王国に飛ばされていたのだ。

 それだけでも奇妙だというのに、それ以上に奇妙なことがある。かつては犯罪組織【コネクション】において、その頭脳をもってしていくつもの犯罪をプロデュースしてきた彼だが、この世界では、治安維持組織【ピンカートン騎士団】に所属しているのだ。

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