異世界転生したFBI十大指名手配犯 VS 現地のカルト犯罪組織 ~咎の鎖に囚われて~

水無睡蓮

PROLOGUE

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 イリノイ州シカゴ――アメリカ合衆国第三の都市は騒然としていた。


 もとより治安の悪さは世界的に知られていたが、この日はいささか具合が違った。


 FBI捜査官が突入したのは、ギャングのアジトでも、違法薬物製造の現場でもない。ダウンタウンのオフィスビル――その最上階に居を構える経営コンサルタント事務所、マクノートン・オフィスだ。


「FBIだ!! ジョナサン・マクノートン、貴様を連行する」


 歳若い捜査官が、血気盛んに叫ぶのを、このオフィスの主にして、FBI十大指名手配犯の一人、ジョナサン・マクノートンは眉一つ動かさずに答える。


「私の存在を特定してからの対応がずいぶんと早かったな。やはり、君は私が見込んだ通り――いや、それ以上に有能なようだ。なあ、シルベスター・ハリソン捜査官?」


「先の受付でも思ったが、なぜ俺の名前を知っている……?」


「FBIという組織は、伏魔殿だ。薄汚いのが、ジョン・エドガー・フーバーが死んでから、完全に浄化されたとでも? そんなわけないことは、君のほうがわかっているだろうに」


 飄々と言いながら。ジョナサンは机の引き出しに手をかける。


「動くな!!」


「紛らわしいことをしたのは謝るがね、煙草ぐらい吸わせてくれないか? これが最後になるだろうからね」


叫びながら、銃口を向けるシルベスターに、諦念を含んだ笑顔で、ジョナサンは言う。


「……」


 シルベスターはジョナサンに銃口を彼の額に向けたままにじり寄る。


「ほら、見ろよ。銃なんか入っちゃいない」


 前回になった引き出しに入っているのは、漢字がエングレービングされたジッポーライターに、ラッキー・ストライクのソフトケース。ほかには書類や、よくわからないガラクタのようなものばかり――人を殺せるようなものは見当たらない。


「……いいだろう」


「ああ、ありがたいね。ところでどうだ? このライター。『悪』と書いてあるんだが、クールなデザインだろ? 日系人の部下は乾いた笑いを浮かべていたがね」


「さっさとしろ」


 ジョナサンは肩をすくめると、煙草に火をつけて、ゆっくりと吸い込む。心から堪能するように目が細くなっていく。


「ラッキー・ストライクは、私が初めて吸った煙草だ。いつか逮捕されるか、死ぬときには、これを吸うと決めていた。まあ、まさか私が最後まで生き延びるとは思いもしなかったがね」


 ジョナサン・マクノートンは、【コネクション】と呼ばれる犯罪組織を率いていた。その構成員は、十数名――だった。【コネクション】は、犯罪コンサルタント業と、その顧客の補佐――必要な武器の売買や、賄賂の支払いなどによる環境整備が主であった――を行っていたのだが、依頼人のギャングやマフィアとのトラブルや、捜査機関との銃撃戦によって、今では彼を残して全員が死亡した。


「意外だな。そんな表情をするのか」


 話しかける気などなかったはずだが、ついシルベスターは口を開いてしまう。


 ジョナサンはそんな彼をからかうでもなく、薄い笑みを浮かべて紫煙を吐き出す。


「君たちから見れば、私は最低最悪の犯罪者なんだろう。血も涙もない、人の不幸を食らう怪物だ。だがね、私の――いいや、私を慕ってくれた部下の名誉のために言えば、悪人だからと言って、情がないわけではないよ。私は部下を愛していた」


「ゴッド・ファーザーでも気取るつもりか?」


「ああ、近いね。しかし、マフィア連中のように、必要悪を気取るつもりはないよ。悪は、悪の教示を持つべきだ。誰からも理解されず、ただ罪を為す。だが、人を人たらしめるのは、やはり罪だ。日曜日に協会に行ったことがあるなら、原罪というものぐらいは知っているだろう?」


「詭弁だな」


「ああ、詭弁だとも。私は悪人だぞ? 他人に理解を求めるのは、だますときだけだ」


 言って、ジョナサンは机の天板に煙草の火を押し付ける。そして、ジッポーライターを置くと、引き出しの中のUSBメモリーを手に取り、シルベスターに差し出す。


「なんだ、これは?」


「私の顧客の中でも、特に反社会性が強い者たちのリストだ。個人の客は、まあ、そんなに大した犯罪を犯したわけでもないし、見逃がしてやってくれ」


「何のつもりだ?」


「何のつもりも何も、これが君たちの目的だろ? なぜこの部屋には君一人しか入ってきていない? 下手に私を刺激して自殺でもされないようにするためだろう?」


「それは、受付で――」


「従う義理など、ないだろう? 君たちはこういう時にやたらと強引だもんな。――だが、従った。まあ、逃げ場などないし、証拠は正確。君たちに必要以上の警戒する必要もない」


「……」


 憮然としたままUSBメモリーを受け取ると、シルベスターは銃口をずらすことなく手錠を取り出す。


「手を出せ。お前を逮捕――」


「いいや、されないさ」


 ジョナサンが、亀裂のような笑みを浮かべると同時、部屋の中に甲高い電子音が響く。


「何をした⁉」


「この引き出しにはセンサーがついている。設定を解除せずにこのUSBを抜き取ると、この部屋の起爆装置を起動するためのね。私にとっては、最大の機密だ。当然のセキュリティだろう?」


「貴様……」


「ああ、心配しなくていい。周囲に不要な被害を及ぼさないよう、爆発の寸前に防護シャッターが下りるようにこの部屋は改造してある。――ああ、そうだ。受付の彼女を頼むよ。もう調べているだろうが、彼女は【コネクション】とは何も関係ない」


「ふざけるな!! 死んで逃げるなど、認めんぞ!!」


「君が――正義の側に立つ者がそういうのであれば、私はそれに従うわけにはいかないな」


 瞬間、シルベスターの世界がぐるりと回る。背中に衝撃を受けると同時に、視界が回復。銃を握っていたほうの腕をとられ、柔道か柔術の技で投げられたのだとその時に気づいた。


「私は――悪人はね、善人に負けを認めることはしても、従うことはしないんだ。行けよ、シルベスター・ハリソン捜査官。君の勝ちだ。誇れよ。いかなる善人も悪人も私の正体をつかむことすらできなかったというのに、君は私に敗北を認めさせたのだから」


「待て!! こっちに来い!! ジョナサン・マクノートン!!」


 シルベスターの叫びは、シャッターの降りる音に続く爆発にかき消された。


 こうして、世界中の犯罪に関与していたとされる【コネクション】の事件は終焉を迎えた。



 ――そう、この世界では。あるいは、【コネクション】という組織に限って言えば。


 だが、ジョナサン・マクノートンという個人の物語は、むしろここからが始まりであった。

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