第36話 答え合わせ
午後5時20分。
**駅前の選挙カーから安田総理は降りてきた。
SPに警護されながら、公用車に乗り込む。
この演説会では何事も起こらなかった。
何かが起きることに期待していた野次馬たちは、がっかりしたかもしれない。
・・・まだ油断は出来ないが、ひとまずは安心だ。
田村は安堵のため息を漏らした。
・・・宮下君が首尾よくやってくれたのかもしれないな。
田村はすぐに宮下真奈美に電話をかけるが繋がらなかった。
コスモエナジー救世会本部にようやく救急車が到着し、東心悟は病院に搬送された。
境内はまだ多くの信者たちでごった返していた。
『教主・東心悟が急病のため、本日の因縁切りの儀式はこれにて終了といたします。皆様すみやかにご退場ください』
場内アナウンスが繰り返されている。
植山千里と東心学、そして御影、真奈美と、山科たち刑事一同は喫茶室に移動した。
山科が警察手帳を掲げて、喫茶室から他の客を追い払う。
「さあ、みなさん座ってコーヒーを楽しみましょう。刑事さんたちはそっちのテーブル席に座って。探偵さんとそっちの彼女は私たちの向かいの席よ」
完全に場を支配しているのは植山千里であった。
山科は苦々しい顔をしているが、黙ってその指示に従った。
そして全員が植山千里の指定する席に着いた。
御影はもはや観念したかのように、リラックスしている。
間もなく、香りの良いコーヒーが運ばれて来た。
皆の沈黙を破り、口火を切ったのもやはり植山千里であった。
「さて、名探偵・御影純一さん、それにワトソン役のお嬢さん、宮下真奈美さんね。事件の解明、楽しみだわ。私、けっこう推理小説が好きなの。自分がこういう場に参加できるなんて夢みたい」
植山千里は本気で楽しんでいるようだ。
「じゃあ答え合わせをしましょう。御影さんからどうぞ」
「その前にこういう話は子供には聞かせたくない。学君を離してくれませんか?」
「大丈夫よ。学は寝かしつけたから」
見ると東心学は椅子にもたれたまま固く目を閉じている。
これも植山千里による催眠なのだろう。
「さあ、どうぞ」
植山千里が話を促す。
御影はコーヒーを一口すすると話はじめた。
「では何から話せばいいかな?まずこの一連の事件の目的は、最初から東心悟さんを殺すことにあったのですよね」
「ええ、ご明察。そのとおりよ」
植山千里は御影の発言を肯定した。
それを聞いた山科が口を挟む。
「ちょっと待て。東心悟を殺すだけなら、何も無関係な者をふたりも殺したり、総理まで脅さなくても出来たはずだ」
「それはおそらく、動機に関わる理由ですね。なぜ東心悟を殺そうと考えたか?おそらくこの事件以前の植山さんの計画に狂いが生じたからだ」
山科の問いに御影がそう答えると、植山千里がさらに言葉を重ねる。
「御影さん、さすがなかなかの洞察力のようね。私は何も世界を征服しようとか、愚かな人類を導こうとか、そんな大それた野望は持っていないのよ。私が欲しかったのは平凡な人生。愛する夫とかわいい子供と平和な家庭が持ちたかっただけなのよ。ささやかなものでしょう?でもそれにはお金が必要じゃない。私の生まれ育った家庭は貧しかったから、貧乏だけは絶対に嫌だったのよ」
「あなたほどの能力があればお金を手に入れるのはそう難しくなかったはずだ」
「御影さん、あなたは分かっているくせに。サイキックの悩みはあなたがいちばんご存知のはずよ」
「つまり、目立ちたくなかったということですか?」
植山千里は満足気に微笑んだ。
「そう。御影さんなら分かってくれると思ったわ。サイキックが目立つと碌なことが無い。それにこの国では女性が大金を稼ぐと必要以上に騒がれますもの。私は有能な投資家の妻というポジションで十分だったのよ」
「だから東心悟さんの思考を操り、天才投資家に仕立て上げたわけですね。そのまま順調に進んでいれば今回のような事件は必要なかった。しかしおそらく東心悟さんが、あなたの意に反した行動を起こしたんですね」
「東心は病気だったのよ。幻聴や幻視が見え始めて、私がこっそり教えてあげていた投資の方針を『宇宙の声』が聞こえるとか言いだした。自分が何か特別な存在だと思いこんだのね」
植山千里は悪戯っぽく目をくりくりと動かしながら周りを見回した。
その様子はスーパーで働いていた千里とは、まるで別人のように若やいでいた。
「この馬鹿々々しい建物を見て。男の人っていくつになってもオモチャを欲しがるものね。せっかく何年もかけてコツコツ貯めた資産のあらかたを使って、この建物と宗教法人を買ったのよ」
心を病んだ東心悟が生み出した妄想の産物がこの、コスモエナジー救世会だったのだ。
御影は話を続けた。
「たしかにこれは平穏な生活を望んでいたあなたの意に反するものですね。金は使い果たすし、しかも悪目立ちもする。そこであなたは一気に軌道を修正しようと考えた。自らは離婚して世間から身を潜め、陰で東心悟さんを操り大金を稼がせた上で死んでもらう」
「そうよ。そしてどうせ悪目立ちするなら東心にはもっと目立ってもらうことにしたの。東心に自分が特別な
・・・ああ、以前に植山千里が語っていた話は実際はそういうことだったのか。
そう考えた真奈美に、植山千里は突然顔を向けた。
「宮下さん、あなたは他人の思考を読むことに慣れ過ぎて、人は心では嘘をつかないと思い込んでいたのね。でもあなたの能力で読めるのは心のほんの表面だけなの。いくらでも嘘はつけるわ」
・・・自分の心でも嘘をつき、東心悟の思考を操り、私たちの疑いを東心悟ひとりに向けさせたんだ。
「宮下さんと上司の方が初めてここに来たときね、私もここに居たのよ。コーヒーを運んで来たわ。それからも常に東心の陰には私が居たのよ」
・・・あのときの巫女が植山千里だったのか!
真奈美たちは最初から植山千里の掌の中を飛び回っていたのだ。
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