第86話

「えっとですね、腕にある痣を見てほしくて」


 そう言って、レンは右腕にある痣を見せる。

 それは一見、打撲などによって出来る痣にしか見えない。


 だが、魔力が知覚出来るような人であれば、そこに魔力が溜まっているのかわかる事だろう。

 事実、パシェルさんはこの痣の異常さに気づいたようだった。


「……ふむ。これは……痣、だけど違うな。ただの痣に魔力が集まるわけが無い」


 パシェルさんはそう小さく呟いた。


「レンくん。この痣、痛むのかい?」

「いえ、特に痛みとかは感じないですね」

「そうなのか、触ってみてもいいかい?」


 パシェルさんは興味深そうな表情でそう聞いてくる。


「いいですよ」


 レンも特に気にすることなく、それを許可した。

 ただ、レンは触ったことがないので、痛みが出るのかは分からない。


「じゃあ、失礼して……」


 パシェルさんは、そっと壊れ物を扱うかのようにレンの腕にある痣を触った。


 その瞬間、レンの身体中に灼けるような痛みが走る。


「か……っ!!」


 レンの身体からは汗が滝のように溢れ出し、とてつもなく寒気がする。

 たった1秒にも満たない時間だが、1時間にも3時間にも、それ以上にも感じられる。


 まるで死神が自分の心臓を鷲掴みにしているかのように、自分の命が希薄に感じられた。


 そんな、永遠にも感じられる時間はパシェルさんが痣から手を話すことで収まった。


「はぁ……っ!はぁ……っ!」

「れ、レン……?」

「だ、大丈夫かいっ!?」


 レンは膝をつき、前のめりに倒れ込む。

 起き上がろうにも、力を入れることが出来ない。


「『ヒール』!」


 レンの身体をうっすらと光が包み込む。

 立ち上がることも出来ないほど重かった身体も、幾分か軽くなった。


 レンはゆっくりと立ち上がる。


「だ、大丈夫なのです……?」

「ん、顔色、悪い。平気?」


 リナとミナが心配そうに聞いてくる。


「……うん。まぁ、まだ身体が重いけど、普通には動けるかな」


 レンがそう言うと、ふたりはほっとしたような表情をした。

 すると、パシェルさんがレンの元に近づいてきて、


「ご、ごめんね?僕が触ったばかりに体調悪くしたみたいで」


 申し訳なさそうに、レンに話しかけてきた。


「い、いえ!僕もこうなるとは分かりませんでしたから、大丈夫です!」


 レンは慌てて、そう答える。

 偉い人に頭を下げられるというのは、慣れるものでは無い。

 まぁ、慣れても意味が無い上に、そんなことになるとしたらかなり上の身分にならないといけないのだが。


「うん、それでもごめんね。一応、もう一回ヒールかけるね。『ヒール』」

「あ、ありがとうございます」


 レンの身体は普通に生活する分には気づかないほどには元通りになった。

 恐らく強い敵と戦闘をした場合には多少障害が出るだろうが、その程度だ。

 今日は戦闘する予定はないので、特に問題にはならない。


「……とりあえず、その痣は触らない方がいいだろうね」

「ですね。気をつけます。で、この痣って結局何なんですかね?」

「……分からない。多分教皇様にも分からないだろうね。分かるとしたら、シルク様かな」

「大おば様が……ですか?」


 レンは信じられない、といった表情でそう言う。


「うん。シルク様は物知りだからね。少なくとも僕らよりは分かるんじゃないかな。それでレンくん、村に帰る予定はある?」

「一応、学園を卒業したら一度帰るつもりです」

「そう、よかった。多分、それは早めにどうにかしないといけないだろうからね。とりあえず、僕に出来るアドバイスはそのくらいかな。他にあるかい?」


 レンは少し考え、ふたりの表情からないであろうことを見てとる。


「ありがとうございます。えっと、特にはないですね」

「そっか。じゃあそろそろ帰ろう。後でなにかあればここに来て。来れば何とか来れるようにしておくから」

「はい、ありがとうございます」

「パシェル様、ありがとございましたです」

「ん、感謝」

「ふたりも困ったことがあったら来てくれていいからね。ばいばい」


 パシェルさんは手を振りながら、帰るレンたちを見守る。

 レンたちはパシェルさんに頭を下げ、下水道を出た。


 その後、レンの武器を武器屋で買い、寮へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます