第51話

 パチパチパチパチパチパチ……


 レンが短剣を鞘に戻した直後に、見計らったように屋敷の方向から拍手が聴こえた。


「いやぁ、すごいね。これならあの数の魔物を倒したのも頷けるよ」

「へっ、りょ、領主様っ?」

「僕もちょっと運動しようと思ってここに来たんだけどね、先を越されたみたいだ」


 そう言って、彼は剣を見せるように上に掲げる。


「えっ、あっ、ど、どうぞ……。すいません、気づかなくて」

「いやいや、別に大丈夫さ。それに、そこにいるミュールがずっと睨んできて怖いからね」


 ふと見てみると、確かにメイドさんは領主様のことをすごい目で見てる気がする。

 正直あの目を見て、レンは彼女に勝てる気がしなかった。


「まぁ、僕は慣れてるからそんなことは気にしないんだけどね」

「――気にしてください」

「……。まぁ、いいや。そんなことよりそろそろ朝食ができるみたいだけどよかったら一緒にどうだい?」


 そう言いながら彼は屋敷の方へと数歩歩き、レンの方へ振り返る。


「……いえ、遠慮しておきます。緊張してまともに食べられそうにないですし」

「まぁ、そうだろうね。じゃあ、そこにいるミュールに食べたくなったら頼むといい。一応君の分は作り置きしておいて貰うから」

「……お気遣い、ありがとうございます」


 正直なところ、レンは領主様と食べることに一切躊躇はない。

 だが、そうするとプラムが何も食べられないのだ。


 基本的にプラムは首に巻きついて擬態しているのだが、ここ数日食べていなかったせいか元気がない。

 具体的には色がたまに薄くなったり、違う色になったりする。

 他に人がいる時にはならないので、その点はありがたかったが。


 おそらくプラム、というかスライムは魔力があれば生きていけるのだろうが、プラムに関しては食べることを覚えてしまったので、今更戻ることは出来ないだろう。


「じゃあ、また後でね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 彼は手をひらひらと振りながら屋敷へと戻って行った。


「――レン様。このあとはどうされますか?」

「ううーん、どうしよっかな……。えっと、部屋にご飯持ってきてもらうことって出来ます?」

「ええ、出来ますよ。じゃあ、レン様を部屋に案内した後に直ぐにお持ちしますね」

「ありがとう」


 そう言って彼女は、レンを案内するように屋敷に入っていき、レンはそれについて行った。





 そして、ご飯を部屋で食べた後(プラムにほとんど持ってかれた)、レンはメイドさんに案内してもらい、領主様の執務室を訪ねた。


 コンコンコン……


「――どうぞー」

「失礼します……」


 レンは少しばかりオドオドしながら、部屋に入った。すると目に入ったのは、机の上に積み上げられた書類の山、山、山。

 そこから、ひょっこりと顔を覗かせる領主様。


「やぁ、来たね。直に妻と子供たちが来るはずだから、そこのソファに座って待っていたまえ。僕はその間に少しでも多くの書類を片付けないとね」


 レンはソファに座りながら、問いかける。


「それって……、あの魔物の群れに関することですか?」

「そうだよ。あ、言っておくけど君が気に病む必要はないからね?襲ってくる魔物が悪いんだから」


 レンからしてみれば、あの魔物は自然に発生した魔物では無いと思っている。


「えっと、そのことなん――」


 その事を言おうとした時、ちょうどドアがノックされた。


「――お、来たみたいだ。あっ、なんか言おうとしてた?」

「……いえ、大丈夫です」

「そう?――入っていいよー」


 別に今話す必要はない。

 そう思い、レンは入ってくる人の姿を捉えた。


 入ってきたのは3人。

 ひとりはすごく美人な人。

 おそらく、領主様の奥さんだろう。


 ほかのふたりは身長が同じくらいの子ども。

 ひとりはレンが依頼を受けた息子さんだろうから、もうひとりは魔力硬化症になっていた娘さんだろうか。

 まぁ、その娘さんは奥さんの影に隠れてこちらを伺っているのだが。


「あ、この子が言ってた子ね。はじめまして、私はララルア・シュライブ。この人の妻よ。そしてこの子達は――」

「僕はラルク・シュライブです。姉を助けていただき、ありがとうございました」


 そう言って、彼はレンに向かって頭を下げてきた。


「別に気にしなくていいよ。やりたくてやっただけだから。それで、その子は……」

「え、えっと……。私は、シャリス・シュライブ、です……。ありがとうございました」


 と、奥さんの影から娘さんは言った。

 その様子に奥さんと領主様は苦笑いしている。


「う、うーん……。なんかシャリスの様子がいつもと違うなぁ……。まぁ、いいや。とりあえず、揃ったことだし本題に入ろうか」


 そう言って領主様は右のひとり用ソファに、ほかの3人はレンの対面に座った。


「まずは、シャリスを助けてくれてありがとう」


 そう言うと、部屋の中にいるレン以外の全員がレンに向かって頭を下げてきた。

 まさかこんなに頭を下げられると思っていなかったので、レンはしどろもどろになりながら返答する。


「い、いえ……。助けたって言っても僕は花をつんできただけですし……」

「その花がね、とても大事なんだよ。なかなか取れない上からかなり高額で取引されるんだ。それこそ、ラルクがやろうとしてた、闇市とかね」

「うっ……」

「でもま、ちゃんとシャリスの病気も治ったし、闇市に頼ることもなかったから別に問題ないよ」


 そう言われ、息子さんは明らかにほっとした様子だった。


「えっと、あのー……。マネリ草、ものすごい量余ってるんですけど……」


 そう、レンの異空間収納ストレージにはマネリ草が50束くらいある。

 本数にして、およそ250本だ。


 依頼書には1本必要としか書いてなかったので、倒れる直前にも1本しか出さなかった。

 だが、正直そんなに数を持っていても仕方がないことに気がついた。

 だったら、有効活用してくれそうなこの人たちに渡してしまえ、という具合だ。


「――えっ!?どこにだい!?」

「ここに」


 ものすごい驚いた様子の領主様たちに、異空間収納ストレージから1束取り出して机におく。


「……君が一体どこから出したのか、ものすごい気になるけど、それはまぁ後で聞くとしよう。それにしても、5本か……」

「あ、まだありますよ?」


 何やらこの数しかないと思われていそうなので、レンは2束を異空間収納ストレージに残して、残りの束を全て出した。

 2束は何かに使えるかもしれないので、全部渡せと言われた時のための保険だ。

 まぁ、この人たちが渡せと言うような人には見えないが。


「こ、こんなに……」


 何やら、部屋にいるレン以外の人は絶句した様子だ。

 別にレンとしては、生えているものをとりあえずつんできただけで、絶句される謂れはない。


「別にあったものをつんできただけですし、別に大したこと無いと思うんですけど」

「いや、いやいやいや!少なくともこの量はこの国で1年間に使う量よりも圧倒的に多いからね!?軽く見積もっても50年はこれだけあれば持つからね!?」


 正直、レンはそういったことは分からないので、ふーんといった感じなのだが、領主様からすればそれではすまないらしい。


「一応、どこで取ったのか聞いてもいいかい?」

「ええっと、東門でてすぐの森ですけど」

「あそこの森、マネリ草がほとんど生えてるって聞かないんだけど……」

「結構奥まで行きましたからね」

「う、うーん……。納得はいかないけど話が進まないから一応ここまでにしとこうか。このマネリ草もまた後で。――とりあえず本題に入るけど、どういう経緯でそこまで行って、今回の魔物の大量発生に繋がったのか、それで君が襲われたのか教えて貰えるかい?」


 このままだと話が終わらないと感じたのか、若干無理やりだが話を切り替えた。

 レンからしてみれば、別段マネリ草が大事という訳でもないので構わないが。


 話をするとなると、狂戦化バーサークについても触れなければならないが、別段隠している訳でもない。

 大おば様からはできる限り人に教えるなと言われている。

 それは、黒髪がこの星で迫害されているから。


 もし、それで襲われるなり怖がられたとしても、それは仕方がないことだと思っている。

 それならそれで、早々に退散するとしよう。


 そして、レンはことの全てを話始める。


「はい、依頼を受けたあと――」

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