第40話

「はぁ……やっぱり無理なのかな……」


 領主の息子のラルクは馬車に乗り込み、そう呟いた。

 誰も答えてくれないとはいえ、そう言わないとやってられなかったのだ。


「裏市場ならあるいは……でも……」


 裏市場は違法なものや高級なもの、盗まれたものが売られていたりする場所だ。

 信じたくはないが、この街にもあるというのは聞いたことがある。

 領主の息子が裏市場に手を出した、ということが知られてしまえば父である辺境伯の株が下がってしまう。

 姉を助けたいとはいえ、それだけは何としてでも避けたかった。


「はぁ……誰か、依頼を受けてくれる人はいないかなぁ……」


 ギルドで正式に作ってもらった依頼書を握りしめ、そう呟く。

 すると、その依頼書が誰かに取り上げられた。


「えっ……っ!?」

「……ふーん、なるほどなるほど……」


(全く気配を感じなかった!?)


 一応領主の息子として少しは鍛えているラルクだが、目の前にいる男には勝てる気がしなかった。

 彼は呑気に依頼書を眺めているように見えたが、一切の隙がかない。


(この人なら、あるいは……)


 ラルクは侵入された、ということは棚に上げて、目の前にいる人物に依頼を受けてもらうべく声をかけた。



 ――――――――――――



 レンは何やら諦めの表情をした領主の息子を見て、急いで気配を消して馬車に忍び込む。

 そして、プラムの能力で馬車の天井に擬態した。

 プラムは擬態の上手いレインボースライムだ。

 なので、元々持っている技能として、主と一緒に擬態する能力があった。

 まぁ、召喚術が使えなければ大した意味はないのだが。


 レンは領主の息子に同情し、悲しんで欲しくないと思った。

 かつてレンは、ナフィたちを亡くしてしまったことで悲しみの渦に呑み込まれたことがある。

 そんな経験を、レンより小さいという彼にはして欲しくなかったのだ。


 やがて、彼が戻って来ると、


「はぁ……やっぱり無理なのかな……」


 と呟いた。

 彼の目には諦めのような色が浮かんでいた。


「裏市場ならあるいは……でも……」


 彼は何やら葛藤しているようだ。

 悪事に手を染めるか否か、と。


 彼は依頼書を握りしめ、こう言った。


「はぁ……誰か、依頼を受けてくれる人はいないかなぁ……」


 レンにとっては好機。

 即座に擬態を解除してもらい、彼の目の前に立って依頼書をひったくった。


「えっ……っ!?」


 何やら驚いた表情をしているが、そんなことはどうでもいい。

 依頼書の中身は、受付嬢の言っていた通りマネリ草の採取だ。


 報酬は金貨1000枚、この手の依頼では破格といえる。

 レンにとってはある程度貰えればいいのだが、あるに越したことではない。


 人がある程度の生活を毎日するのに、月に金貨2枚程度あれば、余裕を持って生活出来ると言われている。

 つまり、これだけで20年以上余裕を持って生活出来る計算だ。


「あ、あの……」

「うん?」

「そ、その……依頼を受けてくれませんかっ!?」


 彼はレンに向かって頭を下げた。

 答えの決まっているレンにとって、考えるまでもない事だった。


「うん、もちろん受けるよ」

「えっ……ほ、ほんとに受けてくださるんですかっ!?」

「えっ……うん」

「ありがとうございますっ!」


 何やら受けてくれないと思っていたようだが、レンは助ける前提だ。

 勝手に馬車に侵入した手前、何やら申し訳なくなってくる。


(もし受けないって言ったらどうなるんだろ……。まぁ言わないけど)


「じゃあ、早速行ってくるね」

「えっ、もう行かれるのですかっ!?一応状況を説明した方がいいかと思ったのですが……」

「んー……、いや説明しなくていいよ。なるべく早めの方がいいだろうし、準備は出来てるから」

「あ、ありがとうございますっ!」

「それじゃ。――あ、勝手に入ってすみません」

「いえ、依頼を受けてくださるのです!そんなことは些細なことです!」

「そ、そう……」


 もしも依頼を受けなかった場合、捕まっていた可能性が高いのではないか。

 レンはそう思ったものの、考えるのをやめて動いている馬車から飛び降りた。

 彼は、レンが見えなくなるまで頭を下げ続けた。


 さぁ、冒険開始だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます