メンチカツ男VSアイスコーヒー男

「ザケた話だな……」

 夜。喫茶店で注文したアイスコーヒーに髪の毛が一本入っていた。

 その毛は羨ましいほどに長く、黒々とした色も持っていた。

 そして実に面倒だが、気付いてしまっては仕方がない。

「あー、すんません。店員さん。店員さん」

 メンチカツ男は渋々ながらも、ちょうど通路を歩く男性店員に声をかけた。

「はいぃ」

 目つきが冷たい手ぶらの店員は、明らかに面倒そうな様子で振り返った。

「いや、これ。見てください。この……」

 メンチカツ男は小声を出しながらアイスコーヒーを指さした。

 ストローにへばりついているものを。

「これ、なんですけど。ちょっと、ありました」

 店内には彼以外にも客が数人いる。だから別に大声を出す気はない。ことを荒立てて慰謝料を要求するつもりもないし、アイスコーヒーの代金も支払うつもりだった。

 ただ、一言事実を伝えたい。それだけであった。

「それは本当ですかぁね」

「……はい?」

 一瞬耳を疑った。まるで、学級会か何かを思わせる、形式がかった返答である。

「今、何て」

「いや、本当ですかねぇと」

「…………」

「あなたのではないんすかね」

 メンチカツ男は絶句した。

 ありえない。昨今、糾弾と取材責めが溢れかえっている監視社会で、客に対してこれほど横柄な態度を取る店員がまだ存在するのか。

 信じられない。夢を見ているようであった。

 すぐさまメンチカツ男は立ち上がり、自らの周囲を見回した。カメラの有無を。妙ちくりんなテレビ番組がくだらないドッキリを敢行しているのではないか、という期待を込めて。

「ねぇ、俺は確認してるんすが」

「…………」

 カメラの類は、なかった。

「あんたの髪だろう。お客さん」

 メンチカツ男の額で、血管が一本切れた。

「俺の……だと」

「えぇ、はい」

 店員は嘲り笑うような表情を浮かべていた。

 限界だった。

「俺が、どうしたら髪を落とすと思う」

 直後、店内の客が甲高い悲鳴を上げた。

「答えろ」

 顔の皮膚が頭髪ごと零れ落ちた。

 落下した「人間用皮膚」は腐臭を放ち、音を立てて消滅する。

 顔を見てしまった者の中には、ソファから身を乗り出し、外に逃げようとする者もいる。

「答えろ」

 メンチカツ男の剥き出しになった顔面は煮えたぎる油で覆われていた。

 茶色い油は今まさに音を立てて顔面を跳ね、噴き出す。

「俺のどこに髪がある」

 それを浴びたガラス製のテーブルが溶解した。

「どこだ」

 ぼんやりと口を開閉させる店員の顔面を鷲掴みにする。

 皮膚が溶解する。その様を見、メンチカツ男の感情が否応なしに高まる。

 増殖し続けた油が四方八方に止めどなく飛び散り――逃げ遅れた者――訳も分からず静観を決め込んでいた者――全てを無差別に焼き殺し始めた。

 火達磨になった人間が暴れまわり店内を地獄の如き業火で彩るのだ。

 悲鳴と恐怖の叫び。壁の破壊音。肉を焼く臭い。

 悪くはなかった。

「…………んん」

 ここでようやく、メンチカツ男は訝しんだ。

「ド短気っすね。お兄さん。えぇ?」

「…………」

 冷たい。白い煙が無尽蔵に溢れる。

 店員は、笑っていた。崩壊した顔面の奥にある真の口から。

「!」

 油が、予期せぬ方向に弾けた。否――それだけに留まらない。

「ちとからかっただけなのにぃよ。やだなぁあああ。仕事場に現れるんだから」

 右腕が凍結した。

「貴様」

 即座に決断したメンチカツ男は己の腕を切断。切り離す。

「ひぃひい。いひひひ」

 取り残された腕は――哀れ、白く変色し、崩れた。

「どうすんだよぉお。店を。殺しやがって。俺ぁ転職かぁあ?」

 焔を浴びた天井部の一部が落下、店員に直撃。

 されど店員――その敵は一切動揺しない。

「手早く決めようや。なあ」

 嫌になる相手だ。メンチカツ男とは真逆の力を持つ敵。

「……同感だ」

 焔を瞬時に鎮火した敵の全身を、黒い液体が纏わりついていた。

 内部を伺い知ることはできない。

 極寒の如き冷気を保持する敵は、ただ口を笑みの形に歪めた。

 メンチカツ男は念じ、油を宿した焔を徹底的に浴びせた。

「うわははは。ひいははははッ!」

 敵は笑い、両手を前方に向けた姿勢で白い蒸気を発し、相殺を続ける。

 まるで効いてはいない。だが、構わない。時間を稼ぐことが目的だ。

 念じる最中、メンチカツ男は残る左掌に超エネルギーの火球を生成していた。

 彼自身の生命を多分に削り生み出した破壊と混沌の塊。

 業火の肥やしにした人間は全滅したらしい。一分以内には崩壊するであろう店内に動く者は最早なし。

 そしてこやつも殺す。メンチカツ男はその後、ゆっくりと別のよい店でお茶の時間を仕切り直す。

 肥やしの一つを踏み砕いた。それを土台とし――メンチカツ男は叫んだ。

「くたばれッ!」

 投擲。そして直撃。

 極限の火炎は繁華街の中心にある店を周囲の建造物ごと焼き払った。


 三十秒経った。ひどい有様である。建造物を貪り尽した焔は有害な黒煙を吐き散らし、夜空の闇に溶け込むべく尽力している。

 視界に、動く者はいない。ほんの少しまで通行人で賑わっていた道も、排気ガスをまき散らす車も、全てが沈黙。哀れな死骸を晒す。

「困った」

 メンチカツ男は頭を抱えた。どこでお茶をすればよいのか。

 とりあえず駅まで歩き、隣の駅にでも――。

「俺の名前。知ってるかい」

 声が聞こえた。足元から。そちらへ視線を向けた瞬間、既にメンチカツ男は首を刎ねられていた。

 頭部が落下する最中、目にしたのは――今の今まで踏み躙っていた肥やしが立ち上がる様。

「俺の名は、アイスコーヒー男。あの世で語れ。な?」

 炭を払った彼の姿は、傷一つない。人間の姿のまま。では、先ほどまで戦っていたのは。

 最初から。

 意識が消える。


「ああ。ひでぇな。ここまでやるかね」

 アイスコーヒー男は敵の頭を踏み砕くと、制服にへばりついた埃を払った。

「うーむ」

 そして、真正面に見える破壊の中心――そこに直立したまま硬直する壊れかけのゴミを見た。

「ふん」

 アイスコーヒー男が造り出した氷人形である。

 敵の接近を知った彼は、この人形を店内で操作し、お相手をさせた。

「やれやれ」

 彼はその間、客として座り、待機していた。死体のフリまでするとは思わなかったが。

 そしてもちろん、勤務中は持ち込み禁止の携帯電話も手元にある。

 残骸となったテーブルに腰かけ、電話をかけた。

「あーもしもし。オレンジちゃん? 今いい? いい。あのねー、俺ね。たぶん失職しちゃった。え? マジマジ。ちょっとクソが現れたんで、つい。うん。帰ったら詳しく話すから。で、さ」

 小さく欠伸した。

「明日、あいつらぶっ殺そうぜ。先に伸ばしてたの。土鍋野郎とアバズレケーキ。いい機会だから。え? 何?」

 続いて、苦笑した。

「お給料……か? 今月の? 確かに、どうなるだろ」

 とりあえず今日も、さつまいもを煮て食べることにしよう。

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